2009年10月 archive


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 今日はハロウィーン。ここ数年、日本でもハロウィーンが取りはやされるようになってきたけど、“ハロウィン”という「ハ」にアクセントを置いた日本風の言い方が非常に気に食いません。ケルビン(化学等でおなじみのK)じゃないんだから。正しくは3音節なので、ハ・ロウ・ィーンだと思います。「ウィ」にアクセント。ということで、街中でハロウィンと言われても、僕は頑なにハロウィーンと言っていきます(実際にはハローウィーンの方が近いような気も…)。まあ外人も東京をトキオと言うしな。同じようなもんですかね。

 僕も小さいときにアメリカで2年生活したことがあるので、ハロウィーンは2度やってます。ちゃんと仮装もしました。なにしろ小学校で仮装行列みたいなのがあるぐらいなので。ちなみに小学校3年の時が戦士みたいな格好(鎧、盾、剣を装備)して、小学校4年のときはドラキュラ。

 でもメインイベントは夜。見ず知らずの家庭を尋ね、"trick or treat?"(意訳だとお菓子ちょうだい)と口にし、お菓子をもらうわけです。アメリカは物騒なイメージがあるかもしれないけど、さまざまな点で日本じゃ絶対できないこの習慣。2,30件回って、よくわからない非常にジャンクなお菓子を集める、子供にとってはまさに天国のイベント。ちなみに3つ下の弟が海賊の格好(帽子、眼帯、ボーダーシャツ、短剣)をしたのだけど、短剣を家に忘れ、途中から眼帯が嫌になって外し、帽子も外し、もはや海賊でもなんでもなく、単なるがきんちょ状態で各家庭を回ってました。「君は一体なんなんだ?」とか言われたりね。

 本来ハロウィーンのメインイベントはこの"trick or treat"であるわけで(少なくとも子供にとっては)、日本でもこれをやるべきだよなと思うのだけど、食中毒が心配だとかで大人たちが騒ぐだろうし、なんだかんだでムラ意識があるのでまず無理だろうな。かわいそうに、日本の子供たち。

 まあ、これはアメリカだから成立するのだろう。上記問題に加え、日本は家が狭すぎる。アメリカだと1件1件がかなり広いから、1時間歩いて回っても、せいぜい2,30件が限界。でも日本だったら、1時間で100件ぐらい軽そうじゃないですか。マンションを有効活用すればあっという間だし(セールスマン状態)。

 所詮日本のハロウィーンはクリスマス同様ビジネスの一環であって、ハロウィン。なんでも金儲けに繋げる精神は見上げたものだけど、どうもねえ。


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 今年もほぼ日手帳。昨年に引き続き、ちゃんと忘れずに購入しました。去年マキノ・ヘリンボーンのカバーを買ったので、今回は本体(+その他)だけ。


 今週の日経ビジネスは、久々に隅から隅まで読んだ。その中でもひときわ目立っていたのがグーグル特集。第3四半期も着実に利益を出したこの企業は、やはりとんでもない・・・としか言いようがない。もうね、全部グーグルで良いんじゃないですか。ブラウザも、地図も、メールも、アプリも、OS(近々出るらしいですね)も。企業は自前でサーバの構築をしなくていいし、使いづらい社内イントラネットを構築する必要もない。ハードの進化で引っ張ってきた携帯電話も、これからソフトの時代になるのは目に見えている。

 広義のITと呼べるもの全て、もはや呼べないものも、幸か不幸かグーグルに支配される日が来るときも近い。

 そしてグーグルの素晴らしいところは、今でもきちんと投資すべきところに投資を行い、今ではなくて、将来の発展性・拡張性を見据えているところ。会社の規模からすれば、日本の定義で言えば既にかなりの大企業なのにね。まるでそれが自分たちの使命みたいに、旧体制を壊し続けることが宿命みたいに、既存の世界に変化をもたらしている。

