blue jamを読んでくれている方、いつも本当にありがとうございます。色々とあって9月の終わりあたりから意図的に文章を変えました。そうすることが自分には必要だったのだろうし、またそう望んでいたのだと思います。もしそうしていなかったらここまでのモチベーションを保てなかっただろうとも思います。大げさなようだけど、それは実際の僕の生活にまで影響を与えています。そして、それでも読み続けてくれている人がいるというのが本当に嬉しいです。
中には明らかにそんなこと書くべきじゃないと思えるような内省的なものもあるけど、どこかにソリッドな線引きをしてしまうと、自分自身が限定されてしまうような気がしました。だからできる限り正直に思いをぶつけています。それは誰かを不愉快にしてしまうかもしれないし、傷つけてしまうかもしれない。そういう不安がないわけではないけれど、こうやって思うがままに(稚拙ではあるけれど)文章を書き続けるというのは、今の僕にとって大きな意味を持ってると思っているのです。
僕が僕であるために、きっと来年もこのまま変わらず、好き勝手に書いていくと思います。ここで何かを見つけてもらえればそれは凄く嬉しいことだし、そのまま素通りでも、眺める程度でも全然構いません。たまにドアを開けて、そっとのぞいてもらえれば、それは僕にとって何よりの喜びです。
I'd like to say thank you to all of you.
2005年が皆様にとって良い年になりますように。
K.Takeda
今年も残すところあと数時間となってしまった。思い返せば、今年も色々なことがあった。大学を卒業して大学院に入学した。ジャック・マイヨールが修行した禅寺を訪れ、伊勢神宮に参拝した。宮古島に2回行ったし、マラソン大会にも参加してきた。就職活動を始めた。このブログを書き始めたのも今年だった。気づいたら独自ドメインまでとっていた。
素敵な出会い、寂しい別れがあった。本を読みまくって、音楽を聴きまくった。自分にとって大切なことを大切に考えた。いっぱい笑って、いっぱい泣いた。かけがえのないこの今を何よりも大切にしたいと思った。
もしかしたら毎年そう思っているのかもしれないけど、それでも、今年は自分にとって本当に大きな年になったという思いが特別強い。何かが変わり始め、そして動き出したということを感じている。今までで最高の1年間だった。
"My best has yet to come"−今年、全てが確実に始まった。
朝起きたら雪が降ってて少し嬉しかったんだけど、その後友人からネットの設定をして欲しいとのメールが。寒いし雪降ってるしエントリーシート書かなきゃいけないし・・・とまあ色々思うところはあったが、困っている彼を放っておけないので友人宅へ。

2ヶ月ぶりぐらいに湘南の海を見にいってきた。なんだかんだで海を求めてしまう。やはりいつもと同じコースをたどり、七里ヶ浜に。もう何回目だろうな。海の良いところは男一人でいても画になるところ。僕自身がどうかというのはまた別の話として。
鎌倉の街はちょっと賑やかだったけど、海岸沿いの134号線は空いてたし、海は今年一番の穏やかさを見せていた。水面にキラキラと反射する太陽の光が、必要以上にまぶしかった。
全てが終わってしまったようでもあり、全てがこれから始まるようでもあった。

驚愕の事実というか何というか、数えてみたら今年は59枚のCDを買っていた。ちなみにこれは59商品という意味であり、CDの枚数としては計86枚…。もちろん世の中にはこれよりもずっと多くのCDを買っている人がいるのだろうけど、改めてこうして数字にしてみると、自分としては結構衝撃的であった。
きちんと数えたわけではないけど、所有CD枚数はおそらく400を上回った。1ヶ月約5枚という計算だが、実際には毎月コンスタントに買っていたわけではなく、かなり波が激しかった。1枚も買わない月があれば、10枚以上買った月もあった。ちなみに去年、一昨年と2年併せても30枚も買ってないと思う。今年は何だかおかしかった。
このまま放っておくと無限増殖してしまいそうで怖いんだけど、なぜこんなにCDばかり買っているのかというと、その原因の1つはおそらくダイビングをやめたことにある。1週間潜りに行くと15万超コースなので、その分金銭的に余裕ができたのではないかと。昔に比べて収入は少し減ったけど、大規模な支出がほとんどない。今年の一番高い買い物はコートだと思う。それで気づいたらCDをこれだけ買っていた。他にこれといった趣味もないので、音楽ばかり聴いていたっていいよね。
しかし、その一方で今年は昔買った作品を聴き直す機会が多かった。音楽は心を表すし、景色を作り出す。エリック・クラプトン、上田まり、シング・ライク・トーキング、J&B、グレン・グールド。なぜその音楽を聴くようになったのか、その1つ1つに意味があるように思う。
みんな帰ってしまって、研究室には僕一人。マシンのファンの音がむなしく響いているだけである。帰ればいいんだけど、なんとなく帰りたくない。電車も今の時間はまだ混んでるし。
ああ、お腹減ったなあ。何かを買うために外に出るのも面倒だ。大体なんでうちの研究室は9階にあるんだよ。机の引き出しをあさってみても、午後の紅茶のペットと、ココアの粉末、紅茶のティーバッグしかない。これじゃ腹はふくれないよな。非常食として置いておいたカロリーメイト、賞味期限が切れたからといって友人にあげなければ良かった。
今日、家の外に出られたのは良かったけど、特に研究室に来る意味はなかった。もう今年はいいかな。これで終わり。バイトも1週間ぐらい休みだし(多分)、本当に何もすることがなくなってしまった。まあいいや。
誕生日もクリスマスも終わり、気づけば冬休み。年末年始はあきれるほど予定がなく、その気になれば1月11日までずっと家に引きこもることだってできる…。中学の時から毎年恒例だった、大晦日は友人宅で1年を振り返り、旧年中に初詣に行く(もはや初詣ではない)というのもどうやらできなさそう。友人の1人が今年は彼女と過ごすんだとさ。もう1人と僕は結構似たもの同士で場が持たないため、2人で新年を迎えるかどうかは微妙なのである。ちょっと寂しいけど、仕方ないんだろうな。
家にいてもすることがないので、今は研究室にきている。部屋でうだうだしてても煮詰まっちゃうしね。B4は卒論書きで大変だろうし、もしかしたら課題を出されたB3が尋ねてくるかもしれない。一応M1として後輩の面倒を見るべきだし・・と思ったんだけど、全然人がいない。2人しか来てない。去年からすると、こんな状況あり得ない。まあ、来ている人に少しちょっかい出してみたり、自分のやるべきことをちょっと進めてみたり。
