2011年11月 archive


天気の良いお休み2日目は鎌倉をぶらぶら。週末に比べたら圧倒的に人が少ないけれど、小町通りは遠足の学生で賑わってました。

お昼はその小町通りから少し中に入ったところにある、隠れ家的カフェレストランMUGIMARUに。良い天気&喧騒を離れ静かな場所だったので普段なら遠慮してしまうテラス席に座り、釜焼きピザとパスタ(ボロネーゼ)のランチを食べました。味もなかなか、とにかく気分爽快で、たまにはこういう時間も必要なんだなと痛感。こういうリフレッシュがあるから、また明日から頑張れる。

Posted from iPhone4S.


 日曜日に初の海外出張@北米から帰ってきした。勤労感謝の日も週末もなかったため、昨日は頑張って普通に出社して、今日から2日間お休み。時差ボケがまだ辛く、いくら寝ても寝足りない...。

 飛行機はボーイング777だったので割と快適でした。出発前日23時半まで会議だったことと、出張先では寝る時以外ずっと仕事だったことを除けば、良かったです。多分また近いうちに。

Posted from iPhone4S.


生ハムとクレソンのタリアテッレ
大混雑で、注文してから1時間待った…。

 入社してあっという間に5年半が経ってしまった。年齢的にもキャリア的にも、そろそろ若手中堅どころの仲間入り。たぶんだけど、技術職では、大体において30から40ぐらいまでの人が、実担当として会社を引っ張っていく。20代はそれに向けた準備期間だし、40過ぎたら一線を退いてマネジメントに徹するべきだと思う。人員構成上そう上手くはいかないのが現実だけど(とにかく上が多すぎる。逆ピラミッドもいいところだ)、自分の知る限りでは、そうやって世代交代しないとあらゆる点で不都合が生じる。

 というわけで、まだ30ではないけど、最近様々な業務が自分のところに集中する。上司から命じられたもの、自分から自発的にやるとしたもの、同僚に頼まれたもの、そして自分の全然知らないところで自分がやることになっているもの。前2つはまあいいとして、課題は後ろの2つ。そして最近気づいたことは、会社にいればいるだけ仕事が増えるという事実。さらにはそうした増えた仕事をこなしたところで、自分の評価なんか全然変わらないという現実。

 昨日、前の職場メンバーでひと足早い忘年会があったのだけど、まさに会社を出ようとした瞬間に電話がなり、結局1時間近く時間をとられてしまった。全ては会社にいるせい。もし仮に僕が既に会社を後にしていたら電話に出られないわけで、それは次の日に先送りになったかもしれないし、もし運が良ければ電話することを忘れてくれるかもしれない。同様に、席にいると色々所用を頼まれるけれど、僕がいなければ自分で何とかしなければという気持ちが芽生えるかもしれないし、別の機会になるかもしれないし、運が良ければ忘れてくれるかもしれない。そんな悠長なと思われるかもしれないが、本当に必要なら忘れることもないだろう。そして大事なのは、たいていそういう依頼事項の大半は、なければないでどうにかなるものだということ。つまりは、そういったなくてもそうそう困らないことに、かなりの時間を費やしている。

 これを解決するための唯一の手段は「会社にいないこと」。これをどう実現するかというのは色々課題があるものの、とにかく会社にいなければ、少しは仕事がたまるかもしれないけれど、ずっと席に居続けた時の比ではない。そして上述の通りそれらの仕事は自分がやらなくともなんとかなるもの、時には全然やる必要のないもので、簡単に言うと自分のプライベート時間を削ってそれらの仕事に取り組んでいるだけと言えなくもない。だから会社にいないようにしようと心に誓った次第。なんともまあ不毛な社会です。


 スマートフォンを保有してからPCを起動する機会も少なくなってしまった、という人も少なからずいるはずで、そうなるとブログを読むのもスマートフォンのはず。スマートとは言え、携帯の小さな画面で文字を拡大しながら見るのはあまりスマートではない。RSSリーダで読んでくれればいいのだけど、おそらく標準ブラウザで読んでる人も多いだろうと思い、このブログもiPhone/iPad用のレイアウトを苦労の末用意しました。

