2009年12月 archive


 今年もあと4時間を切りました。ビルボードのトップ100を見ながら、ダラダラ過ごしてます。昔から年末・年始の特番というのは、見るだけ時間の無駄としか思えないような番組ばかりだったけれど、近年はますますひどくなって、時間の無駄ばかりか、むしろ被害を被る気がしてならない。なのでまあ、別にアメリカの音楽シーンがいいとは思わないけど、それでも日本よりは格段にマシなので、全然知らないアーティストが歌う全然知らない曲を。

 去年が色々とあった年だけに、今年は割と落ち着いていた印象があって、10月にまさかの転勤となったけど、これは(結果的に)自分にとってすごくポジティブな異動だったため、何も言うことがなく、むしろ移れて本当に良かったと喜びをかみしめる毎日。本腰を入れるのは来年からだけど、志を高く持ち、ノブレス・オブリージュの精神を忘れず、直往邁進していきたいと思います。偶然にだけれど、自分がずっと追い求めていた1つの答え。ここなら世界が見れる。

 7月ぐらいから業務が忙しくて、残念ながらプライベートはあまり充実させることができなかったけど、それでも1年怪我なく、病気もせず、無事に過ごせたので良しとします(有給はいくらか使ったけれど、風邪等で休んだことは一度もなかった)。今年の目標は新婚旅行に行くで、これは8月にアテネ・サントリーニ島に行ったので無事達成。来年の目標は、また来年考えることにします。

 それでは皆様良いお年を。来年もどうぞよろしくお願い致します。


 今夜もまた!もちろんTVよりもCDで聞いた方が音はいいに決まってるけど、アーティストの動いてる姿はなかなかお目にかかれないので、非常に貴重なのです。

 今夜はクリストファー・クロス、グレン・メデイロス、マーティン・バリン(知らない)、リッチー・リー・ジョーンズ(知らない)、ホール&オーツ。

 ちなみにこの番組、洋楽天国PREMIUM R45というらしい。45歳以上が対象なのかな。あと17年早く生まれていれば、こんなにも素敵な音楽をリアルタイムで聴けたというのに!


ekweekend.jpgいくつもの週末/江國香織

 江國香織が結婚生活について語ったエッセイ。しかしエッセイと言うにはあまりに残酷で、不確かさとも言うべき儚さがあり、そしてやけに透明で美しい話の数々が語られている。これらの文章のどこまでが本音なのか、僕には知る由もないけれど、もし100%江國香織が感じていることを綴っただけならば、僕は村上春樹の主人公よろしく、「やれやれ」と首を振るしかない。

 こう言っては失礼というか、余計なお世話もいいところだけれど、そもそも江國香織が一般人男性と結婚したこと自体が、僕には全く信じられない。てっきり一生独身を貫き通し、自由な恋愛をし、文字通り人生を謳歌するものだとばかり思っていた(その昔、彼女は知人男性全員が恋愛対象だと言っていた気がする)。そんな彼女が結婚し、すなわち1人の男性を選び、さあ一体どういう日常が待ち受けているのか、というのが細々と綴られたエッセイ。

 良くも悪くも期待を裏切られ、辛らつな言葉の数々が並ぶ。胸が痛い。全然幸せそうじゃないし、僕は彼女の文章から、二人の間にある愛を感じられない。これまた昔、江國香織の価値観は、一般女性のそれと大きく異なると言われたことがあるけれど、本当にそうであってくれと願うばかり。ここまでの感性があるからこそ、素晴らしい作品の数々が生まれてくるのだろうけれど。いやはや。


 3年半前、関西にいたときに偶然セールで見つけたアディダスのSTAN SMITH II。すごくはき心地が良くて、もう1足買おうとしばらく探してたのだけど、全然なくて諦めてた。でもどういうわけか今年のラインアップに入ったらしく、高島町のABCマートで見つけたときは本当に嬉しくて、何も迷うことなく即購入(今思えば定価だった)。

 そして先日ネットで探したら3割ぐらい安く売ってたので、さらに2足購入。全く同じものなのでサイズの心配もなし。いい靴というのはなかなか出会えないからね(妥協で履く靴ほどイライラするものはない)。またなくならないうちにあと2足ぐらい買おうか考え中…。


