Diary 2011の最近のブログ記事



 昨日出国ラッシュとニュースでやってたので覚悟してたけど、予想外にガラガラ。出国審査の係員はこんちわーっすとやたらフレンドリー。

 行き先当てた方にはもれなく、現地から写真付きあけおめメールをお送りします。

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ハッピークリスマス!

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 ようやく手に入った角松30周年ライブのブルーレイ。あれからもう半年、あらためてクォリティの高さに驚いてます。玉田豊夢カッコ良すぎ。

 そして今日は“今年の”千秋楽、松戸へ。本当は昨日の中野に行きたかったんだけど、痛恨のフライングによりなんとか松戸を確保といった感じです。何しろ遠いのであと2時間後には出発!楽しみ!

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子供のころ時間がわかるというのが凄いことのように思えて、親に買ってもらった腕時計を毎日してた。自分にとって、大人は皆腕時計をするのが当たり前だと思ってたし、即座に時間がわからない生活というのは考えられなかった。

しかし多くの人たちと同様、携帯を持ち歩くなるにつれ、腕時計はなくても困らない存在となり、いつからか全くしなくなった。学生のときなんて、正確な時間がわからなくても大した問題ではなかった。写真は2年ぐらい前に電池切れとなった、現在唯一持ってる時計。大学に入った後に買ったSEIKOのクロノグラフで、200mまで潜れるスキューバ仕様。そんなに潜ったら命がないけど。もう買って10年以上になる。ちなみにウェットスーツの上からはめられるよう拡張可能で、ダイブコンピュータを買う前に10本ぐらいこの時計をして宮古の海に潜ったこともあります。

そして最近、携帯で時間を確認できないことが多くなってきたため、腕時計がほしいなと考え中。もうすぐ30だし、そろそろきちんとした時計の一本も欲しい。携帯を取り出さないと時間がわからないというのは不便だし、スーツに腕時計は当然のアイテムという話も聞く。いつかはIWCインヂュニア、最近出たクォーツが気になるグランドセイコー、あと少しだけ盤面が小さかったら間違いなく欲しいハミルトン。…と考えながら、ようやく電池交換をしてきました。所要時間わずか30分、980円。しばらくこの時計を再びしてみて、それでも欲しかったらウンウン唸ることにします。

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天気の良いお休み2日目は鎌倉をぶらぶら。週末に比べたら圧倒的に人が少ないけれど、小町通りは遠足の学生で賑わってました。

お昼はその小町通りから少し中に入ったところにある、隠れ家的カフェレストランMUGIMARUに。良い天気&喧騒を離れ静かな場所だったので普段なら遠慮してしまうテラス席に座り、釜焼きピザとパスタ(ボロネーゼ)のランチを食べました。味もなかなか、とにかく気分爽快で、たまにはこういう時間も必要なんだなと痛感。こういうリフレッシュがあるから、また明日から頑張れる。

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 日曜日に初の海外出張@北米から帰ってきした。勤労感謝の日も週末もなかったため、昨日は頑張って普通に出社して、今日から2日間お休み。時差ボケがまだ辛く、いくら寝ても寝足りない...。

 飛行機はボーイング777だったので割と快適でした。出発前日23時半まで会議だったことと、出張先では寝る時以外ずっと仕事だったことを除けば、良かったです。多分また近いうちに。

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 入社してあっという間に5年半が経ってしまった。年齢的にもキャリア的にも、そろそろ若手中堅どころの仲間入り。たぶんだけど、技術職では、大体において30から40ぐらいまでの人が、実担当として会社を引っ張っていく。20代はそれに向けた準備期間だし、40過ぎたら一線を退いてマネジメントに徹するべきだと思う。人員構成上そう上手くはいかないのが現実だけど(とにかく上が多すぎる。逆ピラミッドもいいところだ)、自分の知る限りでは、そうやって世代交代しないとあらゆる点で不都合が生じる。

 というわけで、まだ30ではないけど、最近様々な業務が自分のところに集中する。上司から命じられたもの、自分から自発的にやるとしたもの、同僚に頼まれたもの、そして自分の全然知らないところで自分がやることになっているもの。前2つはまあいいとして、課題は後ろの2つ。そして最近気づいたことは、会社にいればいるだけ仕事が増えるという事実。さらにはそうした増えた仕事をこなしたところで、自分の評価なんか全然変わらないという現実。

 昨日、前の職場メンバーでひと足早い忘年会があったのだけど、まさに会社を出ようとした瞬間に電話がなり、結局1時間近く時間をとられてしまった。全ては会社にいるせい。もし仮に僕が既に会社を後にしていたら電話に出られないわけで、それは次の日に先送りになったかもしれないし、もし運が良ければ電話することを忘れてくれるかもしれない。同様に、席にいると色々所用を頼まれるけれど、僕がいなければ自分で何とかしなければという気持ちが芽生えるかもしれないし、別の機会になるかもしれないし、運が良ければ忘れてくれるかもしれない。そんな悠長なと思われるかもしれないが、本当に必要なら忘れることもないだろう。そして大事なのは、たいていそういう依頼事項の大半は、なければないでどうにかなるものだということ。つまりは、そういったなくてもそうそう困らないことに、かなりの時間を費やしている。

 これを解決するための唯一の手段は「会社にいないこと」。これをどう実現するかというのは色々課題があるものの、とにかく会社にいなければ、少しは仕事がたまるかもしれないけれど、ずっと席に居続けた時の比ではない。そして上述の通りそれらの仕事は自分がやらなくともなんとかなるもの、時には全然やる必要のないもので、簡単に言うと自分のプライベート時間を削ってそれらの仕事に取り組んでいるだけと言えなくもない。だから会社にいないようにしようと心に誓った次第。なんともまあ不毛な社会です。


