読みたかったけれど何となくタイミングを逃し、気づいたら文庫本で出てました。『最後の息子』の主人公の、その後の話をまとめた短編集。別に特別なことなんて1つもないけれど、そこには小さな物語が存在し、そしてまるで別の時間軸にほんの少しだけ足を踏み出す。
『最後の息子』自体たいした話でもなかったので、その続編みたいな設定になってはいるものの、主人公のことなんてこれっぽっちも覚えていなかったし、ましてやどんな話だったのかも綺麗さっぱり忘れていた。でもこの主人公が、新宿のバーニーズ・ニューヨークで偶然"閻魔ちゃん"と再会した瞬間、僕も、主人公と閻魔ちゃんに再会した。それが1話目。
まるで時間を切り取って、目の前に突きつけられたかのような感覚。極めて均質に、そして止めどなく流れ続ける時間。その時間の流れは続いているけれど、それと並行して、切り取られた時間が存在する。続く3話は、その切り取られた時間の中で展開する。でもそれは決して有限の時間ではなくて、切り取られた時間が、そこからさらに進み始める。多分、ほんの少しだけ。だから、切り取った部分に重ね合わせようとしても、少しはみ出してしまい、元に戻すことは出来ない。
最後の1作だけ主人公が異なり、全然別の物語になる。この話があるから、少し進んでしまった分の時間が切り取られ、ピッタリ収まる。また、変わり映えのしない、退屈な日常が始まる。ふとしたきっかけで、切り取られて元に戻った時間が、再び進み出すという可能性を残しながら。
to be a rock, and not to roll.
大崎善生らしからぬ作品。が、これはこれで結構面白かった。小説としての深さを追求するならば、この人には『タペストリーホワイト』がある(しつこいようだけれど彼の最高傑作だと自信を持って言える)。でも、本を読むたびにいちいち悲しみに浸る必要もないし、ドーンと胸に響くような重さもいらない。普通の小説です。と言うと普通ってなんだよっていう話になるのだけど。
作家がパリに行って恋に落ちるお話。ザッツオール。単純すぎて、何のひねりもなくて、救いも乞いもなくて、最初から最後まで気分良く読める作品でした。みんな誰しもポケットに小石を持っていて、流れるままにコロコロと転がっていく。そこにとどまりたい、岩になりたいと願う。でも転がっていく。それが人生であり、ロックンロール。
舞台となるパリ。パリは恋をする街らしいし、そこにパリの夕暮れがあるのだから、とか、パリが夏に向かっているのだから、とか、パリは何かにつけて理由となり得る街らしい。僕も一度でいいからパリに行って、どうでもいいような台詞を口にしてみたいなあ。「別にいいじゃない、だってパリだし」とかね。
彼の著書だったか、それとも何かのインタビューだったかは忘れてしまったけれど、村上春樹は、いつしか「走る」ことについて書いてみたいと言ってた。そしてそれが実現したのが、この本。曰く、この作品は"メモワール"とのこと。メモワールって一体なんぞやという話だけど、回想録、回顧録、手記、という意味らしい。まあ本人が生きているので自伝とは言いにくいかもしれないが(生きているうちに自伝を出す人もいますが…)、『羊』を書いたときからずっと走り続けてきた村上春樹にとって、走るという行為について書くことは、"作家村上春樹"の半自伝を書いているようなものではないかと思う。自らをランナーと呼ぶ彼にとって、走るという行為は生きるという行為そのもののはずだから。
村上春樹は僕の大好きな作家の一人であるから、本作も特に何も考えずに手に取ったわけだけれど、やっぱりこの人の文章はいいなと思う。当初『シドニー!』に収録されていたマラソンランナーの話みたいなものだろうと考えていたら、ひねくれたようなタイトルの通り、実は走る行為そのものについてはさほど書かれていない。NYマラソンやトライアスロンへ向けた準備などが書かれているものの、ページをめくると(次の章にいくと)、既にレースが終わっており、後からそれを"メモワール"という言葉の通り"回想"していくことになる。そして走ることとリンクさせて、自身の生活や作家活動についても、ザッとだけど書かれている。今さらだけれど、彼の作品に登場する「僕」は、やはり村上春樹そのものなのだと改めて感じた。