気のせいか街が全体的に慌しかった。もうすぐ今年も終わるんだな。
色々なアーティストに出演オファーを出すも、ことごとく断られ、結局小田和正が自分一人で歌ってしまうという内容の毎年恒例の番組。去年は実際にオファーを出したアーティスト達が出演して興ざめだったので、今年は今までやってきた「月曜組曲(風のようにうたが流れていた)」の総集編みたいな感じだったけど、それで良かったと思う。
振り返ってみると、考えれば考えるほど素晴らしい番組だった。時間の都合上のためか曲が短縮されてしまうのが残念だったけど、彼が学んできた、感じてきたものを、僕たち(多分僕たち若い世代)に伝えようという姿勢は本当に立派だ。まだ日本の音楽シーンは終わってない。
テレビ出演はこれが最後だという。彼がテレビに出てこなければいけなくなった理由を、僕たちはきちんと考えなくてはいけない。自分にどれだけのことができるのかはわからないけれど、いつまでも彼の愛した音楽を、思いを、伝えていかなきゃいけないんだと感じた。今まで素敵な音楽をくれ続けた小田和正に感謝の気持ちも込め、僕はそのことを約束しようと思う。
出会いも別れも知らぬままに
流れるうたをきいていた
なぐさめられてはげまされて
そして夢をみた
面影さえもう残らないこの街
それでも風のようにうたが流れている
(風のようにうたが流れていた/小田和正)
世の中には不可解なことがたくさんあるけれど、昨晩、なんとなくベートーヴェンが無性に聴きたくなった。なぜかバーンスタイン指揮のものを。理由はさっぱりわからない。
実のところ、僕はベートーヴェンがあまり好きじゃない。多分クラシックの代表格みたいな扱われ方をしているからだと思う。ベートーヴェンってそんなに偉いのかよ、というか、そんなに素晴らしいものなのかよ、という気持ちがある(実際には偉いし、素晴らしいのだろうけど)。やけに重々しいし、大げさだし、何より難解だ。世の中が「クラシックと言ったらベートーヴェン」みたいな感じになっていることが、僕をクラシックから遠ざける原因の1つになったことは間違いない。
だがしかし、バーンスタインに魅せられてから、少しだけ見方が変わった。思えば、僕は家にあったカラヤン(6番と9番)でしか、まともにベートーヴェンを聴いたことがない。カラヤンはもちろん過去最高の指揮者の1人であるけれど、ただ彼は独自の解釈をかなり持ち込むので、もしかしたらまた印象も変わるかもしれないと、僕はバーンスタインを求めた。
横浜はこれでもかと言うほど人が溢れていて、そういえば今日がクリスマスなんだということを実感したけど(なんとなく日本ではクリスマスよりもイヴの方が重視されてる気がする)、まあそんなことはどうでも良くて、とにかくバーンスタインのベートーヴェンを求めてHMVへ。でも残念なことに置いてなかった。今年の改装でクラシックコーナーが移動・縮小されてしまい、品揃えがかなり悪くなってしまったのである。一瞬渋谷まで足を伸ばそうかとも思ったんだけど、タワレコがあったことを思い出し、そっちへ。
初めて言った横浜のタワレコは、それほど大きくはないし、全体的に雰囲気が好きになれないんだけど、クラシックコーナーがかなり充実してて驚いた。HMVの4倍ぐらいの広さがある。品揃えも結構いい。ということで見事バーンスタインの全集を見つけ、その後ちょっとうろうろしてたら、意識を失っていたのか気づいたらカゴを手にしていて、中には何枚ものCDが。まあいいや、クリスマスだし(?)。
良い音楽が聴け、美味しいご飯が食べられれば、僕はそれでハッピーなのである。
さてさてクリスマス。きっと日本中の恋人達は、皆それぞれ素敵なクリスマスを過ごすんだろうな。この際キリスト教がどうとか、商業化とか、どうでもいいじゃないですか。世界中の人たちにメリークリスマス。
Although it's been said many times, many ways
Merry Christmas to you
何度となく色々な言葉で、色々な方法で伝えられてきたけど
君にメリークリスマス
(The Christmas Song/Nat King Cole)
ちなみに僕は2年前にサンタに会ったことがある。プレゼントはくれなかったけど、一緒に海に潜ってくれた。本当に。それ以来サンタさんには出会えてないけどね。
朝、親が掃除機をかける音で目が覚めた。はっきり言って最悪の起こされ方である。あの何とも言えない一定の周波数の音が、ひどく不快だ。ということで、それに対抗すべく部屋のステレオで大音量で音楽を流すことにした。
だがしかし、大音量で流せる音楽というのは限られている。我が家は角に位置しており、僕の部屋も角部屋で隣の家まで道一本離れてるから、それなりの音で鳴らしても大丈夫だと思うんだけど、万が一聞こえてしまったら申し訳ない。近所迷惑も甚だしい。ということで、やはりクラシック。もし聞こえたとしても、お隣には今日オーケストラが来ているのね、ぐらいに思ってくれるかもしれない。
クラシックの中からは何を選ぶか。交響曲だと、第一楽章の頭からいきなりババーンとくるものがない。ここはやっぱり激しいピアノ曲だろう。とういことで、まずはリストの超絶技巧練習曲をかけてみた。クラウディオ・アラウの演奏。が、録音があまり良くなく、ボリュームをあげていくとノイズが聴くに堪えられないレベルに。却下。
続いて先日買ってお気に入りとなったツィメルマンのショパン。これが結構凄かった。ステレオのアンプのつまみを半分近くまで上げる。空気の震えがそのまま体に届く。部屋全体が、世界が震えた。ただし、ショパンはこんな風に聴くべきものではなかった…。
最後にアシュケナージのラフマニノフ。これが正解だった。通常の音量で聴いていたのとはまた違った、新しい感動があった。大音量で聴かなければ見えてこないというものが確かにあった。ピアノ協奏曲の3番・4番と聴き終え、何だかすっきりしたけど、ちょっと疲れを感じた。
こういうのもたまには悪くないかな。まあ、ほどほどに。
本当はこんな「自分おめでとう」みたいなエントリーを書くつもりはなかったんだけど、誰かに自分の誕生日を祝ってもらえるというのは嬉しいものだというのを、久しぶりに感じたので。
昨晩はずっとEric Claptonの"Wonderful Tonight"を聴いていた。
And then she asks me, "Do you feel all right?"