 スマートフォンを保有してからPCを起動する機会も少なくなってしまった、という人も少なからずいるはずで、そうなるとブログを読むのもスマートフォンのはず。スマートとは言え、携帯の小さな画面で文字を拡大しながら見るのはあまりスマートではない。RSSリーダで読んでくれればいいのだけど、おそらく標準ブラウザで読んでる人も多いだろうと思い、このブログもiPhone/iPad用のレイアウトを苦労の末用意しました。

 使用したのはiPhoneテンプレートfor MT。スマートフォン(iPhone)からちょっと読む分には、良いレイアウトだと思います。iPadはどっちでもいいかな。一度設置してしまえば、特に意識せず通常とiPhone用両方ページができあがるところが素晴らしい。

 というわけで、iPhone用トップページはこちらから。右サイドバーのトップにもリンクを表示しているので、必要な方はそこから飛んで下さい。ちなみにiPhone/iPadからアクセスあった場合に、自動的に専用ページに飛ばすという方法もあるのだけど、一部記事やリンクにアクセスできなかったり、コメントの入力もできないため、選択肢を残した方が良いだろうという判断に基づきやめました。

 次はTwitterだな(きっと)。


 ふと突然、会社のPCに向かって仕事をしていると、高校2年のときに放課後クラスに残り、皆で物理の授業内容について教え合ったことを思い出した。本当に何の脈絡もなく、クラスの10人ぐらいが放課後教室に残り、黒板を使って、よくわからない物理についてあーでもないこーでもないと言い合ったことを。

 高2の物理の先生は、名前が全然出てこないほど印象が薄く、これは多くの名物教師が在籍している僕の通っていた高校からすれば珍しいこと。たしか大学院博士後期課程に通っていた学生が先生で、決して使い勝手が良いとは言えない教科書を淡々と進めるだけだった(物理の教科書はどういうわけか高校オリジナルだった)。理系を志す自分たちにとっては、おそらく直感的にだけど、高校物理がわからないとヤバい!と思ったのだろう。内容は覚えてないけどおそらく電磁気学っぽいこと。全体をまずまず理解しているやつ、なんとなくわかった気になってるやつ、さっぱりついていけないやつ。何がきっかけだったか忘れたが、放課後クラスに残って日が暮れるまで自分たちで補講をした。その後自分の進んだ道を考えると、ここで挫折せずに頑張って本当によかったと思う。たまたま当たった物理教師が理由で、自分の将来の選択肢が狭まってしまったらそれは悲劇としかいいようがない。

 高1の物理も、僕の記憶が確かならば大学院の学生が教師で、板書しながら「まっいいか」と途中で説明を諦めてしまう、僕らにしてみればダメダメな先生だった。僕らは先生のことを親しみを込め皆"さん付け"で読んでいたが、唯一呼び捨てにしてしまいたいぐらいダメだった。立派な物理教員が揃っている中、こうして2年連続大学院生の面白みのない授業を受けるハメになった僕らは、まあこういっては何だが、ハズレだった。そして、そのダメな彼は僕らが通う高校の正教員となり、高3の物理もめでたくこの人が担当となった。まさに最後まで運がない・・・ように思われた。

 正教員となったことが変化をもたらしたのか、あるいは結婚したことが(したはず)良かったのか。「こんなこと説明しなくても分かれよ」というような授業スタイルだった彼は、いつの間にか、理解のある皆のお兄さん的な存在となり、授業そのものも高1の時とは雲泥の差だった(と思う)。もちろん僕らは彼のことを"さん付け"で呼んだ。本当に親しみを込めて。高3の3学期ぐらいからは、大学で習う物理(微分が出てくる力学)を先取りしてやってくれたおかげで、大学1年の物理は楽勝だった。これは本当に感謝したい。大学の物理の先生は当たりだったけどね。ニュートン力学からハミルトン力学、そして相対性理論まで面白く学べました。惜しむらくは選択だった量子力学をとらなかったことぐらい。

 物理の成績は、高校時代は平均程度で特別良くもなかったけれど、嫌いではなかったし、前述の通りやらなければいけないとも思ってた。そのときの直感とも運命的とも言うべき意思は、紛れも無く今の自分を作った。そう考えると、今なんとなくやっているこの仕事も、10年後, 20年後、何らかの意味を持ってくるのかもしれない。とか考えたのが、おそらく高2の時に物理がわからなくてクラスに残り皆で教え合った理由だろう。


来年用に恒例のほぼ日手帳。1日1ページは中身スカスカだけれど、これに慣れてしまうと他の手帳は使えないのです。

今回は3年ぶりにカバーを新調。仕事で細々したものを手帳と一緒に持ち歩くことが多いため、ジッパータイプ。早く来年にならないかなあ(カバーを付け替えればいい話…)。

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 大好きな『宇宙兄弟』の話の中で、こんな一節がある。

 「モノづくりには…失敗することにかける金と労力が必要なんだよ」
 「本気の失敗には価値がある」(11巻より)

 たとえ結果的に失敗に終わってしまったとしても、本気で取り組んだのであれば、それは価値のあるものであり、決して蔑まれるようなことではないという意味(だと思う)。これを初めて読んだ当初は、「なるほどね、うまいこと言うな」と感じていたのだけど、何かのきっかけで考えが180度変わってしまった。

