2004年11月 archive


就職(活動)にのぞむにあたり1つの記録として

 相変わらず微熱気味だけど、もはや「愛」がどうとか言ってる場合ではない。そんなこと考えているよりも、とりあえず自分のことを真剣に考えよう(人は時として、切迫した問題を前にすると決して答えの出ない問題へと逃避する傾向がある)。色々なことを考えるのは、その後だ。
 僕は、自分自身を、自らこの手で窮地に追い込もうと思う。限界に挑戦しようと思う。潰れたらそこまでの話だ。自分という人間はそれだけの存在であったということ。だがしかし、それでもおそらく救いは残っている。チャンスはある。二十歳の誕生日に、僕の大切な人が「二十代のうちは失敗を恐れず何にでも挑戦して」と言ってくれた。あれから3年。今、僕は初めて彼女の言葉を信じようと思う。
 もう嫌というぐらい色々なものを失ってきた。僕の周りには何も残ってない。背負っているものなんて何一つないはずだ。何もないはずなのに、何かを失うことを恐れるというのは馬鹿げている。汚れたままの靴で、重たいままの鞄で、ありのままの僕で。どこまでやれるかわからないけど、僕は世界と勝負がしたい。
 僕がこの世に存在した証なんてものに興味はないけど、何か一つぐらい結果を残そうか。


 ふとしたきっかけで、僕は秋の澄み切った大空へと投げ出された。自分がどこに向かっているのかもわからないし、上昇しているのか、下降しているのかさえわからない。空には境界がない。どこまでいっても空が続くだけだ。全ての風景がちっぽけに見える。でもここからなら、風の通り道もよくわかる。
 最初は抱えているものが多すぎてうまく飛べなかった。胸の痛みに潰されそうになり、どうしようもない気持ちでバラバラになりそうになった。消えていく記憶、それとは無関係に生まれてくる感情。その均衡を保つのは何よりも困難な作業のように思えた。
 でも背負ってきた荷物なんて放り出せばいいことに気づいた。原点に戻る。それはとても単純なことで、心の中にあるシンプルな声に耳を傾ければいい。光の強弱を判断し、空気の震えを意識的にとらえた。そして空よりも青い海を眺めに行った。1つのことをできる限り大事に、丁寧に考えようと努力した。
 答えらしきものは僕のすぐそばに存在していた。それが正しいのか間違っているのかはわからないけど、僕はそれに向かって飛び続けた。かすかな希望を捨て、大いなる絶望だけを胸に。僕に残されていたものはあまりにも少なく、極めて限定的だった。
 そして今、僕は地上に戻ってきている。でも、まるで微熱があるみたいに、ふわふわと少しだけ宙に浮いている。また空に投げ出されるかもしれないけれど、その時は多分、もっとうまく飛ぶことができる。きっと。


 MovableType 2.661を少しいじったので、その紹介。

・Firefox(Mozilla)で、エントリー時のB, i, U, URLボタンをつける

僕はIEではなく、Firefoxを使ってるんだけど、これだとエントリー時の右上にでるB, i, U, URLボタンが使えない。それを表示・使用する方法。

参考サイト
ちなみに1の最後から9行目の、a href="' + my_link + '"の後に、target=_blankをいれると、リンク先が別ウィンドウで表示されるようになる。

・管理画面のRecent Comments, Recent Pingsにチェックボタン

参考サイト
管理画面でFive Most Recent Comments, Five Most Recent Pingsというのがあるけど、それにチェックボタンをつけ、一括で削除する方法。スパム投稿や、トラバ失敗も、これで怖くない(かもしれない)。


 昨日からずっと微熱気味なので今日は研究室にはいかず、家で休養。日経ナビから送られてきた分厚い企業情報が載ってる電話帳みたいな本に初任給が書かれており、暇だったのでパラパラとめくりながら最も高い企業はどこなのかと探してみた。そんなくだらないことしてないで、熱があるならとっとと寝ろよという感じではあるけれど。
 僕は給料というのは、その人に対する1つの社会的評価だと思っている。給料が高いからこの会社、というのは馬鹿げていると思うけど、しかし重要な指標ではあると思う。この資本主義社会において、お金というのは社会と関わっていくにあたり、最も重要なものの1つであることに間違いない。
 僕は今まで、幸いにも経済的問題を特に気にすることなく教育を受けさせてきてもらったし、もし僕が家庭をもつことがあるのなら、自分の家族にもそうさせてあげたい。自分一人で生きていくとしても、やはりそれなりの経済力は欲しい。幸か不幸かわからないけど、この世の中で、今の僕らはお金があればある程度の自由を手に入れることができる(もちろんそれが全てだといってるわけではない)。
 今回とりあげるのは、基本的に大学院卒の初任給、さらにこれとは別に賞与が年2回ある企業のみ。また色々な諸手当などは面倒なので考慮にいれてないし、年俸制のところも計算が面倒だったので含めてない。福利厚生やら、勤務条件なども考慮にいれてない。
 ということでここに挙げる初任給トップの企業が必ずしも最も給料がいい企業だとは言えないし、また10年後にどうなっているのかなんてことは全くわからない。個人的な意見としては、大体初任給が安いところがその後大きく化ける可能性というのは低いし、10年後のことなんて今から考えたって無意味だと思う。




