2004年12月20日

22歳の記録

 もうすぐ22歳ともお別れ。別に23になった瞬間、新しい自分になるわけではないけど、せっかく時間に区切りというものがあるのだから、今感じていることを大切にしていきたいと思う。21の時に書いてた日記を読み返してみたら、今と感じていることが結構違った。だから来年もまた、今と違う感じ方をしているのかもしれないし。

 僕がもう海に潜れないと知ったときのことを話そう。減圧症で入院して2週間、退院予定日、突如父親から今日退院するのは無理だとき聞かされ、それに加えて「もうダイビングはダメだって」と伝えられた。タイミングとしては最悪のような気もするし、ある意味絶妙だったともいえる。そんな感じだったから、退院が延びた方のインパクトが強く、もう僕は潜れないということはあまり気にしてなかった。
 改めてそのことを知ったのは、それからさらに約2週間後、退院予定日の1日前。主治医と今後について色々な話をして、さりげなく聞いてみた。やっぱりダメ。そりゃショックだった。僕にとってそれまでダイビングが全てだった。追い求めていた一つの答えだと思ってた。海に潜れれば他に何もいらないとすら思ってた。海の中では、僕は誰よりも自由だった。
 本当につらかったのは、見舞いに来てくれた人と「また一緒に潜ろうね」などという約束をしてしまったことを思い出したとき。たとえそれがかなわぬ約束だとお互いわかっていたとしても、これで万に一つの可能性すらなくなってしまった。そして最後、世話になったショップの人にこの事実を告げたとき。それでもまだ僕の居場所はあるだろうと思ってたんだけど、実際にはもうどこにもなかったことを認識したとき。皆同情してくれたし、励ましてくれた。そんな風に気を遣われることが、何よりつらかった。
 1年ぐらい、その事実を受け入れられなかった。目を背け続けた。もう自分が二度と海に潜れないなんて思わなかったし、きっと何とかなると思ってた。でもダメなものはダメなんだよね。受け入れるしかない。僕が大切にしたいと思っていたものは、音も立てずにあっさりと崩れ去った。後には何も残らなかった。
 何度か自分が潜っている夢を見た。見慣れた景色、見慣れた人達。やっぱり潜れるんだと思い、海の世界を楽しんでたら、突如右手が全く動かなくなった。そのまま浮上したらなぜか医師が待ち構えてて、僕は必死に「海は僕の全てなんだ」と泣きながら訴えた。それとほぼ同じ内容の夢を3回見た。夢の中で減圧症になるまで、僕は海を求めていた。
 でも今年、ある瞬間を境にパタリと潜っている夢を見なくなった。潜っている姿を想像することもなくなった。一つ距離を置いて見られるようになったというか、僕が潜っているのではなく、潜っている僕を第三者の視点から見られるようになった。
 前に進めてるのかな、後退しているのかな。それとも平行移動をしているだけなのかな。なんとなくふわふわとした感覚はあるんだけど、うまくそれをつかむことができていない。

Posted by take at 18:13 | TrackBack(0)
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