 我々日本人は、失敗から成功に導かれた話を美化する傾向にある。映画化された「はやぶさ」にしても、もし様々なトラブルがなく、予定通り順調にそのまま地球に戻ってきたとしたら、ここまで騒がれることはなかったはずだと思う。もちろん小惑星に着陸して、そのサンプルを採取し、地球に戻ってきたというのは、科学的に素晴らしい成果だ。ただし一連のトラブルに見舞われたのは、モノづくりの観点からすれば、探査機の不具合という言い方もできなくはない。

 モノづくりにおいて本当の成功というのは、そうした不具合なく、すべてのミッションを想定内のうちに終えること。要求された性能を満足する製品を造り上げること。これはものづくりに携わる人間なら、誰もが思っているはず。お金をもらって時間をかけて開発し、想定外のことが起こったから不具合が生じてしまいましたと弁明しても、客に認めてもらえない。

 だから僕らモノづくりの人間は、決して失敗することではなく、本気で失敗しないことを考える。あらゆるケースを想定し、失敗しないことにはあらゆる金と労力を惜しまない。想定外のことが起こったら、それはもう技術者としては負けを意味する。次があるなんて思ってはいけない。かつて自分が携わったプロジェクトで、製品を納入数分しか製造しない計画を立てていたら、それではダメだと教えられたことがある。万が一のことを考え、たとえ1つ2つダメになったとしても納入する品はすべて動作させる、そのためには絶対にスペアが必要となると。予算的にも時間的にもスペアを作ることは負担となるが、しかし納期間近にスペアがあるという安心感は絶大だった(結局このスペアを使わずに済んだ)。研究そのものが目的であるなら失敗でも評価されるのかもしれないが、モノづくりでは失敗しないことこそが至上命題。

 そして技術者があれこれ考えた努力とか苦労とかいうのは、世間一般には見えなくていい部分だと思う。そういうのは後々、酒の肴としてでも語ればいい(鬱陶しがられるかもしれない)。

 モノづくりのエンジニアとして本当に誇れることというのは、成功させることに命を懸け、失敗なく成功のうちに終わらせること。この一点。極端なことを言えば、失敗なんてしないに越したことないし無理にする必要もないのだ。


 ようやくiPhoneを持つことができました。思い起こせば1年半前、iPhone4を買おうと予約しに店頭に並ぶものの、トラブルで1人も予約できずに終了。オンライン予約もサーバーがダウンしており、予約できたのは翌日の夜。発売日から1週間ほど経って在庫確保の連絡がきたものの、アンテナ問題などで少し冷めつつあり、結局見送ることに。

 そして今年。Let's talk iPhoneをリアルタイムで見守り、iPhone5でなかったのも何のその、iPhone4S購入を決意。予約開始日の10月7日は会社終わって速攻で帰って予約作業。今回思いの外スムーズにつながったので、パケットプランと色で30分ぐらい悩みました。結局、少しでもパケットを使ったら上限に達するだろうということで、月4410円定額を(端末代金の割引額が480円高くなるので実質4000円弱)。色はずいぶんと出なかった白、容量は音楽を入れることを考えていたので迷うことなく64GB。発売日14日の前日に在庫確保のメールが届き、既に15日配達分はなかったため、最速の16日午前着の配達申し込み(オンラインは最速でも発売日翌日着)。今回は在庫も豊富だったのか、1年半前の4の時に比べたら天国でしたね。ちなみにauから出ることでも話題になったけれど、僕はJ-Phone時代から使っているため、機種変更です。まだメールアドレスはvodafone。

 本日10時過ぎに到着。第一印象は小さい!ダンボールを開けると、iPhone4Sの箱と、USIMカード。しかし小さい。宝箱みたい。

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 中身一覧です。左上のケースの中に、簡単なスタートアップガイド、こまごました注意書き、りんごシールに、USIM取り出し用クリップ。シールはどこに貼ったらいいのやら・・・。左下がUSIMカード、iPhone4からマイクロUSIMで、これまでのシムカードとは互換性なし。が、これまでのカードも回収されず手元にあるため、通信以外の機能は使えます。水没してしまったノキアN82が生きてたら面白かったのになあ(その後、液晶が暗くなったぐらいでなんとか使えるような感じではあるけれど)。

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 それにしても美しいですね。一応ケースを買ってみたものの、スティーブ・ジョブスがそういったカバーの類がついたiPhoneを見て良い顔をしなかったというのもよくわかる。とは言え、逆に美しいから保護したいという思いが出てきてしまうわけであって、複雑です。

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 アクティベーションはすぐにできたのだけど、電話帳を移すのがえらく大変でした。NOKIA N82を一度Google Contactsに同期させ、それをiTunesでiPhoneに同期させる設定にすれば良いと思い込んでいたら、ひらがなの振り分けが全くできておらず、結局Google ContactsとOutlookを同期させ、Outlookでちまちま入力して完了しました。ひとまずグループ分けもできたし、満足。

 そしてiPhoneはここから、自分の好みにカスタマイズできるところが最大の魅力。強はもう気力残ってないので、また来週のお楽しみ。1日遊んだ感想は、もっと早く買ってれば良かった!!

 iTunes上でのこのiPhone 4Sの名前は、もちろんSteve。


 昨晩、小学校時代の友人たちと再会してきました。きっかけとなる連絡をくれた友人2人は20歳以来の9年ぶり、もう1人は2年前に会っていて、そしてここが一番、17年ぶりの友人が経営するバーに集合。