きちんとしたラックが欲しいんだけど、コストパフォーマンスを考え(というかお金がないだけだ)無印のラックを使ってます。
最近またCDが急激に増えたため、もう1つ追加(写真左)。CD136枚収納可能で、2200円。


 1つの記録として、ドメイン取得からブログの移行までの手順を書いておきます。もしかしたら何かの役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。


 某外資系企業(別に隠すこともないし、調べればすぐにわかるんだけど、まあ一応)の説明会に行ってきた。ここの企業では理系出身者、さらに言うと修士・博士号を持っている人が全体の6,7割を占めるという。なぜそんなに理系出身者が多いのか、それが知りたかったので説明会に参加してみた。ちなみに企業のこうしたセミナーに行くのは今回が初めて。これが遅いのか平均なのかは知らない(開始前、隣に座ってた女の子に話しかけられたが、彼女も初めてとのことだった)。
 3時間にも及ぶ説明会を終えて抱いた感想は「理系でよかったな」ということ。基本的に理系というのは日の目を見ないし、コミットに対するリターンを期待できない(もちろん、社会というのはそういうシステムで成り立っているということは理解している)。でもここの世界ではきちんと僕らのことを評価してくれている。僕がこれまで4年半以上大学・大学院でやってきたことは無意味なものではなかったし、自分の知らないうちに色々なことを習得しているらしい(多分)。コンサルでも、エンジニアでも何でもいいんだけど、それを認識できただけでも、今日のこの説明会に行った価値はあったと思う。僕は気づいたら自然と理系に進んでいた。科学が、数学が好きだった。あの頃抱いていた思いが、少しだけよみがえってきた気がする。
 社員の方達は、皆プライドと自信に満ちあふれていた。キャリアアップについてはまだよくわからないけど、海外に積極的に行けるというのは大きな魅力の1つだ。ファクトとロジックが全ての世界。ロジカルシンキング。真剣にオプションとして検討する価値のある企業なのかもしれない。


 今日はやけに疲れた一日だった。昨日色々とやってたら寝たのが5時過ぎ、9時に何とか起きて、2限の1週間で唯一の授業に出席。授業の最後にNHK技研が作った、将来のTV放送を紹介するDVDを見たんだけど、先週見たドコモが実現させようとしている2010年の技術と比べて、描く未来像が浅はかだった(実現するかどうかは別として)。たしかに進歩ではあるけれど、イノベーションではない。今よりもっと楽になるかもしれない、便利になるかもしれない、正当な進化。でもそこに僕らがあっ!と驚くようなものもない。
 その後教室に残り、1時間弱友人と未来について語り合った。彼は完全に研究を捨て、自分の将来に投資をしている。まあ、そういうのもありだと思う。そして研究室。同期の連中は、皆明日NTTコムの説明会に行くらしい。段々意識が高まってきている。テレビ局に就職する先輩とまたもや1時間ほど話し合った。ある程度は仕方ないけれど、今はできるだけ先入観を捨て、スポンジのように吸収していきたい。どんな未来が待ちかまえているのかは知らないけど、割と自分の可能性を信じている。あくまでもポジティブに。
 帰り道、人々の足が止まったと思ったら、駅のホームでサラリーマン同士の取っ組み合い。無責任な傍観者ほど見ていてうんざりするものはない。僕は足早にそこを離れた。たしかに満員電車に耐える日々、色々なことに我慢ができないこともわからないでもない。でも怒りは哀れみに、そして悲しみへと変わる。我慢できないことがあって、それで相手を殴ったら、少しは気分が晴れるのだろうか。僕はそうは思わない。人を殴ることの痛みを、僕は経験から知っている。それは一時の怒りよりも、圧倒的にたちの悪いものだ。そんな痛みを、なぜ自ら選び、そしてそれに耐えなければいけないのか。
 家に帰ったら23時。親が旅行に行ってるので、用意してくれてたご飯とシチューを温めて食べた。皿洗いがしんどい季節。今日給湯器が新しくなり、久々に安心してお風呂に入れることが唯一の救いだ。