And I say, "Yes, I feel wonderful tonight."
素敵な言葉に包まれ、僕は23になっていった。凄く嬉しかった。きっと誰よりも幸せだった。
今日は研究室で嫌なことが立て続けに2つ起こった。やり場のない怒り。そこで感情を爆発させてしまったらそれなりに何かが起こったのだろうが、僕だって23年だてに生きてるわけではない。すぐに一時的な感情は封じ込められ、何をしたらどういう結果に繋がるということが頭に浮かんでくる。
納得のいかない部分は多々あるけれど、もう全てが自分にとってプラスになると割り切るしかない。あくまでもポジティブに。社会に出たら、きっとこれ以上にひどい状況が待ち受けている。ある意味僕にとって試練の場だ。自分がさらなる高みに上るための。
正直者が馬鹿を見る、要領の良いやつだけがすいすいと平気な顔をして歩いていける。残念ながら社会の大部分はこんな感じではないだろうかと思う。誰もが責任から逃れたいし、己の保身のためなら平気で他人を傷つける。でも僕は、きっとどこかにそんなことじゃ到底太刀打ちできない世界があると信じている。僕はそこに行きたい。たとえそれが自らをボロボロに傷つける行為だとしても。
帰り道、1つ心に決めたことがある。22歳最後の誓いだ。本当に強い人間ならそんなことわざわざ宣言しないのだろうが、僕はそんなに強い人間じゃない。だからここに記しておく。この気持ちをいつまでも忘れないために。
いつもは一日に1つ予定があればいい方なんだけど、今日は珍しく朝・昼・晩と予定があった。といってもどれもたいしたものではないんだけど。
朝は病院。減圧症の症状が症状だっただけに、これまでずっと定期的にこっちの医師に診てもらってる。紹介された病院がなぜか自衛隊中央病院というところで、2,3ヶ月に一度、世田谷公園の向かいにあるこの病院に通ってきた。行きは東横線祐天寺から、病院に行った後はそのまま学校に行くので田園都市線池尻大橋まで歩く。この辺りの街並みが結構いい。目黒区五本木、世田谷区下馬・池尻・・・ワンルームでも高いだろうな…。そして今日をもって通院が終わりとなった。多分100%完治ではないのだろうけど、日常生活において認知できるような症状は全くない。よくまあ、ここまで回復できたと思う。運動は続けたほうがいいと言われたので、これからも意識的に運動をしていきたい。
M1ゼミ。発表予定者の1人が日程を勘違いしていたので、発表者1人となりわずか20分足らずで終了。時間を持て余したので、教授と僕の研究内容について話しあったものの、何だかこれまでの1年間が全く評価されてないような感じでがっかり。あと研究室でちょっとした問題が発生。全体的に責任感が希薄だ。もっと引き締めていかないといけない。と、今年最後のゼミはこんな感じで終わり、来年おそらくあと2回あるんだけど、どうやら僕の出番はなさそう。就活に専念できるかも。
忘年会。数少ない研究室恒例行事であり、ほぼ全員が出席するものの、教授は用事があって欠席。まあ、そっちの方が都合がいい部分もあるんだけど。研究室の飲み会はおそろしく地味である。馬鹿騒ぎしているサークルの学生みたいに「学生注目」もなければコールもなく、テーブルごとにポツリポツリと盛り上がり、ただただ適当に飲み続けるだけ。普段ほとんど話す機会のない先輩と話せたことは良かったんだけど、最後の方は一人置いてかれたような感じだった。この場を楽しもうとしてもとてつもない疲労感が襲ってくるし、なんかもうどうでも良くなってしまった。睡眠時間が2時間半だったというのが1つの理由なんだろうけど、教授の悪口言ってゲラゲラ笑って、まあそりゃ僕だって不満はあるんだけど、正直な話くだらないというか、本当にどうでもいいというか。
明日は一日休もうと思ったのに、配属された3年生との初顔合わせ。それだけのために学校に行かなくてはいけない…。
いつもは酒が入ると眠くなるのに、今日はさっぱり。酔いもほぼさめてしまったかな。使い道のない時間、だらだらと文章打つぐらいしかすることがない。明日は5限のTAだけだから、まあ朝はゆっくりしてもいいだろう。
アシュケナージのショパン・ノクターンを聴いてる。クラウディオ・アラウの全集を持っているんだけど、なんとなく気になったので買ってみた。アシュケナージの方がいいな。音色がやさしい。太陽の光が差し込む真っ白な部屋で演奏しているような感じだ。ノクターンは本能に近い、修飾語で飾ることのない感情で溢れている。
ピアノの音色がたまらなく好きだ。うちにもアップライトだけどピアノがある。最後に鍵盤にさわったのは高校1年のときかな。何かの曲を弾きたかったんだけど、たしか全然指が動かなくてすぐやめてしまった。何の曲だったんだろう。女の子と一緒に楽器屋に行って、一緒に楽譜を見て買った。彼女も何か見つけたのでその楽譜をプレゼントした気がする。それが何の曲だったかも思い出せない。