 最初待ち合わせの駅ではお互い顔がわからず30分も待ち続けるというハプニングがあったものの、オープンして1年強だというお店に。小学校卒業以来全然会ってなくて、正直引け目みたいなものも感じていたのだけど(僕は中学に入るタイミングで引越しをしたので、なんとなくフェードアウトみたいな感じになってしまった。ものすごく仲が良い友人だったのに)、「おぅ!」みたいな感じで感動の再会。しばらくは何だか照れくさくて顔を見れなかった。でも面影が残っているもんなんだね。人と出会えるだけで嬉しいと思える、ちょっと言葉にはできない不思議なうきうきとした気持ち、久々に味わいました。

 当たり前だけどみんな今年で30歳。それぞれが色々な事情を抱えながら、なんとなくもうどうしようもないよという思いを抱きつつも、それでも少しだけの期待を胸に抱きながら生きている。彼らと一緒にいると、いかに普段が上っ面の世界なのかということが思い知らされる。そこにはリアルな社会があって、リアルな意思があり、リアルな感情がある。

 またねという、きっと果たされる約束を口に解散。明日仕事だから、カミさんに怒られるから、と、この辺もすごくリアルな30歳。金曜夜だから朝まで、という元気はもはや僕らにはない。

 お店はこじんまりとしたすごく雰囲気のいいところで、料理はイタリアンが中心。ラザニアを頼んだのだけど、間違いなく今まで食べたラザニアの中で一番。まあラザニアなんてほとんど食べないけどね、でもめちゃくちゃ美味しかったです(お酒は飲めないので、ウィルキンソン・ウィルキンソン・カナダドライ・ウィルキンソン、みたいな感じで、ひたすらジンジャエールを飲んでました)。友人がやっているからという理由抜きで素敵なお店なので、今後も通いたいと思っってます。30歳にもなると、意識的に少しばかりのお金を出して美味しいものを食べなければダメ、安さを求めるとキリがなく落ちていく、というのは話題の1つ。もちろん、頑張って欲しいという応援みたいな意味合いもあるけれどね。

 ちなみに場所はJR関内駅からすぐ、横浜近郊の方は良かったら行ってみて下さい。10月30日はハロウィンパーティらしいです。takeの名前を出せばきっと面白いことの1つか2つはやってくれると思います。

Kitchen and Bar BarreL PoD

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 3.171のままだったMTをアップグレードしたので、投稿テスト。とりあえず表示されてるし、投稿も成功しているのでOKなのかな。見た目は変わってないけど、Movable Typeはおそろしく進化しております。ちなみに右下を見てもらえばわかるけど、色々とあって最新の5.1Xではなく、4.292。デザインもしばらくはこの野暮ったいまま、昔と変わらずでやっていきたいと考えています(設定が面倒なだけ…)。

 少しずついじっていくつもりなので、しばらく不安定な状態が続くかもしれませんが、お許し下さい。目標は今月中に安定動作。


 今回のiPhone発表イベント、“Let's Talk iPhone”は、ほぼリアルタイムで内容を確認した(ustreamでライブがないことが発覚し、結局海外のengadgetを見てた)。楽しみにしていたiPhone5こそ発表されなかったが、爆発的に普及したiPhone4の正統進化。前作のiPhone4を見送った僕は、待ってましたとばかりに新型iPhoneの予約を行った。

 使っていたノキアが水没したというタイミングもある。そろそろ機は熟したように思えるし、appleが提供するユーザエクスペリエンスを試してみたかったという思いも強い。でも、それより何より、僕の心を掴んで離さなかった言葉を見てしまったから、購入を決意した。とってつけたような言葉だけど、それはきっと永遠に残るだろう。

 iPhone for Steve(iPhone 4S).

 伝説とも言わしめたスタンフォード大学でのスピーチは、今も僕の心に残り続けている。

 「人生はあまりにも短いのだから、誰かのために無駄にしている場合ではない。外から発せられる雑音に、自分の内なる声を埋もれさせてはいけない。最も大事なのは自分の心と直感を信じる勇気を持つことだ。それらはどういうわけか、自分が何を求めているのかを知っているのだから。それ以外のことはすべて二の次だ。?Stay Hungry. Stay Foolish.」
 (http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html)
 

 あなたがいなくても、誰かしらが今の世界を築いていただろう。でもあなたは、それをひどく鮮やかな形で、そして圧倒的な興奮をもって僕らをここに連れてきてくれた。

 I'd like to express my sincere condolences to him and his family.


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 クイーンズ伊勢丹の売り場案内表。距離あるところから写真が撮れなかったので不恰好だが、たまらなく格好良い(広角の一眼ならなんとかなったかも…)。

 それはさておき、ついてない時は本当についてないことが立て続けに起こるものです。本当はついてることもついてないこともランダムに起こるのだろうし、その時の精神状態によって自分の受け止め方も異なるのだろうけどね。とにかく、ついてないことが連続して起こってしまい、やり場のないため息を抱え込んでしまった時は、こうして文章として書くしかない。あとで良い思い出として昇華されることを祈って。

 ついてないその1。土曜日、先日書いたお気に入りのパスタ屋に一人で行ったときのこと。数十種類あるメニューの中から今日は何を食べようかと楽しみにしていたものの、手渡されたのは5種類程度お店のオススメが書いてあるメニューのみ。えっ!?と困惑していたら、店員さんが即座に「お決まりでしょうか」とものの20秒ほどでやってきてしまったため、仕方なくちょうど目に入ったアスパラとパンチェッタのパスタを注文。「ではメニューお下げします」、とその手には、きちんとしたメニューがあるじゃないですか。どうやらオススメメニューを手渡され、その下に隠れるような形で普通のメニューが置いてあった模様。全然気づかず、別にアスパラなんか好きじゃないのに、アスパラとパンチェッタ。っていうかパンチェッタって何だよと、好きじゃないアスパラと正体不明なパンチェッタの組み合わせという、絶望的なコンビネーションのパスタが注文されてしまったわけです。ただし、このパスタもまた美味しくて、これは結果オーライなんだけど、当初自分が食べたいと思っていたパスタとは全然違うものを食べたというお話(ちなみにパンチェッタは豚肉の塩漬けみたいなものでした)。