 この世界で生き残るには、もはやそれが唯一の方法なのだろう。

 多くの日本企業は、もちろん僕の勤めるところもだけど、言葉ではイノベーションだブレイクスルーだと、格好いいこと言って、結局堅実な道しかとれない臆病軍団にすぎない。頭の固い、これまでの持続的な成長のおかげで結果を残してきた人がトップに立ってるのだから、変化のへの字もない。結果的に、それが自らの破滅を招くことも知らずに。

 もうこれまでの方法では、通用しないんだなということは、多分若い世代の人ほど感じていることだと思う。人口が増えて、経済が成長する、という前提があったからこそ、飛躍を遂げてきた日本企業。もっと新しいことやらないとダメですよ。過去の栄光にいつまでもすがるのはみっともないですよ。前提が違うのだから、過去のやり方が通用しないのだから、そろそろ目を覚ましませんか?

 と、組織に文句を言っても何もならないので、あとは僕が何を思って、何をするかです。日本の高度経済成長を支えてくれた団塊の世代の方々には、過去の縛りから逃れられない人たちには、そろそろ退場して頂きますかね。僕らにも日本の未来を担う責任があるのだから。

 また新たな1週間が始まります。


 サントリーニ島の2日目。ギリシャにはご存知の通り数々の離島があって、サントリーニ以外でも、ミコノス島、クレタ島、ロードス島・・・と、(きちんとした交通手段で)上陸できるできない問わなければ、おそらく40ぐらいの離島がある。これらの島々を巡るエーゲ海クルーズがかなり有名で、サントリーニ島も、朝はこのクルーズのエクスカーションと思われる観光客でいっぱいでした。何が言いたいかというと、そういったクルーズの1日観光で十分回れる島なので、そんなにすることはないということです。もうネタ切れです。


yokmichi.jpg横道世ノ介/吉田修一

 久々の長編。最近、吉田修一が精力的な気がします。これまで溜まっていた連載が一気に単行本になっただけなのかもしれないけど、ここ1年で3,4冊新書が出てるはず。ただ、長編らしい長編は『悪人』以来なくて、短編、あるいは中編が多かった。久々の長編ということもあって、期待して読みました。

 それでこの作品は僕の期待にこたえてくれたのかと言えば、読んでる時は結構面白かったけれど、読み終えて時間が経つにつれ、特に印象がなかったというか、作品のシーンがどんどん空白になっていく。そしてふと、ああそうだったと思い出す。

 話は、主人公の横道世ノ介が、上京して大学に通うところから始まる。いかにも田舎から出てきましたという人間で、良い意味で垢抜けてなく、その1つ1つの言動が微笑ましい。前々から言ってることだけど、普遍的な、「リアルな日常」を描かせたら、吉田修一の人の右に出るものはそうそういないだろうと思う。その普遍的なリアルさが、非常にいい。

 しかし時の経過は無情というか、全てはそういう運命になるものなのかもしれないけど、この横道世ノ介も、多くの学生同様、だんだんと、まるでそうなることが当然かのように、垢抜けていってしまう。純朴さを失い、時にはやさしさを失い、その場限りの、欲に任せた時代に流される。そういうのもまた、きわめてリアルに描かれている。

 面白いのは、途中途中で、彼と関係した人間のその後を通して、世ノ介について語られるところ。大学時代の話とは何のリンクもないのだけど、それがうまい具合に相乗効果となって、話を要所要所で引き締めている。反対に残念なのは、中途半端に実在したある事件をモチーフにしてしまったところ。僕はその事件が発生した現場を非常によく知っているので、この部分は正直興ざめしてしまった。こんなことしなくたって良かっただろうに、他にいくらでも方法はあっただろうに、と思う。

 読み終えて何も残らない話というのはいくらでもあるけれど、この作品は、最初は残っているけど、だんだん消えていく。あったと言われれば確かにあったし、なかったと言われれば、別になくても全く困らない。そんな話です。


 社会人なりたての頃は、仕事のメールが嬉しかった。この辺、インターネットを始めたときの感覚と似てて、メールがくると、自分が必要とされているかのような感覚になっていたのだと思う。