グーグルが落ちてる。きっと世界中の人たちが自分の頭で考えようとせず、何かと頼ってくることに腹を立て、仕事を放棄してしまったのだろう。グーグルって便利だし、普段はグーグル先生と「先生」という敬称をつけて僕は呼んでいるけど、でもキーワードを入れてボタンを押すとパッパッと目的の結果が得られるっていうのは何となく良くないことのような気もする。わからないいことがあったら調べるっていう姿勢はいいけど、わからないことがあったら即グーグルっていうのはこれいかに。そりゃグーグル先生だって反乱を起こすかもしれない。1週間ぐらい落ち続けて機能しなかったら、きっと世界中の色々な人が困るんだろうな。
段々冷えてきた。音の邪魔になるから暖房は消してたんだけど、さすがに寒い。少し部屋を暖めてそろそろ寝よう。眠れなくても、寝る努力はしてみよう。
週末はずっと音楽聴いてたら終わってしまった。エントリーシートの1つでも書けば良かった。というか、僕は何がやりたいのだろう。何を求めているのだろう。大切にしなきゃいけないのは何なのだろう。
たとえば家族がいたらまた変わるのかな。母親の子供に対する愛っていうのは、唯一無償の愛と言える気がする。父親はどうなんだろう。あと10年、いや5年したら、僕に家族がいてもおかしくないよな。全然想像できない。でももし家族ができたら、僕はそれを命をかけて守っていくのかもしれない。そんな強さ僕にあるのか?なくても守るしかないんだろう。
もうじきクリスマス。まあ皆さん仲良くやってくれればいいさ。誕生日・イヴ・クリスマス、独り者の僕にとって寂しい3日間だ。二十歳の誕生日は辛かったな。大切なものを見失ってた。一昨年は宮古で潜ってた。それなりに祝ってもらったけど、あまり嬉しくなかったのは何でだろう。去年は、研究室から帰る途中に日付が変わって誕生日になったんだ。今年はどうするかな…。
クリスマスソングは結構好き。今年のお気に入りはクリス・レアの"Driving Home for Christmas"。父親が、家族の笑顔を楽しみにしながら、1年に1度の特別な日を祝うことを楽しみにしながら、家に帰っていくというような歌。やさしさにあふれてる。幸せそうでうらやましい。
昨日はちょっと緊張してなかなか寝付けなかった。今朝はちゃんと髭を丁寧に剃り、整髪料を使って髪をセットし、話すべき内容を何度も確認した。2限の授業なんて上の空。午後に待ち受ける合コンのことで頭がいっぱい。・・・午後
そう午後です。ごめんなさい。合コンなんて嘘です。本当の合コンだったら、こんなところに書くわけないじゃないですか。というか、もしあったとしても行くわけないじゃないですか。多分合コンなんて一生縁がありません。変な期待を抱かせてしまったら申し訳ありません。でも合コンという言葉以外は全部本当です、一応。
何があったかというと、某電機メーカーとの共同研究の会議に出席しました。あっちは研究所の所長やら主任やら、お偉いさんばかり。今日が3回目の会議で、これまでは教授と助手だけが話を聞いてたんだけど、そろそろ実際にやることになる僕らも話を聞いておいた方がいいんじゃないかということで。某、某といやらしいけど、まだ正式決定ではないし、どうやら守秘義務契約を結んでいるらしいのですみません。差し支えない範囲で言うと、最近になって携帯部門が活発になってきたメーカー。携帯の第三世代は後発だったので、第四世代の技術を蓄えておきたいらしい。
それで内容はというと、懲りずに合コンに例えるならむしろこっちが女性側。相手側はやる気満々で4月から始めたい、それで具体的な話を、とか言ってたけど、こっちはまあ「気が向いたら会ってあげるけど、見返りは期待しないでね」みたいな状態。結構楽しみにしてたんだけどな。まさか自分達が優位に立てるなんて思ってなかった。やや残念。
しかしまあ、第四世代についてはドコモさんが完全にガンガン先に進めちゃってるけど(室内実験で1Gbpsを達成したというニュースがあった)、実現するかどうかが非常に疑問である。大体5GHz帯で100MHzの帯域なんてどうやって空けるんだよ…。技術の問題、資金面の問題、さらに行政の問題。最後のが一番難関なのは言うまでもない。だからまあ僕らが一緒に研究を行う分には全く問題ないんだけど、これに生活をかけてる社員さん達は大変だろうな…。
生まれてこの方合コンなるものに行ったことがないし、あまり行きたいとも思わないんだけど、明日どうやら合コンに参加しなければいけないらしい。突然誘われたので戸惑っているんだけど、どうしたものか。
相手は5人で、全員僕より年上の社会人。僕は数合わせというよりは、結構主要メンバーとして考えられている。でもどこまで相手の話を聞き、どこまで自分が口を開けばいいのかもわからない。ずっと黙りはさすがにまずいだろうし。やっぱりそれなりの好印象を与えたいとは思うものの、ただそれは相手次第でもあるわけで…。雰囲気をぶちこわすようなことだけはしたくないなあ。一応話のネタぐらいは考えておこう。
服装は学生らしい服でいいと先輩に言われた。たしかに変に気合いを入れて空回りするのはバカみたいだけど、やっぱりそれなりに綺麗な格好をするべきじゃないだろうか…。相手もさすがに社会人なのでそれなりの格好だろうし。
気になる結果報告はまた明日!
