子供と騒音問題


 保育園から漏れる子供の声がうるさいと70代の男性が訴訟を起こした件で、論争が巻き起こったのは記憶に新しい。騒音への理解を示し同情を述べる者がいる一方、自分だって小さいときはうるさい子供だったはず・未来を担う子供たちを老人が虐げるとは何事かと、社会のあり方にまで議論は発展した。

 でもこれ、いつの間にか問題がすり替えられていて、本質からどんどんと遠ざかっているとしか思えない。

 この70代の男性の主張は、これまでの清閑な暮らしを保育園によって失ったということ。それがたまたま保育園だったからここまでの論争になったが、きっとガソリンスタンドでも、いきなり前の道がバス通りになっても、あるいは賑やかなレストランができたとしても、それが従来の日常の静けさを奪う類のものであれば、同じようにこの男性は訴訟を起こしたのではないかと思う。

 それが保育園(あるいは小学校でも同じだっただろう)ということで、反対派からはこの老人に対して否定的な意見が相次いだ。これがガソリンスタンドだったらここまで否定する人もいなかったと思う。では子供は特別扱いをされるべきかどうか。老人の立場で言えばあくまでも否であるし、裁判に関してもおそらく「保育園」である側面が「騒音」から切り離されることはないと思う(日本の未来を担う子供たちのための施設なのだから老人は我慢すべきだ、なんていう判決がでるわけがない)。

 いくら子供の声なんて気にならないよと主張する人がいたとしても、物理的に音量があるものに対してそれは無駄な主張である。気になるかならないかではなくて、問題は音があるかないか、なんだから。子供の泣き声も大人の話し声も、あるいは車の走行音も、どれも音を発する。耳触りの良い音楽だって同じだ。

 間違えてはいけないのは、その地域に保育園を作って良いか(それに伴う音の発生も含め)、この男性が求めている静かさに対する補償をすべきかどうか、というのはまた別の問題だということ。日本国憲法の生存権では、(健全な環境のもとに)心・身ともに健康に生きる権利が定められているが、保育園によって生じる「音」が精神的に苦痛を与えるかどうかはどう(できるだけ客観的に)判断されるのだろうか。

 僕の実家近辺の話になるが、バスが通るという話はバス通りの住人の反対意見によって立ち消え、当初日曜も診察する小児科が住宅街の中にオープンするはずだったが、近隣住人の反対により診療日が縮小された(それから10年以上後、その小児科の向いの駐車場だった場所に「しまむら」とセブンイレブンができたのは何とも皮肉な話である)。


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