TVKでやってる番組がすごく良かったので、記念投稿。

AOR特集なのか、ボビー・コールドウェル、アンブロージア、ジョージ・ベンソン、レイ・パーカーJr.&RAYDIO、TOTO、ボズ・スキャッグスのPVがフルコーラスでOA!時代をこえる名曲の数々。釘付けでした。


 今年のクリスマスの約束、メドレー部分までしか見なかったけれど、すごく良かったです。特に、いきものがかりのボーカルの歌唱力は圧倒的だった。いきものがかりの曲自体はよく知らないけど、彼女はいいプロデューサを見つけ、絶対ソロでやるべき。

 そして寝るのが2時近くになって、昨日の仕事納めを何とか乗り切って。最終日の雰囲気はすごく好きで、色々とやらなければいけないことは残っているのに、今年は終わらなければいけないというのがいい。これで終わりなんだなと、なんか変な寂しさを感じながら、19時ごろ帰路に着きました。

 年末年始は9連休です。年賀状を作って(新しい職場で住所を聞いて回るのが大変だった)、高校時代からの友人と遊び、簡単に大掃除をし、年明けは実家巡りをして、連休明けたら昨年同様INCOGNITOの予定。予定があるようで、実は全然なく、とりあえず本を5冊買いました。ビバAmazon、ビバ引きこもり。

 1年の終わりというのは、有無を言わさず終わってくれるところが、たまらなく素敵です。


 国内のCDの包装は、切れ目があって、そこをつまんでピピッと1回転すれば綺麗に包装を剥がしCDを取り出すことができる。さすが消費者の利便性第一の国。が、輸入盤だとこうはいかない。買った人がどうやって開封するかなんて知ったこっちゃないと言わんばかりの完全密封で、端の方のビニールが重なっているところを、爪でガリガリやらないと切れない。そしてようやく取り出したと思ったら、今度はCDケースに貼られているセキュリティシールと格闘しなければならない。

 このセキュリティシール。裏にPULL→なんていう文字が入っているけど、これを鵜呑みにしてはいけない。どう考えても引っ張ったってとれない構造になっているし、ちょっと浮いている隙間から爪をいれてそこから開けようと思ってはさらにいけない。十中八九、CDジャケット上部がシールの粘着剤でベタベタになる。

 一時期よりは勢いが衰えたとは言え、年間何十枚と輸入盤を買う自分にとって、このセキュリティシールは憎い以外のなにものでもなかった。

 おそらくネットを探せばこのシールの綺麗な剥がし方が載っているだろうと思い、調べてみたら案の定ありました。が、思いのほか解説しているところが少ないので、ここに記しておきたいと思います。


graceland.jpgGraceland/Paul Simon

 冬になるとポール・サイモンが聴きたくなる。低気圧の陰鬱な気候だったり、肌を刺すような寒さの中でスカッと晴れた青空だったり、彼の音楽はなんだかそういう冬の特徴的な日々によく合う。そして冬は寒いだけじゃないんだよと、素敵な春がくるよと、時折温かさを教えてくれる。

 本作品は、ご存知サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンのソロ作品8枚目であり、いわゆる「一家に一枚」のアルバム。南アフリカの音楽をふんだんに取り入れ、政治的な事情も重なって当時は物議をかもしたらしいが、とにかく歴史に残るアルバムの1枚であることに変わりはなく、アメリカでは1986年、1987年と2年連続でグラミー賞の評価を得ている(それぞれ最優秀アルバム、最優勝レコード)。

 例えばスティーリー・ダンが、人はどこまで完璧な音楽(ポップス)を作り上げることができるのかを目指したとすれば、ポール・サイモンの本作は、どこまで音楽本来の意味に迫れるかを求めたものだと言える。そもそも人はどうして音を奏でるようになったのか、日々の暮らしに必要なものとなったのか、そしてなぜたまらなく魅了されるのか。

 その1つの答えを、近代ポップスで示したのが間違いなくこのグレースランド。アフリカのグルーヴをルート(根)とし、近代的な言葉で、昔も今も変わらない普遍的なことを高々と歌い上げる。それも直接的ではなく、比喩を用いて、大事に大事に言葉を発するところがまたいい。ポール・サイモンはミュージシャンであると同時に、詩人といっても差し支えないだろう。