テレビのCMでエレーヌ・グリモーの来日公演があることを知ったので、ちょっとサントリーホールのホームページで情報を見てみた。ベートーベンの皇帝をやるみたいである。グリモーは、アルバム名は忘れてしまったけど、可愛らしいジャケットが印象に残ってる。こんな華奢な体で一体どんな音を奏でるのだろうという興味はあったものの、残念ながらまだ聴いたことはない。
とまあ、その他色々と公演を調べてみたら結構凄い人たちがきてる。何より驚いたのがアシュケナージ。来るなら来ると言って頂きたい。今からじゃチケットとれないよ…。あー、生で聴きたかったな。あとエリアフ・インバルがベルリンフィルでマーラー(しかも5番!)やるし、今日だって小澤征爾がラフマニノフのピアノ協奏曲3番(個人的にラフマニノフはこの3番が一番好き)とベートーベンの7番をやるらしい。今日は会社説明会のはずだったんだけど、企業側から全然連絡がこないので予定にぽっかりと穴が空いてしまった。当日券あるなら勢いで行ってしまおうかとすら思った。というか、参加の可否に関わらず全員に連絡するとあったのに何で連絡ないんだろう。
来年は1度ぐらいクラシックのコンサートに行きたいと思ってる今日この頃です。
今日のゼミ発表は至って快調だった。時間の都合上、内容としてはかなり薄くなってしまったものの、整合性を重視して作成した結果ほぼ誰からも突っ込まれずに終了。これにて今年の無線通信のお勉強は終わり!あとは来年!提出すべきエントリーシートやらエッセイやらかなりたまっているので、そっちの方に力を入れていきたい。
16時頃、某電機メーカーに就職されたOBの方が先生に挨拶をしにきたので、その後つかまえて色々と話を聞くことに。最初は乗り気じゃなかったんだけど、入社3年目の人だからよく考えたら1つのOB訪問とも言えるし、メーカー務めの人の“真の本音”を聞ける機会というのもなかなかない。これはチャンスだと思い、むしろ積極的に。
このOBの方は結構僕と考え方が共通する部分があって、彼は日本で技術者の評価が低いことに疑問を持ち、そしてそれを変えていこうという志を抱いていた。素晴らしい。どうも日本のエンジニア達、研究者達は、目的を持たず、研究のために研究を行っているという感じがしてならない(実際はどうなのか知らなかったけど、話を聞く限りやはりそうらしい)。その先にある、具体的なビジネスまで果たして考慮しているのか、その辺りを疑問に思っていたので、僕はエンジニアになることを少し敬遠してた。学会発表止まりじゃ、多分僕のモチベーションは保てない。だからこの人の話を聞けて良かったと思う。多分、僕らの世代で意識を変えていかなければいけない。そういう時期にきているということを感じた。メーカーのネガティブなイメージが少しだけ払拭された。
色々な話を聞けて良かったというのもあるんだけど、ここだけの話、僕は初対面の人に自分の言いたいことをできる限りうまく伝えるということを重視してた。どうすれば自分の期待する答えが返ってくるのか、そういうことを考えながらずっと積極的に質問をし続けた。だから同期5人で話を聞いていたんだけど、話を聞かせてもらった2時間中、8割ぐらいが僕の質問に対する話だった。まあ、そういうチャンスをつかまないとね。そうでないと社会に出たら生き残っていけない気がする。
今、テレビでダウン症の人がダイビングを行う様子が放送されている。1つ1つのプロセスを丁寧に追いかけているものだから、思わず僕も昔のことを思い出してしまった。最後に潜ってからもう1年半が経つ。昔は結構潜っている夢を見ていたけど、最近は全く見ない。
レギュレーターから出てくる空気はバニラの味がした(MARESのRubyを使っていた)。ウェイトはなしで潜ってた。バックロールのエントリーはいつも少しだけ緊張した。安全停止の時、ロープを使わずに水深5m付近にとどまろうと頑張ってた。あの中性浮力がピタリと決まったときの、何とも言えない感覚。息を吸ったら浮くし、はいたら沈む。聞こえるのは己の呼吸音のみ。人工的な吸引音、そしてはき出されていく無数の泡。はるか上空から差し込む神秘的な光。全てが蒼に包まれる世界。
俺、潜ったら死ぬのかな・・・
12月9日(木)
10:00 起床
11:10 起床二回目・・・
朝食をとった後、出かける前にメールチェック
13:50 途中の弁当屋で昼食を買い、研究室到着
来週のゼミ発表資料作成に取りかかる
15:00 データが足りないことに気づき、慌ててシミュレーションを回す
結果が出るまで半日かかるので、文章や図の作成などを進める
17:30 詰まってきたので、某コンピュータメーカー内定の先輩とお話
今後のキャリアパスについて色々と語ってくれた。
色々と思うところはあるけれど、自分の中で考えが段々固まりつつある
18:20 データが順調にとれていることを確認し、残りの作業を進める
19:30 助手の人と世間話
某メーカーとの共同研究の話、やる方向で進んでいるらしい
(どうやら僕も関わることになりそう)
20:00 なんとなく自己分析をしてみる
20:30 遅くなってしまったので、ここでアルバイトの翻訳をすませることに
21:40 帰宅方向が同じ先輩と一緒に帰ることに。彼と二人で帰るのは初めて
23:30 帰宅
夕食を食べながら、朝刊・夕刊をまとめて読む
24:20 メールチェック、ネット等
25:00 読書(実用書)
25:50 このエントリを書き始める
27:00 就寝(予定)
あまりにも単調な一日だったので、とてもじゃないけど文章にはならないのでした。でも大体毎日こんな繰り返し・・・
夕方頃、某テレビ局に就職した先輩が研究室に遊びに来てくれた。地方勤務なんだけど、研修で東京に1週間戻ってきているのだとか。僕はこの先輩が大好きである。去年、研究室の机が隣だったこともあって、実に色々なことを話し合った。正直に言うと、この人の考え方に僕は賛成できない部分がかなりある。僕が偏屈な人間なだけなのかもしれないけど、彼は一般論を極めて正当に解釈したような主義を持っている。言ってることはわかるし、立派だ。だが、おそらくお互いに分かり合えたということはほとんどない。それでも、一貫性があるのがいい。その一貫性は社会人になっても変わっていなかった。そういう人が僕は好きだ。