 Christopher Crossは歌う。“Hey Laura, where are you now? Are you far away from here? I don't think so, I think you're here.(ねえローラ、今どこにいるの?ここから遠い場所?そうじゃないよね、ここにいるんだよね。)”

 「ときどき君のことを思い出す。君はどんな海を見ているのだろうか。君は今一体どこにいるんだい?僕は今…」
 僕は一体今どこにいるというのだ。


 このブログはClipper's Memorize No Futureのnishio君の好意により、MovableTypeの設置、サーバレンタル、その他もろもろの管理、ほぼ全てをしてもらいながら、今までやってきました。おかげで僕は特に苦労することなく日々更新し続けることができたし、彼がいなかったら、僕が今こうしてブログを更新していることなんてあり得なかったでしょう。このきっかけを作ってくれた彼には本当に感謝しています(ずっと払ってなかった利用料、今度会った時に払います。今までゴメン!)。そして今月いっぱいで今まで使っていたサーバの契約が切れるとのことで、このブログもサーバ移動の話が出てたのですが、この際自分で全部やろうという結論に至りました。

 今まで見てくれてきた人達には心から感謝しています。前にも書いたけど、このサイトは数百、数千のアクセス数よりも、1人でも末永く見続けてくれる人がいてくれればいいなという思いから始めました。だから内容としては万人受けからは程遠いし、かなり個人的なことばかり書いてますが、それでも何度も訪問してくれている人達がいるということは、僕にとって大きな励みとなってます。それでとりあえず、自分で、誰にも頼らずに全部やってみようじゃないかと、そう思ったのです。

 Blogpeopleから飛んできてくれている人は、自動的にアドレスが変更されるので多分何も気にすることはないと思います。このサイトへのリンクをHTMLで書いてくれている人、ブックマークに登録してくれている人、RSSで読んでくれている人は、申し訳ないのですがこの新アドレスの方で登録し直して下さるよう、よろしくお願い致します。

新アドレス:http://www.blue-jam.com/

 アドレスが変わっただけで特に新しいこともないのですが、また引き続き、たまに覗いてもらえれば、それは僕にとって何よりの喜びです。

2004.11.26 K.Takeda


 就職活動なんかやりたくないし、くだらないし、どうでもいい…などと昔から思っていて、今もその気持ちに変わりはないんだけど、でもいつまでも逃げてるわけにはいかない。就職活動が必要ないほどの何かを持っているわけでもないのだから、自分から動かないでみすみすチャンスを潰す方がくだらないのかもしれない。
 ということで最近は少し動いてるんだけど、ようやくリクルートスーツができあがったところで、まだ写真も撮ってないし、カバンも買ってない。業界研究なんて全くしてないし、SPIも一般常識問題も解いてない。一応普段の習慣で新聞は毎日読んでるけど、それだって興味ある記事を拾い読みしてるだけで、特定の企業をどうこう、なんてことは考えてない。もう少し意識を高めていかないとなあ。
 話がそれてしまった。カバン問題。先輩曰く、カバンなんて何でもいいらしいけど、そういうわけにもいかないだろう。男性だとポーターが定番だし、たしかに無難な気がするけど、人と同じことが大嫌いなのでどうも持ちたくない。ってことで、TUMIのブリーフケースでも買おうかと考えてる。ちょっとおっさんぽいかもしれないけど(ポーターは高校生すら持ってるしね)、せっかくだから末永く使えるものを。米軍指定、ストラップの素材はパラシュートに使われてるものと同じで、900kgの力にも耐えられるという。まあストラップなんてつけないけど。問題は価格。3万はちょっと厳しいな…。リクルートスーツより高いし。




絵の具をぶちまけたような空。


 もし人生を一枚の真っ白な紙に例えるとするなら、日々の僕らはそこに絵を描いているわけでもなければ、線を引いているわけでもなく、ただ点を打ち続けているに過ぎない。それは極めて小さく、均質な点だ。
 意識的に点を打つことがあるかもしれないし、気づいたら既に打っていたということもあるかもしれない。1つ1つの点が何を意味しているのかなんて考えるだけ無駄だ。次はどこに点を打てばいいのかなんて誰にもわからない。
 でも、だからこそ、少しぐらいずれたって、遠くから見たらたいした問題にはならない。元々真っ白な紙だ、どこにどう点を打とうが構いやしない。もしも間違いに気づいたのなら、次はもっとうまく点を打とうという意識をもてばいい。そんなに難しいことではないはずだ。
 そしてその打ち続けた点は、最終的に線となり、きっと1つの絵になる。僕はありったけの思いで、点を打ち続けるしかない。