村上春樹も、年齢を重ねて変わったのかなと思う。かつてはエッセイでも、ヤクルトスワローズが好きだとか、そば屋ではビールを飲むだとか、そういうどうでもいいような話が(と書くと偉そうで申し訳ないけど)ほとんどだった。今回、50代後半だからそろそろ人生を振り返りたかったのか、それとも走ることについては真っ正面から書きたかったのかはわからないけど、彼のかなりプライベートな部分に足を踏み入れた内容になっているような気がする。やろうと思えばいくらでも違った表現でできたはずなのに、こういう形をとったのは、やはり彼の中で何かが昔と変わったのかなと思う。途中本人の、ランナー村上春樹の写真が数点載っているのも、今までほとんど露出がなかったことを考えれば驚くべきことだろう。
これを読んで僕も走ろうと思えるほど単純な人間でもないので、まあそういうことはないのだけど、誰かに人生を語られたとき、僕も少しは考えなくてはいけないのかなと少しだけ感じる。そんなにないだろうなと思う。誰かが、それが本にしろ直接にしろ、自分の人生について語ってくれる機会って。
人が死ぬとき、西の果てだか東の果てだか、どこだか忘れてしまったけれど、とにかくどこか遠くの湖で、白鳥が鳴き声をあげる。そういう話・・・と言っていいものかどうなのか。うーむ・・・。
『アジアンタムブルー』が『パイロットフィッシュ』の焼き直しだったのと同じように(逆かもしれない)、この『スワンソング』も何となく『タペストリーホワイト』の焼き直しのような感じだった。もちろん設定も話の内容も全然違うのだけど、根本としている前提みたいなのが何となく似ており、正直そんなに面白くなかった。
この人なりに純愛のようなものを書こうとすると、まあこうなってしまうのだろうというお話。背景は携帯電話もEメールもなかった時代。人と人の距離って、今よりも絶対に遠かったと思う。もちろんそれは悪いことだけじゃなくて、良いこともたくさんあったのだろうけど、でもやっぱり、距離が短くなった今は人をもっと身近で愛することができるような気がする。だから、かつての困難を乗り越えようとするような、距離の遠かった恋愛は美談になるのかもしれないけど、それはあまりにも単純だろう。そしてお決まりのように、この人が好む喪失。ひねりがなさすぎだと思う。前作の『タペストリーホワイト』が傑作だっただけに、かなり残念でした。
そんなわけであまり特筆するべきところはないのだけど、強いて挙げるなら、装丁が良いと思います(中身と関係なし)。
ちょっと前は株ブーム、今は投資信託ブームでしょうか。でも株も投資信託も、たいして儲かりませんよ。それどころか、元本割れのリスクが常につきまとって、せっかく汗水垂らして稼いだ賃金が何もしてないのに目減りしてしまう可能性だってたっぷりですよ。
いや、そんなことはわかってる。それでも、100万円を1年間預けたってCD1枚買えないような金利の普通預金なんかで眠らせておきたくないんだ。きちんと将来を見据えて資産運用していきたいんだ。・・・っていう人にオススメの株式投資入門の本。
とんでもないタイトルの本だけれど、とんでもなく面白かった。名前の通りマネーロンダリングの話が、過去の事例と共に進んでいく。僕ら読者がこの本に期待するのは、当然マネーロンダリングの指南などではなく、人類と切っても切れない関係にあるお金というものを(あるいはそのお金の行き着くところを)、今までよりもほんの少しだけ詳しく知ることだろうと思う。