 使用したのはiPhoneテンプレートfor MT。スマートフォン(iPhone)からちょっと読む分には、良いレイアウトだと思います。iPadはどっちでもいいかな。一度設置してしまえば、特に意識せず通常とiPhone用両方ページができあがるところが素晴らしい。

 というわけで、iPhone用トップページはこちらから。右サイドバーのトップにもリンクを表示しているので、必要な方はそこから飛んで下さい。ちなみにiPhone/iPadからアクセスあった場合に、自動的に専用ページに飛ばすという方法もあるのだけど、一部記事やリンクにアクセスできなかったり、コメントの入力もできないため、選択肢を残した方が良いだろうという判断に基づきやめました。

 次はTwitterだな(きっと)。


 ふと突然、会社のPCに向かって仕事をしていると、高校2年のときに放課後クラスに残り、皆で物理の授業内容について教え合ったことを思い出した。本当に何の脈絡もなく、クラスの10人ぐらいが放課後教室に残り、黒板を使って、よくわからない物理についてあーでもないこーでもないと言い合ったことを。

 高2の物理の先生は、名前が全然出てこないほど印象が薄く、これは多くの名物教師が在籍している僕の通っていた高校からすれば珍しいこと。たしか大学院博士後期課程に通っていた学生が先生で、決して使い勝手が良いとは言えない教科書を淡々と進めるだけだった(物理の教科書はどういうわけか高校オリジナルだった)。理系を志す自分たちにとっては、おそらく直感的にだけど、高校物理がわからないとヤバい!と思ったのだろう。内容は覚えてないけどおそらく電磁気学っぽいこと。全体をまずまず理解しているやつ、なんとなくわかった気になってるやつ、さっぱりついていけないやつ。何がきっかけだったか忘れたが、放課後クラスに残って日が暮れるまで自分たちで補講をした。その後自分の進んだ道を考えると、ここで挫折せずに頑張って本当によかったと思う。たまたま当たった物理教師が理由で、自分の将来の選択肢が狭まってしまったらそれは悲劇としかいいようがない。

 高1の物理も、僕の記憶が確かならば大学院の学生が教師で、板書しながら「まっいいか」と途中で説明を諦めてしまう、僕らにしてみればダメダメな先生だった。僕らは先生のことを親しみを込め皆"さん付け"で読んでいたが、唯一呼び捨てにしてしまいたいぐらいダメだった。立派な物理教員が揃っている中、こうして2年連続大学院生の面白みのない授業を受けるハメになった僕らは、まあこういっては何だが、ハズレだった。そして、そのダメな彼は僕らが通う高校の正教員となり、高3の物理もめでたくこの人が担当となった。まさに最後まで運がない・・・ように思われた。

 正教員となったことが変化をもたらしたのか、あるいは結婚したことが(したはず)良かったのか。「こんなこと説明しなくても分かれよ」というような授業スタイルだった彼は、いつの間にか、理解のある皆のお兄さん的な存在となり、授業そのものも高1の時とは雲泥の差だった(と思う)。もちろん僕らは彼のことを"さん付け"で呼んだ。本当に親しみを込めて。高3の3学期ぐらいからは、大学で習う物理(微分が出てくる力学)を先取りしてやってくれたおかげで、大学1年の物理は楽勝だった。これは本当に感謝したい。大学の物理の先生は当たりだったけどね。ニュートン力学からハミルトン力学、そして相対性理論まで面白く学べました。惜しむらくは選択だった量子力学をとらなかったことぐらい。

 物理の成績は、高校時代は平均程度で特別良くもなかったけれど、嫌いではなかったし、前述の通りやらなければいけないとも思ってた。そのときの直感とも運命的とも言うべき意思は、紛れも無く今の自分を作った。そう考えると、今なんとなくやっているこの仕事も、10年後, 20年後、何らかの意味を持ってくるのかもしれない。とか考えたのが、おそらく高2の時に物理がわからなくてクラスに残り皆で教え合った理由だろう。

Profile

take(take@blue-jam.com)
1981年12月23日生まれ
横浜市の端に在住
音楽と夏と海をこよなく愛してます。
強く、やさしく、フェアに

2015年11月

Sun Mon Tue Wed Thu  Fri   Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

アーカイブ

最近のコメント

BlogPeople

Powered by Movable Type 4.292