2011年2月 archive


 たまたまテレビをつけたら、柳谷晃先生が出てて心底びっくりしました。まさか高校の時に数学を習った先生が情熱大陸に出るとは…!。

 僕の通っていた高校は良い意味でも悪い意味でも変わった先生が多かったけれど、柳谷さん(どういうわけか、僕らは教師のことをさん付けで呼んでいた)はその中でもトップ3に入るぐらい変わってた。担当教科は数Aだったけれど、はっきり言って数Aを教えてもらった記憶は全くない。数Aなので集合や確率が学習要領のはずだが、哲学のような話と、日常的な事象の確率の話が授業内容のほとんどだったと思う。受験勉強から解放されたばかりの15歳は、漠然と数学と哲学は深い関係があるのか、ぐらいしかわからなかった。

 その後は残念ながら柳谷さんに教わる機会がなかったのだけれど、大学のキャンパスでもたまに会うことがあって(大学でも授業をもっている)、「やあ」と不敵な笑みを浮かべながら声をかけてくれた。何百人、何千人と教え子がいるはずなのに、特にクラスで目立っていたわけでもない僕のことを覚えてくれていたことはすごく嬉しかった。

 今思えばだけれど、柳谷さんは常に物事の本質を説こうとしていたような気がする。しかも、そんなこと高校生に話してもわからないだろうという不条理を抱えながら。「人という字は文系が理系に寄りかかって生きているのを表している」とか「バカは生きていてはいけない」とか、過激な発言をしながらも、実は世界と自分の立ち位置をきちんと見極めている人なんだなと、改めて尊敬する。ちなみに後者の発言のフォローをすると、これはノブレス・オブリージュの話をしていて、人はそれぞれ能力を社会に還元することが使命なんだよ、ということをこれから未来を担う僕らに向けて言っていたのだと(僕は勝手に)解釈している。この先生に数学を教えてもらえたのは本当に幸運だったと思う。

 世の中のほとんどのことは数式で表せる。数学者しかり、物理学者しかり、経済学者しかり。数学という学問に触れる資格を手にした者は皆、とてもじゃないけど一言では説明できないことを、数式で表現しようと人生を捧げてきている。誰が言ったのか忘れてしまったけれど(あるいは柳谷さんかもしれないが)、数学的に正しいことはエレガントで美しい場合が多い。これは理系人間なら間違いなく誰しもが惹かれたこと。もちろん、僕もそのうちの一人。ロケットは数式で飛ぶし、人の行動までもが数式で表すことが可能。これにロマンを感じず、何に感じるというのだ。もちろん、番組の中でも言っていたが、その数式の根底には人間がいる。数式というのは時に冷たいものだけれど、そのことは忘れてはいけない。

 自分が今、無線通信(確率と統計の最たるもの)絡みの仕事をしているのは、もしかしたら高校時代に柳谷さんに出会ったことも関係しているのかもしれない。一見、関係がなさそうなに思えても、何がどこで繋がっているかは、パッと見ではわからない。意外と、シンプルでエレガントな数式で表すことができたりしてね。


 昨年、東京都世田谷区の梅ヶ丘に梅を見に行ったら既にほとんど散ってたということがあったのだけど(参照)、今年は万全を期し、2週間ほど早くリベンジをしに行ってきました。ちなみに、このときが初めてデジタル一眼レフを外に持ち出した時で、あれから1年、色々なところに連れていきました。

 そして、今年の羽根木公園。


久々の仕事がない土曜日。起きたら12時を回っており、散歩がてら近所のGEOに行ってみたらNINTENDO 3DSの在庫があるではないですか。予約が一瞬で締め切られたとか、行列がどうとか聞いてたので拍子抜けしてしまい、気づいたら買ってました。しばらくは様子見だと思ってたのに。クレジットカードは危険です。ストリートファイター4のネット対戦がすこぶる楽しい(SFCでのストIIにハマってた世代です)。3Dは思ったよりも面白いかな。


 1つのプロジェクトが終わった。入社以来初めて自分が最初から最後まで携わった仕事であり、そして初めてプロジェクトマネージメントを行った仕事。やらなければいけないことは全部やったつもりだし、多分やらなくていいこともかなりやった。もっと効率的に進めることもできたと思う一方で、自分でなければできなかったこともいくつかあると自負している。

 今から1ヶ月前、正直に言って、このプロジェクトの成功は想像できなかった。まだ時間に余裕があるからとおざなりにしてきたことのツケを、利息込みでたっぷりと払わされたし、追い討ちをかけるかのように予想外のトラブルが続出した。打ち合わせを主催しても誰も集まらない、期日までやって欲しいと頼んだことが何一つされていない。部品の納期が間に合わない、人手が足りない、担当者が捉まらない。先が見えないことに苛立ちは積もり、何度か和が崩れかかったこともあった。

 期限まであとわずかという段階で、製品の影も形もない。誰もが心の中で、これはもう無理だよと諦めの気持ちを持っていたと思う。常に、あと1ヶ月早くこの状態だったら、というのが合言葉のように繰り返されては、何の慰めにもならないことを知り、絶望の淵に立たされていた。

 唯一の救いは、何だかんだ言っても、とにかくやれることは全部やるんだという頑なな思いを、持ち続けていたこと。結果がどうであれ最後までやり通そうという思いを、全員ではないにしろ、数多くの人が持っていた。最後の1週間は神がかり的で、もはや奇跡と言っても過言ではない。奇跡というのは、ただ指をくわえてればやってくるものではなく、全ての条件をあるべきところに整わせる過程そのものこそが奇跡なのかもしれない。

 終わりはもっと感動的なものかと思っていた。(お茶で)乾杯の挨拶をさせられた時はさすがにうるっときたけれど、全部が終わったときの充実感は呆気ないものだった。まだ自分の中に落ちてきてないだけなのかもしれないし、僕自身の問題として、そういうものなのかもしれない。それでも事実として残るのは、このプロジェクトを完遂させたということ。

 帰り道、雪がしんしんと降っていた。それは喜びも悲しみも、そしてこれまでの苦労も時間も、全てを包み込む雪だった。


ただいま。
世界で一番愛しい君。

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take(take@blue-jam.com)
1981年12月23日生まれ
横浜市の端に在住
音楽と夏と海をこよなく愛してます。
強く、やさしく、フェアに

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