 今年の夏、アテネオリンピックのおかげで(かどうか知らないけど)プラズマディスプレイ(以下PDP)が結構売れたらしい。多分、冬のボーナス商戦でも注目商品の1つになるだろう。大型で薄く、画面が綺麗…皆の憧れのテレビだ。価格もようやくこなれてきたところで、普及する可能性は高い。
 だがしかし、前回現行のBS放送ではディジタルよりもアナログの方が画質が綺麗だと断言してしまったNHK研究所の方が、今回もまた一石を投じる発言を授業中にしてた。僕としては非常に面白かったし、こんな面白い話を聴けて、さらに給料まで出るという夢のような時間であった。多分、そこら辺の学部生より真剣に授業を聴いていた。
 彼が言うに、「PDPの画面は汚い、一番綺麗なのはブラウン管(以下CRT)」とのことである。新テクノロジーというか、エンジニア達の努力の結晶を一瞬にして水の泡にしてしまうようなこの発言はかなり爽快だった。理由は画素数と、残像。現在のPDPは、まだハイビジョンの解像度に追いついていないらしい。ちなみに、その研究所の方曰く、PDPだったらまだ液晶(以下LCD)の方がいいらしい(それでもCRTには劣る)。
 しかしPDPも踏んだり蹴ったりである。せっかくLCDの代わりとして生まれたものの、あろうことかLCDを抜けないどころか、CRTに完敗だったとは。さらに言うと、東芝とキヤノンが作り出した新方式のSEDは、CRTに次ぐ綺麗さを誇るという。ということで、画質の良さ最上位を期待されて参上したPDPは、あっという間に最下位転落である。ただし、CRTは画面を大きくするのが難しいし、容積的な問題もあるので、この限りではないということを付け加えておく。そう考えると、本命はSEDなのかもしれない。いずれにしろPDPの立場がないなあ…。




友人と一晩、太陽が昇るまで「愛」について語り合った。
人はそれを青春と呼ぶ。多分…


 この2,3日家の給湯器の調子が悪く、昨日は普通にお風呂に入れたんだけど、今日は全くダメ。親は何を考えてるのか、鍋やヤカンでお湯を沸かして、それで何とかしようとしてる。これが自分の親なのかと思うと、さすがに情けなくなってきた…。風呂の容積、水の比熱などをきちんと考えたら、いかにそれが無謀な行為であるかがすぐ理解できると思うんだけど。
 ということで、仕方ないので銭湯に行ってきた。銭湯に行くのなんて、小学生以来である(たしかお祭りで御輿を担いで風呂券をもらった)。温泉や、宿の大浴場なんかは今までに何回も入ったことがあるけれど、純粋な銭湯というのは本当に10年ぶりぐらい。車で10分ぐらい走り、やけにネオンがけばけばしい銭湯へ。
 結論から言うと、まあ銭湯というのもたまには悪くないと感じた。ジャグジーやら露天風呂など、色々な風呂があったし、のんびりお風呂につかるというのもいい。ただ入浴料400円という値段は少し高いんじゃないかと思うし、風呂に入るのにわざわざ車で10分走らなければいけないというのも面倒だ。新しい給湯器が取り付けられるのは今週の金曜だという。明日は家のお風呂に入れるのかなあ…。普段は何とも思ってなかったけど、風呂に入れないというのがこれほどまで辛いことだったなんて。当たり前だった物事を見直す機会の多い、今日この頃です。


TOSHIKI KADOMATSU & His Friends Performance 2004?2005
“Fankacoustics★Solid & Elastic TOUR”
 ?ALLOVER JAPAN もう一度・・・?
2004.11.17 中野サンプラザ