その後、そのテレビ局勤務の先輩と、民放テレビ局内定の先輩と、テレビ局志望の同期と新宿に飲みに行った。入ったのは普通の居酒屋。料理はたいして美味しくないし、コートはタバコ臭くなるし、大体僕は全然酒が飲めないし…とまあ色々と不満もあるんだけど、それでも楽しい時間を過ごすことができたので良かった。話題は必然的にテレビのことが中心になったけど、彼が研究室にいた時とはまた違った、色々な興味深い話を聞くことができた。就職活動中ということもあって、一つ一つの話に考えさせられた。
受信料のペイバックということで、少しだけおごってもらいました。
今日は何だか空が一段と高かった。冬の澄んだ青空。いくら眺めていても飽きることがないし、どう考えても飛び越せそうにない。季節によって色々な空が見られる僕らは、とても幸運だと思う。
研究室の外にある踊り場の窓からは、今日のような天気の良い日だと富士山が見える。でも完全な形じゃない。富士山に覆い被さるように、二本の建物が邪魔をしている。僕が研究室に配属されたとき、既にその建物はあった。なんでも、一昨年ぐらいに建ったらしい。そのことを残念そうに語っていた先輩がやけに印象的だった。僕らは、便利な生活の代償として、知らないうちにもっと大切なものを失っている。
そんな景色を眺めながら、これなら夜は星が綺麗だろうなと思ってた。22時過ぎ、帰宅道、やっぱり星が綺麗だった。宮古で見た星空ほど圧倒的ではないけれど、あれはなんだか凄すぎて、僕がその場に属していないような感覚みたいなものがあった。でも、僕の街から見える星空には親しみがある。昼間とは打って変わって、空が近い。星の一つぐらい手に取れそうな気がした。
星を眺めながらとぼとぼと歩いていると、必ず去年のことを思い出す。卒業論文にさえ取り組んでいればよかったあの頃。失望感でいっぱいだったあの頃。一つのことだけを大切に考え、心の支えにし、そんな負のエネルギーだけで生きていた。そして家まであと5分くらいという距離で、僕は必ずある曲を最後に聴いていた。まるでそれが当たり前であるかのように、やらなければいけない一つの儀式のように。今はもうそんなことはしない。僕は、いつまでも記憶だけで生きていけるほど強くはない。
初面接。ふるいにかけられる面接なんて、高校受験以来である。正直なところ、僕は周りに流されてこの企業にエントリーしてしまった。研究室の同期が皆受けるし、一足先に選考プロセスを経験してみたかったという考えだけ。はっきり言って行きたくない。将来のビジョンがまったく見えないどころか、志望動機すらもない。軽率にエントリーしてしまったことを後悔しているし、反省している。
とは言ったものの、企業側だってそれなりの意識をもって面接を行ってくるのだから、こっちだって失礼な態度でのぞむわけにはいかない。昨日何とか志望動機をひねり出し、友人に自分の長所・短所を挙げてもらって(こういうことをきちんと話してもらえる友人がいるというのは幸せだと思う)、自己PRなんかを考えたりした。とりあえず自分に嘘偽りなく、できる限り正直に。
そして面接。待ち時間はさすがに少し緊張したけど、だんだん心地よい緊張感に変わっていった。不思議とワクワクしていた。だがしかし、まず面接官が大学のドクター・助手みたいなペアで一気に気が抜けてしまった。彼らの問いかけに、100%の答えを返せたことはただの一度もなかった気がする。一応前もって言おうと思っていたことは全部言えたけど、なんか釈然としない。相手側の反応も薄く、肯定も否定もなくて、暗に「君は他の業界の方が向いてるんじゃないかな」みたいなことを言われているようだった。出来はどうだった?と聞かれたら、「微妙」と答えるしかない。別に落とされようが、次の選考に進めようが、どうでもいい。微妙。
今回の面接で教訓があるとするなら、「きちんとした志望動機がないのに受けるな」ということ。エネルギーの無駄遣いにしかならない。たしかに1度面接を経験できたのはよかったかもしれないけど、ここから得られたものはあまりにも少ない気がする。残ったのはとてつもない疲労感だけだ…。大反省。
就職(活動)にのぞむにあたり1つの記録として
相変わらず微熱気味だけど、もはや「愛」がどうとか言ってる場合ではない。そんなこと考えているよりも、とりあえず自分のことを真剣に考えよう(人は時として、切迫した問題を前にすると決して答えの出ない問題へと逃避する傾向がある)。色々なことを考えるのは、その後だ。
僕は、自分自身を、自らこの手で窮地に追い込もうと思う。限界に挑戦しようと思う。潰れたらそこまでの話だ。自分という人間はそれだけの存在であったということ。だがしかし、それでもおそらく救いは残っている。チャンスはある。二十歳の誕生日に、僕の大切な人が「二十代のうちは失敗を恐れず何にでも挑戦して」と言ってくれた。あれから3年。今、僕は初めて彼女の言葉を信じようと思う。
もう嫌というぐらい色々なものを失ってきた。僕の周りには何も残ってない。背負っているものなんて何一つないはずだ。何もないはずなのに、何かを失うことを恐れるというのは馬鹿げている。汚れたままの靴で、重たいままの鞄で、ありのままの僕で。どこまでやれるかわからないけど、僕は世界と勝負がしたい。
僕がこの世に存在した証なんてものに興味はないけど、何か一つぐらい結果を残そうか。
昨日からずっと微熱気味なので今日は研究室にはいかず、家で休養。日経ナビから送られてきた分厚い企業情報が載ってる電話帳みたいな本に初任給が書かれており、暇だったのでパラパラとめくりながら最も高い企業はどこなのかと探してみた。そんなくだらないことしてないで、熱があるならとっとと寝ろよという感じではあるけれど。
僕は給料というのは、その人に対する1つの社会的評価だと思っている。給料が高いからこの会社、というのは馬鹿げていると思うけど、しかし重要な指標ではあると思う。この資本主義社会において、お金というのは社会と関わっていくにあたり、最も重要なものの1つであることに間違いない。