ゴッドファザー顔負けのマフィアの話から、映画にもなったブラッドダイアモンド、近年のライブドア事件やら北朝鮮の話まで、人間の本能と欲望が形を変えた「マネー」が、全ての現象の解となってみせる。そこには、もはやどろどろとした人間の負の部分という印象はなく、ある種の爽快感すら漂う。報道だけでは決して明るみにならない、影の動きが明らかになっていく展開は、まさに「事実は小説よりも奇なり」、近年並ぶ安っぽいミステリー作品などとは比べものにならない。
実際の話、コルレス口座なんて言葉を覚えたって、今後の人生に何の役にも立たないのだろうけど、知らないことを知る、わからなかった事象の背景が明らかになるっていうのは、何物にも代え難い喜びでもある。特に、我々が一生縛られて生きていく「お金」というものに関することならなおさら。
この著者は、最後にきちんと自分の意見を述べ、自分の文章に責任をとっているところが何より素晴らしい。
最高傑作。と、帯に書かれてる。例えば村上春樹が『日出る国の工場』や『アンダーグラウンド』で得た取材力、また『アフターダーク』で試みた第三者の視点からの展開を、自身のその後の作品に活かしたように、吉田修一が、これまでに培ってきたもの全てを注ぎ込んだ作品のように感じる。
フルトヴェングラーとカラヤンとベルリン・フィル、およびそれにまつわるお話。これはもうめちゃくちゃ面白かった。権力と政治と、そして感情と。ヒトラー政権のナチス・ドイツが、最高の舞台を作り出す。2人の指揮者の権力争いというよりは、もはや音楽の歴史だろう。
あとがきで作者がこう述べている。
音楽を聴くのに、その演奏者についての情報は不要だ、純粋に音楽を聴くべきだ、という考え方がある。もっともな意見ではあるが、私はそうは思わない。
思わず僕もうなずいた。芸術が芸術たる所以は確かに存在しているのだと。こうした背景が、芸術をよりいっそう特別なものにしてくれる。
タイトルはスピッツの<ロビンソン>から。僕が中学2年の時にヒットしてました。不倫話なのだけど、盛田隆二にかかれば、ピュアなラブソングも不倫ソングへと変わる(のかどうかは知らないけれど)。でもそれは不倫だって一つの恋愛であって、何も変わらないんだよということだと思う。男と女が恋に落ちる。何も違わないよね。
なんて壮大で、儚くて、もろくて、そして美しい小説なのだろう。彼の作品はこれまでに数冊読んできたけれど、間違いなくこれが最高傑作。キャロル・キングの歌と共に、気づいたら大切な人たちのことを想っていた。
短い夏休みだったけど、ゆっくりと何冊か本を読めたのは良かったです。
5組のカップルを描いた短編集で、どの話にも基本的には温泉が絡んでる。でも話によってこの温泉の存在位置が異なっていて、必ずしも温泉がメイン舞台というわけでもない。この辺りに僕は吉田修一の巧さを感じます。
どういうわけか日本人にとって大きな存在である温泉。そういえばこの前伊豆に行ったとき温泉に入ったのだけど、なんだか落ち着かなくてそそくさと出てしまった。入る前の期待感と、入ったときの居心地の悪い安心感。不思議なものです。
号泣する準備はできていた/江國香織
直木賞受賞作。文庫本になったので買いました。前にも書いたけど、僕は高校生の時からこの人の作品を読んできていて、知らない間に女性の視点というのはこういうのもあるのか、と思うようになってしまった(それはあまり良いことではないらしいけれど)。だからやっぱり、丸裸にされます。弱い自分を誰かに見つめられます。
江國香織って女性に好かれなさそうですよね、なんとなく。女性達が必死に守ってきたものを、たやすく男に見せてしまうとでもいうか。残酷だし、非情だし、寂しいほどに冷たいし。でも多分、こういう女性にとことん弱い男っています。好むと好まざるとに関わらず、悲劇の主人公になってしまう人がいるのと同じように。