 沼澤尚のドラムで幕を開けた。決して揺らぐことのない確かなビートと、彼特有のグルーヴ。そして次々とミュージシャンが登場。ベース松原秀樹、キーボード小林信吾、ギター浅野祥之、サックス本田雅人、そして何とトランペット数原晋!一瞬自分の目を疑った。まさか、数原晋が聴けるとは。彼ら全員、ここ10年、20年、名実共に日本の音楽シーンを作ってきたトップミュージシャンだ。これだけ豪華なメンバーを集められるのは、角松が昔から一貫してバックミュージシャン達に敬意を払ってきたからだろう。CDのセールスを考えれば、はっきり言って驚異的である。
 ライブというのは大きく2つに分けることができると思う。1つは、ただただ観客を喜ばせるためのエンターテイメントに徹するライブ。そしてもう1つは、CDの演奏をそっくりそのまま再現させるライブ。角松は後者、そして彼の場合さらにそこから上にいく。それぞれミュージシャン達をフィーチャーした、オリジナルでは聴けないような、ライブだからこそ実現するアレンジ。「たら」も「れば」もなく、ステージ上のミュージシャン達は皆本当に格好いいし、ほぼSEなしの生演奏は圧巻と言うほかない。それぞれの良さを、角松は見事に引き出す。それでいて自分の位置も見失わない。23年間積み重ねてきたものを感じさせる。
 ライブ中盤あたりになってくると、ステージに引き込まれてくる。周りの観客達は単なる飾りに過ぎない。存在しているのはステージと自分だけ、そんな感覚になる。細かい理屈抜きに、気持ちいい。知名度もセールスも今ひとつだけれど、このクオリティは日本最高峰と言って過言ではないだろう。これができるアーティストが、日本には一体他に何人存在しているというのか。
 あっという間の2時間40分。角松は最後に必ず「素晴らしいミュージシャン達にもう一度大きな拍手を」と口にする。それだけバックメンバーを大切にしている。僕らは彼らに、いつまでも惜しみない拍手を送る。そして僕たち、角松ファンは、決まって次々とこう口にする。もちろん僕も例外ではない。
 ありがとう、角松。




ソニー・クラシカルからグレン・グールドが再発になったので、まとめ買い。

・バッハ/ゴールドベルク変奏曲
・バッハ/平均律クラヴィーア
・バッハ/イタリア協奏曲、他
・モーツァルト/ピアノソナタ集
・ブラームス/4つのバラード、他






角松敏生の1年ぶりのツアー。たまにはCDじゃなく、生の音に触れるのも大事だと思う。今までずっと一緒に行ってた友人が就職してしまったため、6年ぶりぐらいに一人で。
奇しくも、16の時初めて角松を観に行った(この時も一人だった)、そして1年前最後に行ったのと同じ場所、中野サンプラザ。
もしかしたらここから何かが始まるのかもしれない。


空白の時間
そこだけ切り出して
その前と後ろをくっつけたとしても
何も変わらない真っ白な時間

空白の時間
時計の針を止めて
自らの手で動かした
まるで最初から存在していなかったような時間

そんな時間を
きっと僕らは
そっと優しく
大切に抱きしめて




グレン・グールドのブラームスを聴いてたら、眠れなくなってしまった…。


THE HITS -CORNERSTONES 3-/佐藤竹善

 Sing Like Talkingのボーカル、佐藤竹善が取り組むカバー集の第3段。これまではAORナンバー中心だったものの、今回タイトルの“THE HITS”が示す通りヒット曲中心のナンバーとなっている。あまり詳しくは知らないが、どうやらリクエスト投票によって決められたらしい。


 今日久しぶりに手ぶらで学校に行った。それだけのことなんだけど、カバンを持ってないとなぜか逆に気が引き締まる。まあ、君これからどこに行くの?という感じではありますが。
 考えてみれば、研究室生活にあまりカバンはいらない。財布、小銭入れ、携帯、シリコンオーディオプレーヤー、文庫本、ペン1本、ハンカチ&ティッシュ。これだけあれば何とでもなる(割とポケットはパンパン)。さらにUSBのメモリスティックなんかを持ってると完璧だ。ということで、これからも機会があったらカバンのない生活を送っていきたい。
 ちなみに今日、雨が降ってて寒かったのでコートを着ていった。ちょっと早いのかもしれないけど、まあ悪くないかな。ちなみにコートは今年新調したステンカラーコート。ダウンだからかなり暖かく、さすがに電車の中では暑かった…。

今日の収穫:BS放送だと、まだデジタルよりアナログの方が綺麗ということを知った。(NHK技研の人が言ってたので多分間違いない)