僕は今まで、幸いにも経済的問題を特に気にすることなく教育を受けさせてきてもらったし、もし僕が家庭をもつことがあるのなら、自分の家族にもそうさせてあげたい。自分一人で生きていくとしても、やはりそれなりの経済力は欲しい。幸か不幸かわからないけど、この世の中で、今の僕らはお金があればある程度の自由を手に入れることができる(もちろんそれが全てだといってるわけではない)。
今回とりあげるのは、基本的に大学院卒の初任給、さらにこれとは別に賞与が年2回ある企業のみ。また色々な諸手当などは面倒なので考慮にいれてないし、年俸制のところも計算が面倒だったので含めてない。福利厚生やら、勤務条件なども考慮にいれてない。
ということでここに挙げる初任給トップの企業が必ずしも最も給料がいい企業だとは言えないし、また10年後にどうなっているのかなんてことは全くわからない。個人的な意見としては、大体初任給が安いところがその後大きく化ける可能性というのは低いし、10年後のことなんて今から考えたって無意味だと思う。
某外資系企業(別に隠すこともないし、調べればすぐにわかるんだけど、まあ一応)の説明会に行ってきた。ここの企業では理系出身者、さらに言うと修士・博士号を持っている人が全体の6,7割を占めるという。なぜそんなに理系出身者が多いのか、それが知りたかったので説明会に参加してみた。ちなみに企業のこうしたセミナーに行くのは今回が初めて。これが遅いのか平均なのかは知らない(開始前、隣に座ってた女の子に話しかけられたが、彼女も初めてとのことだった)。
3時間にも及ぶ説明会を終えて抱いた感想は「理系でよかったな」ということ。基本的に理系というのは日の目を見ないし、コミットに対するリターンを期待できない(もちろん、社会というのはそういうシステムで成り立っているということは理解している)。でもここの世界ではきちんと僕らのことを評価してくれている。僕がこれまで4年半以上大学・大学院でやってきたことは無意味なものではなかったし、自分の知らないうちに色々なことを習得しているらしい(多分)。コンサルでも、エンジニアでも何でもいいんだけど、それを認識できただけでも、今日のこの説明会に行った価値はあったと思う。僕は気づいたら自然と理系に進んでいた。科学が、数学が好きだった。あの頃抱いていた思いが、少しだけよみがえってきた気がする。
社員の方達は、皆プライドと自信に満ちあふれていた。キャリアアップについてはまだよくわからないけど、海外に積極的に行けるというのは大きな魅力の1つだ。ファクトとロジックが全ての世界。ロジカルシンキング。真剣にオプションとして検討する価値のある企業なのかもしれない。
今日はやけに疲れた一日だった。昨日色々とやってたら寝たのが5時過ぎ、9時に何とか起きて、2限の1週間で唯一の授業に出席。授業の最後にNHK技研が作った、将来のTV放送を紹介するDVDを見たんだけど、先週見たドコモが実現させようとしている2010年の技術と比べて、描く未来像が浅はかだった(実現するかどうかは別として)。たしかに進歩ではあるけれど、イノベーションではない。今よりもっと楽になるかもしれない、便利になるかもしれない、正当な進化。でもそこに僕らがあっ!と驚くようなものもない。
その後教室に残り、1時間弱友人と未来について語り合った。彼は完全に研究を捨て、自分の将来に投資をしている。まあ、そういうのもありだと思う。そして研究室。同期の連中は、皆明日NTTコムの説明会に行くらしい。段々意識が高まってきている。テレビ局に就職する先輩とまたもや1時間ほど話し合った。ある程度は仕方ないけれど、今はできるだけ先入観を捨て、スポンジのように吸収していきたい。どんな未来が待ちかまえているのかは知らないけど、割と自分の可能性を信じている。あくまでもポジティブに。
帰り道、人々の足が止まったと思ったら、駅のホームでサラリーマン同士の取っ組み合い。無責任な傍観者ほど見ていてうんざりするものはない。僕は足早にそこを離れた。たしかに満員電車に耐える日々、色々なことに我慢ができないこともわからないでもない。でも怒りは哀れみに、そして悲しみへと変わる。我慢できないことがあって、それで相手を殴ったら、少しは気分が晴れるのだろうか。僕はそうは思わない。人を殴ることの痛みを、僕は経験から知っている。それは一時の怒りよりも、圧倒的にたちの悪いものだ。そんな痛みを、なぜ自ら選び、そしてそれに耐えなければいけないのか。
家に帰ったら23時。親が旅行に行ってるので、用意してくれてたご飯とシチューを温めて食べた。皿洗いがしんどい季節。今日給湯器が新しくなり、久々に安心してお風呂に入れることが唯一の救いだ。
Christopher Crossは歌う。“Hey Laura, where are you now? Are you far away from here? I don't think so, I think you're here.(ねえローラ、今どこにいるの?ここから遠い場所?そうじゃないよね、ここにいるんだよね。)”
「ときどき君のことを思い出す。君はどんな海を見ているのだろうか。君は今一体どこにいるんだい?僕は今…」
僕は一体今どこにいるというのだ。
このブログはClipper's Memorize No Futureのnishio君の好意により、MovableTypeの設置、サーバレンタル、その他もろもろの管理、ほぼ全てをしてもらいながら、今までやってきました。おかげで僕は特に苦労することなく日々更新し続けることができたし、彼がいなかったら、僕が今こうしてブログを更新していることなんてあり得なかったでしょう。このきっかけを作ってくれた彼には本当に感謝しています(ずっと払ってなかった利用料、今度会った時に払います。今までゴメン!)。そして今月いっぱいで今まで使っていたサーバの契約が切れるとのことで、このブログもサーバ移動の話が出てたのですが、この際自分で全部やろうという結論に至りました。