 こんなにも究極的で、温かさに満ちた、そして愛すべきアルバムを、僕は他に知らない。


 僕は今、2つの場所で仕事をしている。1つは今まで仕事をしてきた場所、もう1つは10月から僕が仕事をすることになった場所。色々と事情があって、まだ前の職場にも行っているのだけど、職場が変わってから3ヶ月が経ち、その差が驚くほど鮮明になってきた。

 今の職場と前の職場、色々な意味で今が暖かい(温かい)し、前の職場は完全に冷え切ってしまった。本当に寒い。ひざ掛けを使っても、マフラーを巻いても、コートを着ても寒い。なぜエアコンをつけないのかは誰も知らない。僕以外の人はバタバタ風邪で倒れていっているので、自分だけが特別寒がりというわけでもないのだろう。きっとエアコンをつけるにも、お偉いさんの許可がいるのかもしれない。

 世の中には本当に自分ではどうにもならないことがあって、幸か不幸か、ほとんどの場合、そういう時は運が大きく左右する。そういった点では、僕はかなり幸運だったと思う。もし僕が、新しい職場に移らなかった時のことを考えるとぞっとする。きっと早々に見切りをつけ、今とは全然違うところに住んでいて、全然違う仕事をしていただろう。入社してから間接的にだけど、色々な場所で、色々な部署を見てきた。その中で断トツに寒い、前の職場。幸いにも、ここで仕事をするのも、多分あと両手で数えられるほど。

 寒い場所には、たくさんの仲間がいる。僕がこの世界にいる限り、きっと切っても切れない仲間。彼らが、いつか温かさを取り戻すことができたらいいなと思う。そのとき僕がどこにいるのかはわからない。今の場所で、ひたすらモノをつくり続けるというのも悪くない気がしてきた。寒い場所は二度とごめんだ。知らなくていいことは知らないに越したことはない。

 今が暖かくて本当に良かった。


これがデザインの1つの頂点だと思う。完璧。


少ない今年の冬のボーナス。でも日頃の感謝を込めて妻にプレゼントです。あとは貯金…。


 先日、先生への挨拶&学生への会社説明で、母校に行ってきました。卒業して最初の年こそ行ってないけれど、なんだかんだで3年連続。大学・大学院と6年間学んだ母校、もう出身学科の名前はおろか、理工学部という名前さえなくなってしまったけれど、それでも、心の故郷の1つとして、いつまでも僕の中に残り続けるのだろうなと思う。

 今回大学を訪れた一番の目的は、職場が変わったという報告を教授にしたかったから。まあ世の中は狭いというか、ある特定分野に集中しているだけなのかもしれないが、現在の部署にも同じ研究室の先輩がいます。先生にとっては卒業した学生がどこで何をしようが知ったこっちゃないかもしれないが、一応学位をくれた先生に報告するのが道義というものだろう。実は少しだけ今の仕事は先生も絡んでいて、そういう仕事の話をできるのが嬉しいと言えば嬉しい。

 帰り際、先生に卒論・修論を持って帰ってと言われ、学生時代の集大成とも言うべき唯一の成果物を持って帰ることに(重い)。修論の方はボロボロで、テープで補強されてたりしたけど、それなりに後輩の学生達に見てもらえたということなのかな。それはそれで嬉しい。参考になるようなたいしたことは書いてないのだけど。

 同じ研究室だからとか、同じ大学だからとか、そんなことどうでも良いと考えながら社会人になったけれど、思いのほかこの繋がりが強い。そして間違いなく僕の人生の役に立っている。OBの人たちの、その後の活躍を見る限り、自分の選択はそんなに間違っていなかったのかなと思う。