寝る前にパラパラと。僕はこの人の詩が結構好きです。好きな詩人がいるわけでもないし、普段そんなに詩に接することもないのだけど、アルチュール・ランボーよりは好きです(これは訳者の問題もあるのだろうけど)。
処女詩集を含む1950〜1970年代の詩を集めた詩集ということで、若さに溢れてます。若さ特有の、ちょっと痛々しくもあるもろさというか危うさが、僕の心を捕らえて放さない。これだけストレートに言葉を綴ることができたら、きっとすごく素敵だろうなと思う。
村上"ポンタ"秀一 自暴自伝
村上ポンタの一九七二→二〇〇三
日本一のドラマー、ポンタさんのデビュー30周年を記念して出た自伝。日本の音楽会の宝どころか、世界の宝だろう、この人は。ポンタさんがいなかったら、これまでのありとあらゆる音楽シーンが違っているといっても過言ではない。
僕が18歳、大学1年生のときに、父親から「読んでみたら?」と渡されたこの本。たしか『チーズはどこへ消えた?』およびその類の本が流行していた頃で、少しパラパラとめくってはみたが、どうでもいいやと思ってそのまま本棚に放置してた。なぜ今になって読み返そうかと思ったというと、深夜の通販番組でこの著者のゲームが紹介されていたから。こんなゲームに数万も出すなら、彼の本を読んだ方がいいのでは?と思ったのがきっかけ。
3週間の関西生活で読んだ本を紹介します。何しろテレビもPCもなければ、周りにコンビニすらない環境だったので、本を読むぐらいしか楽しみがなかった。体が疲れていてあまり読めなかったものの、何とか5冊。
前に少し書いたけど、全11編の短編集。サラッとしていてあまり残るものはなかった。だから、逆にちょっと寝る前に2,3話、なんて感じで読んでいける。特に胸に響くものはないから、睡眠への支障もない。そういうのって小説としてどうなんだろうという気がしなくもないけど。やっぱりこの人は長編、少なくとも中編で読みたい。
『コーリング』と『残響』の2話収録。後者がすごく面白かった。人は誰かに対して何かを残す、何かしらで繋がっている。そういう視点からささいな日常生活が描かれていて、共感と言うよりは、むしろ違う世界の話のようであった。しかし紛れもなく僕はこの世界で生きている。少し考えさせられました。そしてやはり保坂和志の文体。これは完全に好みの話だけど、僕は大好きです。
曰く、「夜のように美しい小説」。
ここから現地調達。知らない土地に行くと、本屋を見つけるのも一苦労ですね。
小澤征爾の自伝的エッセイ。彼が単身バイク1つでヨーロッパ中を旅したなんて知ってましたか?若さ溢れる文章だけど、愉快・痛快です。やっぱり彼のように世界で認められる人には、どこかしら変わっているところがあるのだろうと思わざるを得ない。音楽の話も興味深くて、こういうバックグラウンドを知ると彼の音楽に対する接し方もまた変わってくるのだろう。
で、この本、ずいぶん若いころの話に時間をかけるなと思ったら、1980年発行であり、彼が26歳の時に書いたものらしい。僕が産まれる前じゃないか。この後も非常に気になるので、ぜひ続編を出して頂きたい。
"x^n+y^n=z^n"この方程式を満たす2より大きい整数値nは存在しない。
上記の問題を、フェルマーさんが「自分はこの証明がわかっているのだけど、紙のスペースがないからしない」なんてことを書き残してしまったからさあ大変。以後300年以上にも渡って数学者が苦しめられることになったのです。そしていつしか、定理にもなってない(証明されてない)のに、「フェルマーの最終定理」なんて呼ばれるようになった。この本はフェルマーの最終定理の解き方が細かく書いてあるわけではなく、この問題に取り組んでいった数学者たちの歴史スペクタクルです。高校数学程度がわかる人はぜひ。めちゃくちゃ面白いです。