今まで見てくれてきた人達には心から感謝しています。前にも書いたけど、このサイトは数百、数千のアクセス数よりも、1人でも末永く見続けてくれる人がいてくれればいいなという思いから始めました。だから内容としては万人受けからは程遠いし、かなり個人的なことばかり書いてますが、それでも何度も訪問してくれている人達がいるということは、僕にとって大きな励みとなってます。それでとりあえず、自分で、誰にも頼らずに全部やってみようじゃないかと、そう思ったのです。
Blogpeopleから飛んできてくれている人は、自動的にアドレスが変更されるので多分何も気にすることはないと思います。このサイトへのリンクをHTMLで書いてくれている人、ブックマークに登録してくれている人、RSSで読んでくれている人は、申し訳ないのですがこの新アドレスの方で登録し直して下さるよう、よろしくお願い致します。
新アドレス:http://www.blue-jam.com/
アドレスが変わっただけで特に新しいこともないのですが、また引き続き、たまに覗いてもらえれば、それは僕にとって何よりの喜びです。
2004.11.26 K.Takeda
就職活動なんかやりたくないし、くだらないし、どうでもいい…などと昔から思っていて、今もその気持ちに変わりはないんだけど、でもいつまでも逃げてるわけにはいかない。就職活動が必要ないほどの何かを持っているわけでもないのだから、自分から動かないでみすみすチャンスを潰す方がくだらないのかもしれない。
ということで最近は少し動いてるんだけど、ようやくリクルートスーツができあがったところで、まだ写真も撮ってないし、カバンも買ってない。業界研究なんて全くしてないし、SPIも一般常識問題も解いてない。一応普段の習慣で新聞は毎日読んでるけど、それだって興味ある記事を拾い読みしてるだけで、特定の企業をどうこう、なんてことは考えてない。もう少し意識を高めていかないとなあ。
話がそれてしまった。カバン問題。先輩曰く、カバンなんて何でもいいらしいけど、そういうわけにもいかないだろう。男性だとポーターが定番だし、たしかに無難な気がするけど、人と同じことが大嫌いなのでどうも持ちたくない。ってことで、TUMIのブリーフケースでも買おうかと考えてる。ちょっとおっさんぽいかもしれないけど(ポーターは高校生すら持ってるしね)、せっかくだから末永く使えるものを。米軍指定、ストラップの素材はパラシュートに使われてるものと同じで、900kgの力にも耐えられるという。まあストラップなんてつけないけど。問題は価格。3万はちょっと厳しいな…。リクルートスーツより高いし。
この2,3日家の給湯器の調子が悪く、昨日は普通にお風呂に入れたんだけど、今日は全くダメ。親は何を考えてるのか、鍋やヤカンでお湯を沸かして、それで何とかしようとしてる。これが自分の親なのかと思うと、さすがに情けなくなってきた…。風呂の容積、水の比熱などをきちんと考えたら、いかにそれが無謀な行為であるかがすぐ理解できると思うんだけど。
ということで、仕方ないので銭湯に行ってきた。銭湯に行くのなんて、小学生以来である(たしかお祭りで御輿を担いで風呂券をもらった)。温泉や、宿の大浴場なんかは今までに何回も入ったことがあるけれど、純粋な銭湯というのは本当に10年ぶりぐらい。車で10分ぐらい走り、やけにネオンがけばけばしい銭湯へ。
結論から言うと、まあ銭湯というのもたまには悪くないと感じた。ジャグジーやら露天風呂など、色々な風呂があったし、のんびりお風呂につかるというのもいい。ただ入浴料400円という値段は少し高いんじゃないかと思うし、風呂に入るのにわざわざ車で10分走らなければいけないというのも面倒だ。新しい給湯器が取り付けられるのは今週の金曜だという。明日は家のお風呂に入れるのかなあ…。普段は何とも思ってなかったけど、風呂に入れないというのがこれほどまで辛いことだったなんて。当たり前だった物事を見直す機会の多い、今日この頃です。
今日久しぶりに手ぶらで学校に行った。それだけのことなんだけど、カバンを持ってないとなぜか逆に気が引き締まる。まあ、君これからどこに行くの?という感じではありますが。
考えてみれば、研究室生活にあまりカバンはいらない。財布、小銭入れ、携帯、シリコンオーディオプレーヤー、文庫本、ペン1本、ハンカチ&ティッシュ。これだけあれば何とでもなる(割とポケットはパンパン)。さらにUSBのメモリスティックなんかを持ってると完璧だ。ということで、これからも機会があったらカバンのない生活を送っていきたい。
ちなみに今日、雨が降ってて寒かったのでコートを着ていった。ちょっと早いのかもしれないけど、まあ悪くないかな。ちなみにコートは今年新調したステンカラーコート。ダウンだからかなり暖かく、さすがに電車の中では暑かった…。
今日の収穫:BS放送だと、まだデジタルよりアナログの方が綺麗ということを知った。(NHK技研の人が言ってたので多分間違いない)
これまでずっと逃げてきていたものの、このままじゃさすがにまずいので、リクルートスーツを買いに行ってきました。こんなくだらないものを考えたのは一体どこのどいつだと思うんだけど、どうやら社会はそういうシステムで動いているらしい。
買ったのは定番通りの紺のスーツと、濃紺のスーツ。濃紺の方はかなり黒に近いんだけど、まあ大丈夫だろう。チャコールグレーも薦められたものの、あまりに色が悪いので却下。紺の方が18000円(安すぎ)、濃紺の方は4万弱なんだけど、なぜか2着目が1000円になるので結局1着2万。あとはシャツと、全くセンスのないネクタイ、歩きやすさを重視した靴、どうでもいいベルト、このセットで1万円。ワイシャツをさらに2枚追加し、その他裾直しやらネーム入れなどで、合計6万弱。他の人がどうなのかわからないので何とも言えないんだけど、まあ平均的ではないかと思う。
あとは鞄を何とかすれば、一応就職活動はできるかな。コートは一昨年買ったカシミヤのもので大丈夫だろう。一応今のところ1社エントリーしてるんだけど、これでこれから積極的に動いていくかどうかは、また別の話である。
しかしまあ、着たくないなあ…。こんなに着たくないと思う服を買ったのは生まれて初めてだ。就職決まったら、ちゃんとしたスーツを買おう。本切羽になってて、仕立ての美しいものを。