 その2。パスタ屋から帰ると、郵便受けに1通のはがき。曰く、12月の角松中野公演が、振込ミスにより取れなかったとのこと…。これはもう呆然としました。これまで何十公演とあって、一度たりともそんなミスしたことなかったというのに、よりによって久々に復活した年末中野をミスするとは。よくよく読んでみると、振込日が、振込期間対象外だったとのこと。ん、と調べてみると、振込期間が9月下旬だったにも関わらず、僕が振り込んだのは8月末日。たしかに、案内が到着して即座にネットバンキングで振り込んだ記憶がある(これまで案内到着日から?日までだったので)。ま、1日、2日とかだったら悔しさも残るけど、1ヶ月近く早いとなるともはや笑うしかない。それだけ行きたかったということです。あーあ・・・。

 そして総決算、その3。やりました携帯水没。これまで13年ぐらい携帯を使ってきたけれど、初めて。全て自分が悪いので何も言えないが、これはショック。ちなみに色々調べて、本当はアルコールに浸すのが良いっぽいのだけど、そんなものないからたまたま入ってた精製水に5分ほど漬け(おぼろげな記憶だけど、基板か何かを精製水で洗浄しているところを見たことがある気がする)、ドライヤーで乾かし、現在冷蔵庫にて保管中。とりあえずは前の携帯があるし、特になくなると困るようなデータもないので良いのだけど(ここ数年で数えるほどしか電話番号やメールアドレスを新規に登録してない、カメラの画像データはSDカードに保存してる)、気に入ってたノキア端末だけに相当凹んでます。もうあと2ヶ月で3年になるかな。そんなに使い勝手はよくないけど、Symbian OS搭載で自分好みにカスタマイズできるところがたまらなく良かった。タイミングとして、これは今週発表されると言われているiPhone5を買えってことですかね。ただNokiaユーザーならAndroidな気もするので、もう少し考えます。あと、冷蔵庫に保管しているNokiaが奇跡的に復活してくれることもひそかに願ってます。

 これだけ不運が続いたのだから(すべて自分の不注意だという気もするが)、今週は月曜日からつきまくりのはず!


 入社して研修やら何やらを終えた後、最初にアサインされたいきなり大きなプロジェクト(の末端の一部)。ふとこの前、そういえばこの時の自分の検討なり設計なりは、きちんと製品として存在して動いているんだよなと、とっくの昔に忘れ去ってしまっていた“ワクワク”がそこにあったことを思い出した。日本じゃそんなに大きく報道されなかったけど、前代未聞の結構どでかいこと。自分の担当部分は、飛行機で例えるなら車輪の開閉システムぐらいなものだけど、でも車輪が出ないと飛行機はきちんと着陸できない。もちろん自分一人ですべてやったわけではないし、様々な助けがあったものの、車輪開閉システムの基本設計は紛れも無く自分がしたと言える。これはいつまで経っても嬉しい。

 昨年度、それに比べたらずっと小さなプロジェクトだけど、初めてプロジェクト業務を経験し、ほぼプロジェクトマネージャーとして動きまわった(さらには設計も資材的なこともと、何でも屋さんだった…)。会社からは何の評価もなかったが、自分としてはいい経験になったし、新たな挑戦だったものを1つ成功させられたことは大きな自信につながった。完成する前は逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけれど、全部が終わった時の、あの泣きそうな気持ちは絶対に経験者でなければわからない。

 この2つの仕事、どちらもそれなりに良いところ悪いところあるけれど、やっぱり自分としては最初の、技術的な仕事がしたいんだよなと最近切に思う。あの製品には自分が設計したXXがあるんだよ、と。自己満足でもいいし、機会があれば誰かに聞いてもらいたい。それはきっと理系と言うか技術者としての血がまだ残っている証拠。プロジェクトマネージメントもいいが、技術的な本質がどこにもない。新しい飛行機を開発したとすると、その開発を成功に導いたプロジェクトマネージャーよりも、例えば空力設計を担当した人の方が断然かっこいい。これから自分がどっちになるかわからないが、願わくば後者であり続けたい。


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 3連休の1日、鎌倉の由比ヶ浜をぶらぶらしに行きました。混雑する昼時をだいぶ過ぎてから行ったのは、ハワイ発のハンバーガーショップ、クア・アイナ。ハワイに行った時にノースショアにあったのだけど、その時は名物ワゴンで売ってるシュリンプ料理を食べたので行くことができなかった。横浜のベイ・クォーターや丸の内にもあるので、まあハワイで食べなくてもいいだろうと。

 写真はセットで1000円以上するチーズバーガーです。たしかに肉は大きいし、炒めた玉ねぎとトマトが2枚乗っていて、ハンバーガーとしてはそれなりに美味しい。でも、これは明らかにアメリカサイズではないし、値段を考えれば、バーガーキングの方が美味しいという結論に達しました。ちなみに名物アボカドバーガーも食べてみたけど、そこまで合ってないと思う。

 これなら、ハワイで食べたTeddy's Bigger Burgersの方が美味しいなあと思ってたら、原宿の方に出店してるんですね。値段はやっぱり現地より高いが、味はどうなんだろうな。わざわざ原宿までハンバーガー食べに行くよりは、ハワイにもう一度行ける方が確率は高そうです。

