2005年05月08日

連休の終わりに

 長すぎた連休もついに終わり。明日からまた何事もなかったかのように日常が再開する。最後にこんなことを書くのはどうかと自分でも疑問に思ったのだけど、今日はある故人のことを考える機会があったのでここに記しておきたい。

 その人は僕の友人の弟の友達ということで、直接的に僕との接点はない。でも彼については何度か友人から話を聞いており、名前が出てくると、ああ彼ねという感じで、僕はその彼を認識することができた。
 今から4ヶ月前ぐらい、1月中旬のことだったと思う。冬休みに旅行でヨーロッパに行ってたその彼がスペインで亡くなったという話を、やはり友人の口から聞いた。犯罪に巻き込まれたのか、それとも事故だったのかはわからない。ただ1つ間違いないのは、彼は遺骨になって日本に戻ってきたということ。

 僕は彼がどんな人間だったのかも知らないし、顔すらも知らない。とは言うものの、全く知らないというわけでもない。複雑な気分だった。なんとなく名前を、いくつかのエピソードを知っているというだけで、彼は他の人達と違う存在になるのだろうか。
 他の人達。天災でも先日の脱線事故でも、何でもいい。数多くの人が僕らの周りで亡くなっている。でも僕は、その犠牲者達のことを考えることはほとんどない。ニュースの画面に映る、メディアで報道される名前は、ただの姓名を示した文字でしかない。その1つ1つが、命を持った存在であったこと、また彼らの周りに様々な生活があったことを、僕は現実のものとしてとらえることができないのだろう。

 その彼の死を聞いた時、僕はたしかに悲しい気持ちになった。でも涙が出るほどではなかった。
 一方で、この春ヨーロッパ旅行に行ってきた人がいる。スペインにも行ったらしい。僕はこの彼のことがあったからひどく不安だった。そして無事帰ってきたことを知り、安堵のあまり自然と涙が流れ落ちた。今でもときどき、ああ何もなくて良かったなと思うことがある。
 こんな自分は一体なんなのだろうか、そんな風に思う。

 話をスペインで亡くなった彼に戻す。学年で言うと僕よりも2つ下、まだ二十歳、あるいは二十一歳という若さで亡くなるなんて、例えば彼の家族はどんな想いだったのだろうか。遺体を確認しに現地まで行ったのだろうな。その飛行機の中では一体どういう気持ちだったのだろう。彼らにはスペインという国がどういう風に映ったのだろう。そこにはどんな一連のプロセスがあったのだろう。そして、どれだけの人が彼の死を悲しんだのだろう。

 この話をまとめることができないし、まとめてはいけない気もする。何か伝えたいことがあるわけでもなければ、教訓めいたこともきっとない。ただそういう事実があって、僕が上記のように感じたということ、それだけを残しておきたかった。

2005.5.8 K.Takeda

Posted by take at 22:07 | TrackBack(0)
Comments
Post a comment









Remember personal info?