 これまでずっと逃げてきていたものの、このままじゃさすがにまずいので、リクルートスーツを買いに行ってきました。こんなくだらないものを考えたのは一体どこのどいつだと思うんだけど、どうやら社会はそういうシステムで動いているらしい。
 買ったのは定番通りの紺のスーツと、濃紺のスーツ。濃紺の方はかなり黒に近いんだけど、まあ大丈夫だろう。チャコールグレーも薦められたものの、あまりに色が悪いので却下。紺の方が18000円(安すぎ)、濃紺の方は4万弱なんだけど、なぜか2着目が1000円になるので結局1着2万。あとはシャツと、全くセンスのないネクタイ、歩きやすさを重視した靴、どうでもいいベルト、このセットで1万円。ワイシャツをさらに2枚追加し、その他裾直しやらネーム入れなどで、合計6万弱。他の人がどうなのかわからないので何とも言えないんだけど、まあ平均的ではないかと思う。
 あとは鞄を何とかすれば、一応就職活動はできるかな。コートは一昨年買ったカシミヤのもので大丈夫だろう。一応今のところ1社エントリーしてるんだけど、これでこれから積極的に動いていくかどうかは、また別の話である。
 しかしまあ、着たくないなあ…。こんなに着たくないと思う服を買ったのは生まれて初めてだ。就職決まったら、ちゃんとしたスーツを買おう。本切羽になってて、仕立ての美しいものを。




なかなか手の込んだ案内。
パイロットではないけど、航空会社には少し興味を持ってます。


 心が満たされている。自分の余計な部分がどんどんとそぎ落とされているのがわかる。単純に、シンプルに。素敵な言葉と、素敵な時間と、素敵な笑顔。周りの景色一つ一つが違って見える。これ以上何を求める?
 ビル・エヴァンスの"MY FOOLISH HEART"。こんなにも綺麗な音楽がこの世に存在しているなんて。
 もっともっと美味しいものを食べに行きたかったな。いい音楽に触れたかったな。僕は一度でも人をきちんと愛することができたのかな。愛されたことはあったのかな。もう一度ぐらい、誰かを強く抱きしめたかったな。
 もし許されるのなら、今が人生に終わりを告げる時の一つかもしれない。


 今日久々に自転車に乗ったら、凄く気持ちよかった。僕は歩くのも、車を運転するのも好きだけど、それに負けないぐらい自転車で走るのも好きである。ペダルをこげばこぐだけ前に進むし、ハンドルを切ると言うよりはむしろ体重移動で、自分の行きたい方向に自然と行くことができる。
 時速にしておよそ10?20キロというところかな。このあたりの風がたまらくいい。目にする風景も、ちょうど手に取れるぐらい。多すぎず、少なすぎず。


車ならなんてことないお互いの家までの距離だけど
君にとっては危険がいっぱいのちょっとした冒険
君の自転車に乗って
初めてわかったよ
膝を曲げた少し世界で僕を見上げていた気持ち
(君の自転車/槇原敬之)


バッハ:ゴールドベルク変奏曲/グレン・グールド

 4年ぐらい前に知り合いからもらったこのCDを最近よく聴いている。当時は全く興味をもてなかったものの、なぜこの良さがわからなかったのだろうと思うぐらいお気に入りの1枚となった。あの時聞こえなかった音が、今ようやく聞こえるようになってきたとでも言うべきか。
 グールドの演奏からは、音楽を奏でているというよりも、むしろ対話をしているような印象を受ける。そこには請いがあり、救いがある。世界が始まり、世界が終わる。
 そして僕は、世界が終わってしまったことに安心する。


朝起きたら10時半を回ってたこと
母親がそれを見越していたかのように昼食の準備をしてたこと
今日から出張の父親が居間に居座ってたので午後まで部屋から出られなかったこと
ゼミの休講連絡が教授の携帯メールから送られてきたこと
スティーブン・キングの短編の終わり方がどれも釈然としないこと
高1の時に買ったCDが今聞いても全く色あせてないこと
(BABY FACE MTV UNPLUGGED NYC 1997)
日テレのエントリー締め切りが今週金曜までということを知ったこと
DVDを見ててどうも頭に入ってこないなと思ってたら字幕がなかったこと
そして字幕をつけてもあまり頭に入ってこなかったこと
(ロバート・デニーロのタクシードライバー)
こんな風にして一日が終わってしまったこと


 久々にくだらないニュース。と言ってはもちろんいけないのだろうけど。

部下正座させBB弾を数発発射、護衛艦の2等海曹逮捕

 海上自衛隊横須賀地方警務隊は8日、護衛艦「たちかぜ」所属の2等海曹(34)を暴行の疑いで逮捕した。

 調べによると、2等海曹は今年6月ごろ、同艦内で部下の海士長(20)に「髪形をパンチパーマにしろ」などと言って正座させ、エアガンでプラスチック製BB弾(直径約6ミリ)を海士長の全身に数発発射した疑い。

 警察では、容疑者になぜパンチパーマにしろと迫ったのかを聞き出しているらしい。そんなこと判明したところで、何かに繋がるわけでもないと思うんだけど。きちんとした哲学があってのことだったら、それはまたそれで問題だし…。