 関係ないけど、いくら同じ海だからといって、湘南でハワイの真似をするのはいい加減やめた方が良いと思う。


 昔から行きつけのお店というのに憧れていた。店員と仲良くなりたいとかそういうのは別に望んでいないけど、お気にい入りのレストランを見つけ、そこに通うというのが1つの夢だった。

 もともと外食自体あまりしないし、外で何か食べるとしても、どうしてもファミレスやチェーン店みたいに名の知れた安心なところに行ってしまう。大戸屋が行きつけってどうよというか、僕が望んでいるのはそういうことではない(が、駅前にできてから月に1度ぐらいは食べてる気がする)。

 そんな中、今のところに住んで3年が経とうとしているところで、ついにお気に入りのお店を見つけられたっぽいです。そこは小さなパスタ屋さんで、店の名前だけは前から知っていたものの、駅の反対側にあるため行く機会がなく、たまたまこの前ランチを食べに行ったらこれがすごく美味しかった。家から徒歩1分ぐらいのところにもパスタ屋があるのだけど、味付けが好みでなく、1度行ったきり。それに対し、このお店はずっと味が印象に残ってて、相場に比べて少し値段が高めだけれど、その3日後にまたランチを食べに行ってしまうぐらい一気にお気に入りに。

 さらに言うと、行きつけのお店にする条件として、ひとりでも気軽に入れることが挙げられる。家にご飯がないとき、仕事帰りに気軽に食べに行けたら最高。その点、ここはカウンターがあるので大丈夫で、今のところすべてを兼ね備えているわけです。どういう組み合わせなのかわからないけど、店内には少し賑やかなジャズがかかっていて、雰囲気も良い。

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 写真はサーモンとわさびクリームのパスタ。パスタは自家製だというタリアテッレ(フェットチーネかもしれないがわからない)。誇張でもなんでもなく、パスタ自体はKIHACHIより美味しかった。基本的にパスタのみだけど、メニューが豊富なのでしばらくは色々と試してみたい。その中で自分のお気に入りの一品を見つけられるのが理想。


 今から15年前、国際電話というのは料金がべらぼうに高く音質が悪いというイメージしかなかった(使ったことはないけれど)。それが昨今のIT革命ともいうべき技術の発達で、携帯は1人1台、PCは1家庭に複数台、高速回線も設備され常時接続が当たり前と、もう一度ぐらいパラダイムチェンジがあるのかもしれないけれど、これまで僕らが描いていた「?だったら便利なのに」という考えを実現させる環境はひと通り整った。

 海外旅行に行くときはネットで宿や航空券の予約ができるし(昔はこれが全部電話だったのかと思うとぞっとする)、ロンドンに行ってしまった友人とSkypeやメッセンジャーで話すこともできる。それこそすぐ隣の街にいるのと同じように。

 ただしいくらITが発達しても超えられない壁がある。それが時差。

 この前アメリカの東海岸の人と電話をしなければいけなくて、ちょうど日本と昼夜逆転みたいな状態のため(なにしろ向こうの人は朝8時に出社し、16時過ぎには帰るらしい)、3日間連続で5時おき、6時半には出社、7時から電話会議と、自分の職種は一体なんなんだという感じで過ごし、色々技術が発達したけど時差は越えられないよなと思った次第です。日本人働き過ぎ。

 その3日間は朝6時には電車に乗っていたけど、JRは既に乗車率100%越えてて、本当にご苦労様としかいいようがない。新幹線通勤とかしてる人もいるぐらいだしね。土曜日はさすがにガラガラだろうと思ったら、これはこれで、サッカーの少年団や、ゴルフバッグを持った人だらけで、これまたご苦労様な感じでした。

 ちなみに叶わぬ夢だけど、6時半出社して、18時ぐらいに帰れるのが理想。そしたら家族で晩ご飯食べられるし、仕事終わった後も、もう1つぐらい何かできるじゃないですか。ただし朝早く行こうが帰る時間は変わらないということがその3日間で改めてはっきりしたので、今のところそんな生活はできそうにないけれど。


 この話は自分が書く資格はないと思っていたのだけど、それでも、書かずにいられない出来事に遭遇してしまったので書かせて下さい。

 今日みなとみらいから横浜に向かう途中、数多くのマリノスのユニフォームを着た人とすれ違った。手には花を持っている。日産本社の中、そごうに向かう遊歩道の途中、そして横浜駅東口。大きな花束、一輪の花、ひまわり、みんな花を手にしている。様々な表情をしながら。

 そう、マリノスタウンに故松田直樹選手へ献花をしに行くために。最後の本当のお別れを言いに行くために。戦力外通告を受け今年JFLに移籍したとは言え、95年から昨年までずっとマリノス一筋でプレーし続けた、まさにミスターマリノス。僕を含め多くの日本人にとっては、トルシエジャパンのフラット3不動のDFというイメージだが、それ以上にマリノスサポーターにとっては思い入れのある選手。

 誰も献花なんかに行きたくなかったはずだし、認めたくもないはずだけど、それでも行くんだね。お別れを言わずにはいられない、ありがとうと一言お礼を言わずにはいられないんだね。そういう気持ちをすれ違う人々からひしひしと感じ、僕はただただ圧倒され、なんだか泣きたい気持ちになりながら、彼らとは逆の方向を目指し歩き続けた。

 もしマリノスが解雇しなければ、今年もマリノスでプレーし続けていれば、移籍するにしても、きちんとした設備の整ったクラブだったら、あるいはこれは一番あり得ないだろうがマリノスを離れる時点で引退を決意していたら。「たられば」は尽きない。色々な人が複雑な想いを胸に抱えているだろうなと思う。運命はあまりにも残酷で、どれだけ嘆いたって何も解決されることなく、そして幾度と無く過ちは繰り返される。それでもこの運命を受け入れなければいけない。C'est la vie. The show must go on.