 でも3年目、4年目ともなると、仕事でメールが来るのは当然のこととなり、そのうち自分が主人公でない(CCに入ってるレベル)メールは見なくなり、さらに、自分宛のメールすらも見なくなる。もっと言うと、読んだメールも読んでないことにする。忘れる。読むのでさえそんな状態だから、返信なんてほとんど返さない。まだ自分の立ち位置がわからないというか、自分が言わなくても誰かが言うだろう、そもそも僕が言うことではないよな・・・なんていう甘えがあるのだろう。

 そもそもメールというのは、やはりリアルタイム性を重視しないコミュニケーション方法であり、お互いその前提を了承した上で用いるものだと思う。例えば、緊急の用件で出したメールであっても、海外出張で日本に1週間いません、メール見られません、なんていう場合だったら返信ができなくても、その人に何の非もないわけで、やっぱりメールはメールとして割り切り、殊に仕事においては、確実に相手とコミュニケーションをとることが大事なのだと思う。昔は、メール送った後に「今メールを送ったのですが・・・」などと確認の電話をする上司を不思議に思っていたのだけど、今ならその気持ちがよくわかる。でも僕だったら最初から電話して、リマインダー的にメールを送付するかな(ほとんどしないけど)。ちなみに、それでも、公私問わず、メールの返信をすぐくれる相手というのは好印象です。

 そんなことはまあどうでもよくて、何が言いたいかというと、最近メーラーの使い方が変わってきたということ。

 僕は昔からBecky!愛好家であり、ほぼBecky!使用暦=インターネット利用暦(かれこれ12年近く)なのだけど、最近プライベートはGmailに完全移行しました。どこでもネットに繋げる環境が世界中にできた現在、その利便性を享受しようと思えば、メールをローカルに保存するということ自体間違っている(セキュリティうんぬんがない世界ならば)。しかもGmailは強力な迷惑メールフィルタがあるし、容量はほぼ無制限。そして何より、過去のメールは検索するという使い方を僕らに提示してくれた。これはパラダイムチェンジと言ってもいいぐらいの変化。

 世間一般の人がどうしてるのかはわからないけど(人のメールソフトなんてのぞく機会ないため)、僕はメールが受信フォルダに何百とたまるのが嫌なので、こまめにフォルダを作って受信メールを分類し、カテゴライズされてないメールはないと言っていいぐらい分類してた(仕舞いには分類不可メールをJunkと分類する始末)。でもよく考えてみたら、メールなんてよっぽどのものでない限り、そうそう見返すことはないはずで、とっておいても無駄なメールばかり。例えばNY旅行に行く時の、航空券やホテルのやり取りメールをまとめたフォルダを作ったとして、NY旅行に行った後、そのメールを見返す必要があるのかと言われれば、ほとんどないし、見返すこともないと思う。

 会社でも入社当初からBecky!を使っていたのだけど、今回、新たな職場となり、前ほどの自由さは微塵も感じられないため、おとなしくOutlook(Office版,not Express)かNetscapeを使えとのことなので、スケジューラとしてOutlook使うかと諦め、メーラーもOutlookにしようかなと。IT系企業なんかは積極的にWebメール(SaaS?)を使っているみたいだけど、情報漏えいだ何だと色々騒がしいので、僕はまあ無理でしょう。

 OutlookなんてまだIE4が出る前、インターネットに触れた当初のものしか知らなかったのだけど、今のOutlookメールは結構便利なんですね。Gmail同様、メールは検索して使うべしみたいな前提になっているし、さらにこれはGmailよりも便利、今日・昨日・というように、メールを日付ごとにまとめて表示してくれる。

 こういう表示のされ方なら、大事なメールだけフォルダを作って分類し、あとはもうアーカイブとして埋もれてしまっても問題ないのかなと思いました。実際に自分がそれをやるかどうかはまた別として。