最近この手の新書が流行ってますね。「破壊者か、全能の神か」というコピーにつられて買ってみました。グーグルのサービスや、いかに市場にインパクトを与えているのかについて書かれているのだけど、全体的にいまいち。内容が薄いかな。今さらそんなこと改めて言われなくたってわかるよ、ということがほとんどだった。さらに言うと、たしかにITは世界を変えたけど、それが全てではないというか、そろそろいいかなという気もします。これについてはいつかまた改めて。
暇つぶし程度にはいいけど、わざわざお金払ってまで読むような本ではないと思う。欲しい人いたら差し上げます。
谷崎潤一郎賞および平林たい子賞受賞作(これらの賞が文学界においてどれだけすごいのかは僕にはわからないけれど)。保坂和志は、これまで『プレーンソング』、その続編『草の上の朝食』と読んできたが、この作品を読んですっかりファンになってしまった。
この人の作品はどれも設定がうまいなあと思う(とは言え読んだのはこれで3作目だけれど)。機械的な翻訳しかできない翻訳家の主人公、交通事故で亡くなる妻、赤ん坊を妊娠し、主人公に父親になってもらうことを望んでいる妻の妹。しかも冬の間は"冬眠"してしまう。これで小説にならなかったら嘘だろうし、逆に言えば、だから小説なのだろう。
話はできすぎというか、王道のような感じもあるが、それでも随所に温かさを感じられるのがさすがだなと思う。どの場面をとっても、設定を含めて、バランスがすごくいい。もちろん、少なくとも僕はという話。どうでもいいことだけど、この作品の主人公は僕と下の名前二文字が同じで(漢字も同じ)、話に出てくるような呼び方をされたことがなくもないので、ちょっとだけ変な感じだった。
最近は「喪失感」やら「欠落感」が含まれた話を好む傾向にあって、重松清はそこから救ってくれるので割と気に入ってるのかなと。救われることを求め続けているのかもしれない。あまり精神状態としてはよくないんだろうね。仕方ない。
「喪失」がテーマの短編集で、表題を含む4作を収録。統一感があると言えば聞こえはいいけれど、悪く言えばワンパターン。しかも話の展開も似たり寄ったりなので、同じような話を素材だけ変えて扱ったようにも思える。とは言え、全体的にすっきりとしていてなかなか面白かったです。
一番良かったのは『ケンジントンに捧げる花束』。冥王星がプロットとなり、70年の時と、そして国境を越える。綺麗な話でした。
特徴的なのは様々な土地が物語において1つの大切な要素となってるところ。『ケンジントン』はイギリスで、あとはそれぞれ箱根、札幌と東京、ブリュッセルが舞台となっている。これらの場所に対する必然性みたいなものはおそらくないのだけど、細かな描写が、そこでしか起こり得ないのだと感じさせる。
きっと誰しも深い喪失の1つや2つぐらい抱えているもので、ある人はそれにうまく対処することができたり、ある人は置きっぱなしにしていたり。そしてそういう喪失があるからこそ、何か動き始める世界だってあるのだろう。きっと。
意味不明。超問題作。なんて一刀両断してしまうとも身も蓋もないのだけど、さっぱりわかりませんでした。1年半前ぐらいにルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を文庫本で読んだのだけど、救いようのない話としか思えなかった。この話は、その不思議な国のアリスの再来。
主人公の"きみ"は"僕"でもあって、歌手の"アリス"でもあり、アリスは元恋人の"有子"でもある。これだけでもさっぱりわかりませんね。思い返すだけで頭を抱えたくなるのだけど、その他にも誰が誰だかさっぱりわからなくなることがあって、結局全てはカオスの中に。
ただしこれを単に救いようのない話として片づけてしまうのは、あまりにも残念というか、もったいないとも言えるかもしれない。時間軸がぶれ、自己と他者とを区別する基準がぶれる。そして世界全体がぶれ始め、ものごとはある一定への道へと進み始める。もしかしたら盛田隆二はそんな道、もしくは道の先にあるものを探したいのかもしれないと読んでいて感じた。