 学生への会社説明では、今自分が漠然と抱いている不安・疑問を学生にぶつけ、挙句の果てには組合批判を展開してしまう始末でした。本音を語れるのも研究室先輩・後輩の関係ならではということで。


thinkhealthy.jpg思いわずらうことなく愉しく生きよ/江國香織

 半年以上前に読んで、感想を書こうと思っていたものの、多分書くことがなくてそのまま放置してました。

 この人の作品は、きっと女性が読むと好き嫌いが両極端に分かれると思うが、僕は昔から結構好きな作家の一人で、短編だと何もないまま終わることが多いため、主に長編を好んで読んできた(というか僕は基本的に長編の方が好きで、唯一の例外が村上春樹)。江國香織の長編は、何もないようで何かが少しだけ起こったり(1冊かけて何もなかったらそれはそれで見事)、それなりに展開があるのに何もないように感じたりと、とにかく、全体的に淡い色で彩られているような作品が多い。きっちりとした起承転結を求める人には物足りないかもしれないが、バタバタしてないのがなんとなく心地よく感じていた。

 さて本作。話は三姉妹の三者それぞれの日常を描いたものであり、3人それぞれが独立して話が進むのではなく、それなりに互いに干渉し、家族というもののあり方みたいなものを見せつけられる。そして、珍しく色々と起こる。

 でもやっぱり、色々と起こったとしても、本質的なことはそこにはなく、実はもっと深いところにあるのかなと今さらながらに思う。話の中では、後半から夫のDVというテーマが鍵を握るが、ただ単にDV(Domestic Violence)から逃れたいのに逃れられない妻というものを描いているのではなく、人の生き方として、ある意味メタファーとしてDVを取り上げているに過ぎない。このあたりが、やはり江國香織だよなあと感心してしまう。

 「思いわずらうことなく愉しく生きよ」というのは、三姉妹が育った犬上家の家訓。この真の意味は作品の中にあるようでない気がして、なんとなくヒント、ぐらい。「楽しく」ではなく「愉しく」というのがポイントなのかな、きっと。両者をどう定義するかにもよりますが。ただ言葉の感じからして、楽しく生きるのはそれなりにできそうだが、愉しく生きるのは簡単ではない気がしてならない。


 今日は所用で桜木町まで出かけ、その移動中、ブログにこんなこと書こう、あんなこと書こう、などと考えていた。が、いざ家に戻ってパソコンを前にすると、あれだけ書こうと思っていたことが全然まとまりなく感じられ、別にいいや、と書きかけの文を消去。考えているときは一人でそれなりに盛り上がっているのだけど、いざ文章を書こうとすると最後までたどり着けない。特に社会人になってからこんなケースが非常に多いです。

 「別にいいや」で終わってしまうことなので、まあ別にたいしたことではないものの、なんとなくそういうことも1つ1つまとめて、うまく形に残せたらいいのになと思う。それが、特定のテーマに絞っているわけでもない、この言ってしまえば雑記のようなブログを続ける意義のような気がする。だらだらとブログを書き続けて6年近くになるけれど、自分の思考の記録(ログ)として、楽しんだり考え込んだりすることがたまにあるのです。

 書けない原因の1つは、間違いなく環境。去年からメインPCをThinkPad X61にしたことが非常に大きい。というのも、ノートPCなのでリビングのソファや床に座りながら書くことが多く、これは明らかに文章を書く環境ではない。TVも無駄についているので、集中力が削がれる。昔はデスクトップだったので、椅子に座り、「よし書くぞ!」と気合を入れていたわけではないけど、それなりに書く体勢にはなっていた。真正面に映るアドマチック天国を見ながら文章なんて書けるわけない。ただデスクトップのある部屋が寒いので、冬はそっちで書くわけにもいかず…。

 あとはタイミング。きっと、書こうと思ったときが一番の書き時というかアイディアの「旬」で、時間が経つにつれそれは劣化していってしまう。家に帰ってすぐに書けばまだマシだったろうが、22時前に昼に考えたことなんて文書にできない。ただし、これは自分の文章力の問題でもあるのだろう。何とかして、もう少し文章をまとめる力をつけないと。

 ちなみに電車の中で考えていたのは、営業のプロはどんな商品でも売るのと同じで、自分も無線通信の技術者としてどんな適用先(製品)でも開発は同じだろうという話。が、これは自社の営業に対する批判に終始していたことに気づいたため没。あと、桜木町はいついっても何らかの寄付金集めをしているのだけど、その行為は偽善なのか何なのか、というお話。これはそのうち書き直したいと思います。

Profile

take(take@blue-jam.com)
1981年12月23日生まれ
横浜市の端に在住
音楽と夏と海をこよなく愛してます。
強く、やさしく、フェアに

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