 朝起きて、なんとなく音楽が聴きたくなったのでデビッド・サンボーンをかけてみた。フュージョンそのものとして考えれば、同じアルトサックス奏者でも、僕は本田雅人の方が好きである。もちろん両者を比較したとき、どう考えたってサンボーンの方が全てにおいて圧倒的に上だ。しかし、サンボーンは他の人のバックでこそ味が出るのであって、リードをとってもあまり目立つことはない。
 どれだけいいメロディーを奏でようとも、そこから聞こえてくるのは、ハイラム・バロックのギターであり、マーカス・ミラーのベースであり、スティーブ・ガッドのドラムである。珠玉の演奏だ。彼らの主張が強すぎるのか、それともサンボーンのプレイの本質とはそんなところにあるのだろうか。
 フュージョン(あるいはクロスオーバー、R&Bファンク、なんでもいいが)のみにとどまらず、スティービー・ワンダー、エリック・クラプトン、ポール・サイモン、そんな大御所のバックで吹くとき、彼の音色は周り全てをのみこむ。大地を切り裂き、天を駆け上がる。そういうことができるプレイヤーだ。間違いなく世界最高峰のサックス奏者だと聴くもの全てを確信させる。
 だからまあ、彼名義のソロアルバムはそれほど面白いところがないんだけど、そんなものかなとも思う。朝っぱらからバリバリのフュージョンやられてもね。

As We Speak
time again


 今回の旅は、最初から寂しいものになるとわかってた。それでも、僕は行かなくてはいけなかった。きちんとお別れをするために、さよならを言うために。宮古に行くのはこれで8回目。最後にするには悪くない数字だ。
 僕はこの島を必要としていた。心のどこかで救いを求めているとき、ここに来ればきっと何かを見つけられると信じて疑わなかった。その度にこの場所はいつも僕を温かく包み込んでくれたし、たくさんのものを与えてくれた気がする。それが何なのか具体的に言葉にすることはできないけれど、それは僕の心の奥深くでひっそりと、しかし燦然と輝くものであった。僕の中に存在する様々なものがここに帰結していたし、それと同時に繋ぎ止めておくための中継点であり、そして出発点でもあった。
 でも僕が前に進むためには、このままじゃいけない。物事には引き際がある。認めたくはなかったけれど、そういう気持ちが確かに僕の中に存在していて、それはどんどんと大きくなっていた。区切りをつけなきゃいけないなと確信を抱くほどまでに。まだまだやり残したことはある。できるものなら、いつまでもずっと一緒にいたい。でもハッピーエンドで終わりたい。だからお別れを言うんだ。
 初日から全ての景色が、18の夏に目にしたものとは、あるいは20歳の時に再び見たものとは、少しずつ、しかし確実に変わっていた。それは僕が変わったからなのかもしれないし、実際にこの島が変わったからなのかもしれない。どちらにしろ、僕はもう18でもなければ20でもない。もうあと2ヶ月もしないうちに23になる。あの頃の僕ではない。変わることが正しいのかそうでないのかですら僕にはわからないけど、やっぱり変わらないものなんてただの1つもない。そのことだけはわかる。
 ことあるごとに「最後だよ」と自分に言い聞かせていた。温かい島の人たちが、美しすぎる風景が、何よりもつらかった。僕は、誰よりもこの島のことが好きだった。それは他の何よりもシンプルなことだ。いい面も悪い面も、僕なりにいろいろと見てきた。それでも好きなんだよ。光速がいかなる場合においても不変であるように、ただの1つの例外もなく。
 またいつか、きっと会える日がくることを楽しみにしてる。僕が帰ってくるべき場所だろうなという予感はある。だからひとまずお別れだ。僕はもう少しタフになってくる。どこまでやれるかわからないけど、精一杯生きてみせる。ずっと探し続けている答えを、完全な形ではないにしろ、何かしらのことを見つけてくる。その時はまた僕に微笑んでくれるだろうか。温かく受け入れてもらえるのだろうか。わからないけど、僕はもう前に進むしかない。
 チャンドラーが言うように、さよならを言うことは少しの間死ぬことなのかもしれない。でもそれと同時に、何か別のことが生まれることでもあるはずだ。1つのものが失われたのなら、その空いた場所に何かをいれてみればいい。いれなきゃいけない。僕の存在理由はそんなところにあるのではないかとも思う。終わってはいないよ、始まってもいないんだから。

2004.11.3


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要は理工学部の文化祭みたいなものだけど、見に来るのは受験生ぐらいとか。当然こんな平日にやっても、人が集まるわけない(週末だって怪しいものだ)。
写真は寄席。