時空に迷い込む、なんてかっこいいものではないけど、『不思議の国のアリス』のアリスが迷い込んだ穴以上に救いようのない世界が広がってます。
友人が教えてくれたので、ウディ・アレンを特集しているPLAYBOY5月号を買ってみました。池澤夏樹も書いているのだけど、彼の言葉にはとにかくウィットがある。どこかのCEOだか経済学者だったか忘れてしまったが、何かの本でウディ・アレンの言葉を紹介していることを覚えており、そのことからも、彼の言葉はコメディの世界だけにとどまるものではないことを示している。
インタビューによればあと16〜17年は映画を作り続けてくれるらしいので、ぜひとも頑張って頂きたいと思う。できれば恵比寿以外でやってもらいたいのと(恵比寿まで行くけどさ)、もう少し公開を早くしてくれると嬉しいかな。ロンドンが舞台の『マッチポイント』は今秋公開、次の『スクープ』は一体いつになったら日本で観られるんですかね。
〜ウディ・アレン特集内容〜
「最も引用される作家、ウディ・アレン」(池澤夏樹)
「ウディ・アレンを愛したアフロディーテたち」(井上一馬)
インタビュー:ウディ・アレン自身が全てを語る
『マッチポイント』裏話
インタビュー:スカーレット・ヨハンソン
コラム:太田光、香山リカ、くろすとしゆき、生島淳
「ウディ・アレン、愛を語る」
「誰も知らないウディ・アレンの素顔」
NY&ロンドン、デートマップ
ニューオリンズ・ジャズへの愛
文学・壁画を読み解く
シネマ・ガイド50
ほのぼのしていて良かったです。江國香織のこだわりというか感性を、いつもだったら女性の主人公が持っているのだけど、今回は三十歳を超えても2人で住んでいる兄弟が持っている。女性だとそれが1つの魅力になるが、男性だとちょっと風変わりになってしまうというのが面白いと言えば面白い。
ストーリーはこの風変わりでストイックな間宮兄弟、およびその周りで普遍的な恋愛問題が展開していく。何となく幸せの再定義をさせられた感じがします。ほんの小さな取るに足りないこと、平たく言えばどうでもいいようなことに溢れていて、でもそれがすごく心地よくて温かくて。気づいたらみんな間宮兄弟を好きになっている。
この話は映画化されていて、5月に公開予定だとか。前に予告編を見たことがあるのだけど、ほんわかしていて面白そうだった。
『プレーンソング』の続編。これも面白かったです。前回育ったキャラがいい感じでまたそれぞれ動いているのだけど、だからといってやっぱり特別なことは何もなくて。夏の終わりから晩秋までの至福に満ちた日々。
おそらくだけれど、話をそのままストレートに受け取れば、本当に何の変哲もない日々が描写されているだけ。ただし、見方によっては何か深いものがあるのかなとも感じる。やや笑い話として聖書やらニーチェなどの話題が出てくるが、実はすごいことを言おうとしているのかもしれない。何でもいいけど、突如ポンッと簡単に説明されてしまうとすぐにはそれを飲み込むことができない、そんな感覚とでも言うか。
ま、そんなに難しく考えることが似合う小説だとも思わないけどね。
冬の終わりから初夏、そして真夏の、海へ行く日まで。
何でもない話なのだけど、僕にとって衝撃的な小説だった。なんだろう、新機軸とでもいうのかな。1つの完結している世界、それでいてどこかに広がっている可能性。独特の文体によって綴られたこの本から、そんなものをずっと感じ続けた。すごく面白かったです。
他社との会話・関係性によってのみでしか語られない主人公。競馬が好きで、猫に餌をあげて、部屋に転がり込んできた3人と一緒に暮らしている。それだけ。自分が何らかのアクションをとったことを、そこに存在していることを示すとき、相手がいて初めて成立するのかもしれない。