 どういうわけか、メールが社会的地位を得れば得るほど、僕自身は、メールというものを軽視するようになってきました。仕事で使用する分には、ちょっと中途半端かなと。メール1通見た見ないで問題が発生する可能性があるだなんて、バカらしすぎる。

P.S.
 とは言え、最後の主張と思いっきり矛盾するようで申し訳ないのだけど、たまにこのblogを読んでくれてる人からメールをもらえることがあって、読んでくれてるだけでも嬉しいのに、これはもう本当に嬉しいです。ありがとうございます。


 この先、いつまでも覚えておきたい2日間のこと。

・最終出勤日

 まさか3年半で、このような日がくるとは思わなかった。いつもより少し早めの8時45分に出勤。駅から会社へと続く400メートルの直線も、しばらく歩くことはなくなる。変わったことと言えば、コンビニが1件つぶれたことぐらい。不況なのか、立地は良いはずなのにまだ空きのチラシが貼られている。

 荷物の整理は少しずつやっておいたので、午前は最後まで通常業務。見切りをつけて終わらせてしまいたいけれど、世の中には、少しでも時間をかけることが大事という仕事があるみたい。

 昼休みはギリギリまで同期と話していた。決して美味しくないお弁当を(というかマズい)、毎日食べ続けていたのは、他を考えるのが面倒くさかったから、そして同期達と会いたかったから。仕事はお友達ごっこの場所ではないけれど、それでも素敵な、かけがえのない同期を得られたというのも紛れもない事実。きっと遅かれ早かれ、皆バラバラになる。でも、同じ釜の飯を食ったじゃないけれど、僕らは確実に繋がっている。

 午後は最終手続きや荷物の整理を行い、最後、身の回りの掃除を行った。3年半ずっと使い続けた机。2年使ったすばらしいPCとディスプレイ。横にスクロールできるマイクロソフトのマウスは、エクセルでの作業で大活躍してくれた。できることなら買い取って自宅で使いたいぐらい。

 20時ぐらいに全部終わり、あとは帰るだけとなった。でも何か名残惜しくて、帰れなかった。結局22時近くまで同じ部署の色々な人と話し続け、ふと次の日が早いことを思い出し、一礼をして部屋を後にした。

 きっとこれで何かが変わるのだと思う。新たな始まり。変われば良いなと思う。そして何も変わらなければもっと良いなと思う。


・出勤日初日

 社会人になってから今まで経験せずに済んだこと。通勤ラッシュ。でもこれからは、残念ながら行きも帰りも、そう長くない時間だけれど、皆と同じ方向に向かうので、それなりの混雑を覚悟しなくてはならない。通勤時間が今よりもさらに少し短くなることがせめてもの救いかな。

 さて、新しい職場での初日。何人か知っている人はいるし、これまでに何度か行ったこともあるけれど、実際に自分が働くとなるとまた勝手が違って、ほどよい緊張感があった。しばらく忘れていた新鮮な気持ち。新たなスタートを切るというのは、結構大事なことなのかもしれない。

 この日は、予想通り事務手続きだけで1日が終了。周りはいい人が多いっぽいです。多分。少なくとも上司は人格者。これが全てですね。あと敷地がおそろしく広大で、東京ドーム何個分とかそういう世界。手続きで各所を回ってたら、この日の歩数は一万歩を超えてました(N82のStepCounterを動作させっぱなしにしてます。バッテリーが2日もたないのはこのせいかもしれない)。

 帰りは久々にバスに乗ったら、30分で自宅に着きました。ともあれ、これから先がすごく楽しみです。何かが始まりそうな予感もあった。せっかく手にしたチャンス。そのチャンスを掴みとれるよう、せいいっぱい足掻いて、もがいて、何かを見つけたい。

written on 30th Sep. and 1st Oct, 2009

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take(take@blue-jam.com)
1981年12月23日生まれ
横浜市の端に在住
音楽と夏と海をこよなく愛してます。
強く、やさしく、フェアに

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