2004年10月28日

8度目の宮古へ:ひげ剃り編

 「どんな髭剃りにも哲学はある」 −サマセット・モーム

 恥ずかしい話だけれど、僕は今までホテルのアメニティとして置いてあるような使い捨ての髭剃りしか使ったことがなかった。父親が年中出張に行くので、そのホテルに置いてある、10本200円ぐらいで買えそうな髭剃りで髭を剃るのが当たり前だと思ってた。でもどうやら、違うらしい。
 もともと僕は髭がほとんど伸びなかった。そういう体質なんだろうなと思ってた。でもこの1,2年、20代になってから結構伸びるようになってきた。最初はあまり気にすることもなかったんだけど、最近みっともないだろうと思うようになり、たまに時間をかけて綺麗に剃るようになった。しかし、それにはおそろしく時間がかった。特に顎のラインのところは、どれだけ剃っても改善の見込みがなかった。大体において諦めていた。しかしどうやら、それは髭剃りのせいでもあるということを、友人が教えてくれた。
 ということで、本屋の帰りに、近くの薬局に髭剃りを買いに行った。Donald Fagenの“I.G.Y”が流れている素敵な薬局だ。そして、本来の意味からは離れるけれど、「どんな髭剃りにも哲学はある」という言葉を思い出さずにはいられなかった。髭剃りの世界がここまで広がっていたなんて22年間以上全く知らなかった。
 刃の枚数が2枚、3枚、挙げ句の果てには4枚まである。さらに首振りの有無、最近は3Dで動くらしい(この表現についてはいささか疑問があるけれど)。そして刃の種類も、ダイアモンドコーティングなどがある。もう笑うしかない。当然迷った。友人にはSchickの製品を勧められていた。横に動かしても切れないような安全対策が施されてないやつの方がいいらしい。でも彼はそれしか教えてくれなかった。刃は何枚がいいのか?首は振った方がいいのか。替刃まで考慮した方がいいのか。そういうことについて15分ほど悩んだ。それは非常に無意味な作業だった気がするし、何度も諦めそうになった。安っぽいプラモデルみたいなデザインの髭剃りは、どれも僕を幻滅させた。
 結局買ったのはSchickのFxDIAという製品。2枚刃で、ダイアモンドコーティング、刃が顔の形に合わせて曲がるらしい。家に帰り、早速髭を徹底的に剃ってみた。たしかに全然違う。今までの使い捨て髭剃りは、「髭を剃れればいいんでしょ」というような印象しかなかったが、この髭剃りは「自分は髭を剃るために生まれてきました」みたいな雰囲気がある。少し火照った、綺麗さっぱりとした顔が、アフターシェーブのローションを塗った後ひんやりとするのがいい。新しいことをするんだぞ、という気持ちにさせてくれる。
 髭剃り1つにも哲学はあるものだ。

(本来の意味としては、髭剃りそのものを指しているわけではなく、髭を剃る行為を指していると思われる。つまり、日常の些細な行為においても、毎日続けていればそれなりの意味をもつものだ、というのが本来の意味。と僕は捉えている)

Posted by take at 17:33 | TrackBack(0)
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