 トルシエジャパンの幾多の感動をありがとう(僕はマリノスサポーターではないので)。これからは天空から日本のサッカーを見守っていて下さい。

松田直樹(Wikipedia)


 その昔、銀座をブラブラ歩くことを銀ブラと言ったらしい。今年の夏休みは予定が全くなく、妻にせがまれ、自分もアップルストアに行きたかったこともあって、夏休み初日に「銀ブラ」をしてきました。

 どうも銀座というと有楽町の近くというイメージが近かったので、新橋から適当に行けばそのうち着くだろうと思い、銀座線に乗るという手もあったが、乱立するすしざんまいを横目に街歩き。目当てのapple storeは、場所を調べていかなかったもののすぐにわかりました。気になってたMac Book Airを触るも、キーボードが浅すぎてちょっと気持ちが冷めてしまった。最近アイソレーションキーボードが流行ってますね。ThinkPadから乗り換えられるキーボードを持つノートは、ほとんどないのかもしれない。

 その後はウィンドウショッピングの付き合い。フォーエバー21とかH&MとかZARAとか、なるほどワイドショーなどでファストファッションと呼ばれる店が並んでて、年齢層や賃料を考えるとやっていけるのだろうかと思ってしまったけれど、まあ何とかなっているのだろう。アバクロンビー&フィッチは、大音量と香水の匂いで目眩がした。あれは服を買う場所じゃない気がするけど、最近の若い人たちはああいうのが好きなのかもしれない。外人率高し。

 銀座というと大通りの歩行者天国というイメージしかなかったのだけど、あれは休日限定なんですね。全然知らなくて、前に来たことのある銀座は一体どこのあたりだろうと随分迷ってたら、実は既に自分がいるところがそうだった。

 お昼は銀座プライスが怖かったので、新橋に戻る途中の路地で見つけた居酒屋のランチ。マグロが美味しかったです。

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 その後、カレッタ汐留に行き、祇園辻利で抹茶ソーダなる斬新な飲み物を飲み(結構おいしかった)、帰路に。特に何も買わなかったけれど、横浜より人が少なく、落ち着いてて、それなりに良かったです。

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 関係ないけど、汐留で全日空の広告を発見。ボーイング787乗ってみたいなあ。A320なんかより断然乗りたい。

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反省点:テレビの街頭インタビューなんか受けるもんじゃない(フジテレビの特ダネで、「原発について議論をしたことありますか?」という内容だった)。


 ついにアナログのテレビ放送が終了となりましたね。テレビ放送が開始されたのが1953年とのことだから、58年続いた歴史が変わる(モノクロからカラーへの変遷はあったけれど)。これは結構な大英断だと思うし、ちょっとタイミングが良くない気もするけれど、こうして歴史的な場面に居合わせることができるのは嬉しい。

 テレビ自体は4年半前ぐらいに地デジチューナー付の液晶テレビを買っていたので、慌ててどうこうという話もなかったし、HDDレコーダーはアナログチューナーのみのしか持ってなかったのだけど、去年会社の先輩がくれたのでこれまた問題なし。

 というわけで、味気はないけれど、アナログ放送が停波する瞬間をこの目で見たくて、12時前からテレビをつけ待機。普段押すことのないアナログ放送への切り替えボタンを押し、あと1分を切ろうかというところであることに気づいた。我が家の地上波はアンテナで受診しているのではなく、ケーブルテレビ経由だった…。いつの間にかアナログ放送も16:9になってるし。ケーブルテレビ会社がデジタル・アナログ変換をして送信してくれるので、テレビが地デジに対応してなくても、2年ぐらいそのまま見られるのです。

 運命の12時。当然ながら何の変化もなし。巷ではアナログ放送終了のメッセージと共に音楽が流れているらしいが、どのチャンネルもそのまま。と思ったら放送大学だけアナログ放送終了のブルースクリーンが!放送大学の番組は地デジで見られるらしく(12ch)、テレビの再スキャンしてみたら見られたよ!でも放送大学は見ないな。


 このブログは、Six Apart社が提供しているMovable Type(MT)という製品を使っております。今は色々なところがブログサービスを始めているしその多くが無料で利用可能で、5分もかからずブログの設置・登録が可能だけど、昔はそんなサービスほとんどなかったので自分でやるしかなかった。サーバレンタルして、ファイルをFTPでアップロードして、パーミッションやディレクトリの設定して。テンプレートもあらかじめ用意されてるものにCSSを書き足したりして。僕の場合は独自ドメインまでとってしまったというオマケ付き。

 というわけで今から7年前に全部自分でやって今の形があるわけだけど、この間、MTが幾度となくアップグレードされ、Six Apartさんとしては色々直したし魅力あるサービスも付けたので更新してねという感じだろう、現在の最新バージョンはMT5.1。が、このブログの右下を見てもらえばわかるとおり、MT3.171…。一度だけ今の3へのアップグレードは頑張ってしたけど、それ以降徹底放置状態。