 あっという間に宮古での1週間が過ぎてしまい、現実の世界に戻ってきた。社会の一員として、再び膨大なシステムに組み込まれなければならない。今回の旅行については、僕自身にとってとても大きなものになったと、何となく感じている。これについてはまた日を改めて、少しでもうまく言葉にできればなと思う。
 当たり前だけど、僕が1週間どこで何をしてようが、世の中に何も変わったところはない。郵便物はマッキンゼーからの会社案内のみ。メールの方は、就職関連サイトから膨大な数がきてたけど(全て無視)。帰りに歩いた横浜駅はやけに平和だったし、1週間ぶりの自分の部屋は凄く狭く感じる。物理的な意味において、周りの世界はこっちの方が宮古島より全然広いはずなのに、どういうわけか狭いと感じている。多分、まだうまく適応できていないだけなのかもしれない。
 ともあれ明日からスタート。情報がどこでどう間違ったのか知らないけど、研究室の中では、僕は沖縄で治療を受けていることになっている…。この誤解を1つ1つ解かなきゃいけないのは非常に面倒なので、適当にあしらうにしても、そういうくだらないことを考えるだけで気が滅入ってくる。毅然とした態度でのぞんでいきたい。
 そして何よりの問題は、向こうにいるときは全然気にしてなかったけれど、結構焼けているということだ…。明日絶対つっこまれるんだろうな、ああいやだ。就職活動では肌の色で差別されないことを願うしかない(その頃には元に戻ってるかな)。


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さて、現実の世界に戻る時間だ。
僕の街だってそれほど悪いものじゃない、きっとね。


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昔の天ぷら(古謝本店、350円)

何が昔なのかよくわからないけど、要はかき揚げ。もちろん、つけるのは天つゆではなくソース。
注目すべきはこの値段にしてこの量。宮古の普通の店で、一人で1000円食べようと思ってはいけない(教訓)。


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ソーキソバ(古謝本店、650円)

18の時、初めて食べた宮古そば。味はあの頃と全然変わっていない。


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シークァーサーアイス(コンビニ、53円)

多分沖縄限定アイス。
さっぱりしていて美味しい。今時50円のアイスというのも珍しい。
全国販売を誰よりも待ち望んでいるんだけど、無理だろうな…。


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グルクンのフライ(果樹園、550円)

グルクンという、沖縄でよく食べられる魚のフライ。タルタルソースと見事にマッチして絶品。
マックのフィッシュディッパーに似てる気がするけど、こっちはちゃんとした魚の味がする。


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タコライス(まるこちゃん、500円)

ご飯の上に、タコスにいれる挽き肉、チーズ、レタス、トマトがのってる。
味としてはカレーと野菜サラダを一緒に食べた感じ。
たまに無性に食べたくなる味。


 夕食をすませた後、宿の駐車場で空を見上げたらかなりの星が出ていた。これまで月夜だったのであまり星は見えなかったけど、今夜はそのお月様の姿も見あたらない。もしかしたらと思って車を30分ほど走らせ、2年前ナイトダイビングの講習をやって、天の川を見たビーチに行った。宮古島の南側に位置していて、周りにほとんど生活の光はない。星を見るには絶好の場所だ。そのビーチに近づくにつれ、街から遠ざかるにつれ、どんどん見える星の数が多くなってくるのがわかり、僕の期待は膨らんでいった。
 ビーチに着き、車から降りて空を見上げた瞬間、胸が震えた。言葉を失うぐらいの数の星。数千、数万という数の煌きが辺り一面に広がっている。それも手を伸ばせばすぐ届きそうな距離に。もはや、どれがオリオン座で、どれが北斗七星かという話ではない。なんだか別の宇宙を見ているみたいだった。これらすべて、遠いはるか昔の輝きなのだ。あまりに綺麗だったので、なんだかもったないような気がして、30分ぐらいそこを離れることができなかった。いつまでもずっと眺めていたかった。
 そして、僕は生まれて初めて、この目で流れ星が落ちていくのを見た。何かが動いたと思った瞬間、赤白い尾を引きながら縦にすっと消えていった。あまりにも突然の出来事だったので、とっさに思いついた願いごとは、人に言えないぐらい単純なものだった。でも多分、それは今の僕が細かい理屈抜きに、何よりも心から求めていることなのだろう。


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知り合いの人達が全員沖縄本島に行ってしまったため、実質的に初めて宮古で一人になった。
とりあえず太陽が沈むのをじっと待ち続けた。

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take(take@blue-jam.com)
1981年12月23日生まれ
横浜市の端に在住
音楽と夏と海をこよなく愛してます。
強く、やさしく、フェアに

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