そしてこの話は、ある限定された"時代"がそっくりそのまま切り取られているようにも思える。始まらなかったストーリー、始まりようのなかったストーリー、始まらなくてよかったストーリー。言葉にならないようなことが言葉になっていくことに、僕は知らずうちに快感を覚えていた。
最後の海での会話シーンは圧巻。読んでいて身震いがした。
「あの頃の21世紀は、もっと輝いていた―。」という帯のコピーがいい。小学生の時に埋めたタイムカプセルを掘り起こすのだけど、当時描いていた未来像と今の現実とは違って・・・というお話。
もう少し歳をとってから読んだ方が、より楽しめたのかなと思う。それでも話として引き込まれるところがあったし、色々と考えさせられてしまった。
良かったです。とても。久々にいい本を読んだというのがまず第一の感想。
物語は兄・弟・兄の妻・弟の彼女という4人の視点から語られ、春夏秋冬と1年が進んでいく。『パレード』を思わせなくもないストーリー展開だけれど、実に巧妙というか、とにかくうまい。何気ない台詞1つ取りあげても、うまいなあと思ってしまう。
人と繋がっていく何かって、言葉にするのはすごく難しいと思うのだけど、それがこの話には"なんとなく"描かれていた。なんとなく、ね。
パズルのピースをはめていくように、ここにはこれを入れて、あっちにはそれを入れて、みたいな感じで進んでいくが、そのうちどこに入れたらいいのかわからないピースが出てきたり、さらには、別のパズルのピースが混ざってしまっていたり。でもそれでパズルをやめるわけにもいかないし、今まではめてきたピースが失われることもない。例えば、そんな感じ。
吉田修一の"なんとなく"が、僕の何かを満たしてくれるのかな。とにかく読んで良かったなと思った本でした。
前回「12月前半に読んだ本」などという記事を書いてしまったので、後半も書かないわけにはいかなくなった。ただここ最近は電車の中でぐらいでしか本を読まなかったので、2冊しか読んでません。しかも1冊は読みかけ。それでもその2冊を紹介します。
12月ここまでに読んだ本、読み終えた本を紹介します。
秘密。 私と私のあいだの十二話
12人の作家が、同じ話を2つの視点から書いた短編集。合計24話。
A面小説・B面小説、Aを知ってるからBがあり、Bを知ったからAが映えてと、アイディアとしては面白いと思うが、1話4ページ前後なのでちょっと物足りないかな。あと気になったのが、個性のある作家が少ないんだなということ。面白いかどうか、好きかどうかは別として、存在感があったのは吉田修一と阿部和重ぐらいだと思う。
軽いので喫茶店なんかで時間つぶしに読むぐらいがちょうどいいのかもしれない。
星の王子さま/サン=テグジュペリ
集英社文庫から出た、池沢夏樹の新訳版。オリジナル版を持っているのだけど、『スティル・ライフ』の著者でもある彼の訳を読んでみたくて購入。これは完全に好みの問題だが、僕はこっちの方が好きかな。
結婚して互いの本を持ち寄った時、2人ともこの『星の王子さま』を持っていたというコラムを日経新聞の夕刊か何かで読んだのだけど、なんかそういう夫婦っていいよなと思う。
去年この話を数年ぶりに読んで、最後泣いてしまったのは秘密です(秘密になってない)。
天才数学者、株にハマる/J.A.パウロス
いわゆる今流行の株式HOW TO本ではなくて、数学的見地による市況の分析などについてがメイン。サブタイトルは「数学オンチのための投資の考え方」とあるが、数学オンチではこの本はついていけないと思う。あまり難しいことはいらないけど、少なくとも確率・統計が何たるかぐらいの知識がないと厳しい。
で、これはめちゃくちゃ面白かった。純粋な読み物としても、簡単な頭の体操になるかな。数学が好きで、株式投資を考えている人たちに勧めたい。
MBAバリュエーション/森生明
これは今月読み終えた本。夏前から読んでいたのだけど、何度も読み返したり、途中で止まったりして、時間がかかってしまった。
ポイントは「企業価値」で、企業という組織・仕組み(?)を、どう評価するかという話。論理的に、すごくわかりやすく書かれており、最後は例を挙げて、ある企業の買収(M&A)が妥当かどうかまで発展する。
企業にしろ社会にしろ、「価値」を知ることによって何か本質的な部分に迫れるのではないか、最近そんな風に考えてます。
面白かったです。たしか本屋さんが選んだオススメの本第一位。でもちょっと数学が多く出てきすぎなので、数学アレルギーの方は楽しめないかなあ・・・。ストーリー中に出てくる数式「exp(jπ)+1=0」、これをエレガントだと思える人はきっと気に入るはず。まあそんな人ほとんどいないと思うので、別に思えなくても大丈夫です。
以下数学の話が続きます。
まだ4日残っているけど、11月に読んだ本を紹介します。最近ペースが落ちてきているので、もう少し意識的に読んでいきたいと思う。自分から本屋に向かうということをしないとね。もしオススメがあったら教えて下さい。文庫本なら買います。ハードカバーは・・・。
細雪(下)/谷崎潤一郎
なんだかんだで、結局全部読むのに3ヶ月近くかかってしまった。長くて僕自身が疲れてしまったというのもあるのだろうけど、面白かったのは中巻までかな。あとはもう、この話はいつまでも終わらないのではないかと思いながら読んでいった。
でも内容は非常に興味深かったし、現代では失われてしまった世界が魅力的だった(さらに魅力的なのは、これは当時の現実とそうかけ離れたものではないということ)。きっと細かい時代背景を知ってるとさらに深いものになるのだろうが、全然知らない僕みたいな人間でも凄いと感じました。
ニッポンの狩猟期/盛田隆二
日本が混沌を極め、崩壊しきっている話。設定は近未来だが、これは現代そのものなのだということを言いたいのだろう。この世から秩序というものがなくなったら、果たして残るのは本当に暴力・ドラッグ・セックスだけなのだろうか。僕はそうだとは思いたくないけどね。
ただし、この著者がノンフィクションの話を元に書いた『リセット』の続きとしても何ら違和感がないところに、一抹の不安を覚えてならない。
五分後の世界/村上龍
面白くて1日で一気に読んでしまった。パラレルワールドと言っていいのかどうかわからないが、歴史上のある点から違う世界が築かれている。現実世界とのリンクが実に巧妙。
1つ1つの話の処理のさせ方が非常にうまいというか、あらゆる展開がその場限りで存在している。出し惜しみをしている部分がなく、常に100%という印象。色々と深読みするのは危険なのだろうなと思うので、ただこの「五分後の世界」に身を置きたい。
ラストでは僕が想像していたのと全く逆の文章が書かれていてびっくりした。
最近パラパラとめくってる本。とあるブログの紹介で僕は知ったのだけど、1988年発行でこれまでに52刷も出てるっていうのは、売れているのかな。
内容は、冠詞、名詞の単数・複数形、前置詞など、僕ら日本人にとって頭を悩ませる種となる話がきちんと説明されている。読み物なのでそんなにきちっとした文法書ではないけど、それが逆に理解しやすい。
1つ本文から例を挙げると、"Last night, I ate a chicken in the backyard."。この文章の問題点を指摘できる人は、この本はいらないでしょう。
受験英語や海外旅行程度ではここまで必要ないと思うけど、ビジネスなど実用英語レベルでは知っておいた方がいいかもしれません。僕はよくアジア系(日本人も含む)の英語の論文を読む機会があるのだけど、どうも違和感を感じてしょうがない。多分その原因の多くは、この本に書かれているところにあるのだと思う。自分もきちんとした英語を書けるように気をつけていきたいところ。
真面目に英語を勉強したい人にオススメ。読みやすいです。