 Windowsに例えるなら、Windows7全盛(数としてはXPかもしれないけど)のこの時代に、Windows98でやっているようなもの。実は一度だけ、せめてMT4.2へのアップグレードを考えたこともあるのだけど、3.Xからガラリと変わってしまった部分も多いみたいで、バックアップ取るの面倒だし、設定項目色々あるし、サイトの構築崩れたら嫌なので無理だと諦めた。もはやMT5なんて、雲の上の存在。既存データを残したままOSのアップグレードなんで死んでもやりたくない(昔Win95からWin98でうまくいかず、結局クリーンインストールするハメになった。しかも2回)。違うディレクトリを使って既存データを移動させるという手もあるが、それはそれで何か気持ち悪いし。

 ただしブログはOSほどバージョンのインパクトがあるものではないし、とりわけ何か不自由があるわけでもない。実は知らない便利なサービスがたくさんあるのかもしれないし、このデザインも相当やぼったいけど(今は優れたテンプレートが提供されてるみたいですね、しかも設定も簡単で)、未だにHTML書いてHP更新している人もいるのだから、このまま行こうかなと思います。Windows98は軽くて好きだったし。どうせいくらOSが進化しようが、基本的に使うのはOfficeとブラウザぐらいなのと同じで。有料でもいいからMTアップグレード代行とかあれば考えるけど。

 あと、地味なことだけどHirataさんが提供してくれているmoblogがこの2ヶ月ぐらい不調だったため、ubicast Mail Bloggerでも投稿可能なよう設定しました。ついさっき。メール送信で投稿できるのはやはり便利。自前でMail2Entryの設置をやらないといけないかもと思っていただけに、安堵しました。ただし携帯カメラ(Nokia N82)がまたも起動しなくなり、写真投稿が今のところできません。。いい加減スマートフォンかなあ。

 ともあれ、2004年から現在までに2000以上のエントリを書いてきました。どこで何があるかわからないけど、とりあえずの10年を目指し、20年、30年と生涯1万エントリぐらい書けたら幸せだろうなと思います。退職した後、自由な時間が存分にできて気ままにブログを綴れたら楽しそうじゃないですか。その時はさすがにMovable Typeのバージョンも上がってると思います。きっと。


 事業者には使用する従業員の健康状態を管理する義務が法律により規定されており、年に一度の健康診断を受診させる義務を負っているとのこと。すなわち会社勤めであればその会社に健康診断受診を命じられるし、拒否しても自分自身に罰則規定はないけど、会社は罰せられるので、会社から罰則が下るかもしれない、ということ。健康診断受診拒否で懲戒処分なんて聞いたことないけれど。

 というわけで、今週の月曜日に健康診断を受診しました。さすがにいい年なので、1年に一度ぐらい自分の体を気にかけたっていいのではないかと思う。35歳過ぎたら一気に項目が増えるので今から気が滅入るのだけど。

・血圧測定が難所
 学生時代に血圧測定で再検査になるほど(わざわざ血圧測定のためだけに土曜日違うキャンパスに行かなくてはならず大変だった)、昔から血圧測定の器械が苦手で、昨年も下の血圧・脈拍が要注意の区分に入っていた。そして今年も、いざ血圧測定に臨んだところ、やはりというか何というかひどい数値が出てしまい、結果確認の係にこれは再測定してと言われると思ったら、まさかのそのまま通過。脈なんて130超えてるし、もう異常値確定だよ。一度ぐらい再測定してくれたっていいじゃないか。言い訳をすると、測定器に「ボタンを押すと30秒間リラックス音楽が流れます」と書いてあって、どれどれどんな音楽なんだろうと思っていたらいきなり測定が始まり慌ててしまい、異常値が出た次第。もともと少し高めなのかもしれないけど、器械じゃなくて看護師さんに測ってもらうと正常値になるので、これはもう血圧測定器アレルギーとしか言いようがない。会社のエレベーターホールに血圧測定器が設置されているので(使っている人見たことないけど)、来年に向けて練習しようと思います。

・視力が上がる
 半年前の免許更新での視力検査では、3回もやり直しをしてもらってギリギリ通過という有様だった視力。二十歳ぐらいまで余裕で両目1.5だったのだけど、PCとにらめっこの日々のおかげか、一気に急落。が、去年から遠視力と近視力の両方を測るようになり、今年この近視力が大幅UP。理由はさっぱりわからないが、両目とも1.0余裕でした。5年後の免許更新時こそ眼鏡だろうと思っていたけど、少しだけ望みが。(とは言え、ギリギリの視力での運転での危険性は認識しているつもりです。この2年以上車を運転したこともないし、またとりあえずしばらくはする予定もないが、もし車を運転する機会があり、少しでも危険を感じたら潔く眼鏡を作ります)

・身長はもう伸びない
 今年で30なのでさすがにもう身長が伸びることは期待してないけど、昨年の転記でいいですか?と尋ねられたのは、「もう身長変わらないですね」と言われているようで何だか悲しかった。まあ変わらないんだろうけどさ。ちなみにメタボ対策なのか腹囲が図られ、飲料水のCMか何かを思い出してしまい一人で気まずさを感じてました。一応基準値までは20cm以上余裕があるので、こっちはまだ気にしなくていいかな。


20110625579-001.jpgおめでとう、角松!
あと3時間を切った!


 この前仕事でメールを書いてたら、偶然"wouldn't it be"というフレーズが出てきて、もうそっからずっとビーチボーイズモード。嫌な仕事を一瞬忘れて楽しい気分になったのだけど、良く考えてみたらそう単純な話でもなかった。

 『Pet Sounds』収録のこの名曲は、歌詞が小っ恥ずかしいほどストレートだけど、それでもビーチボーイズが歌えば不思議と哀愁が感じられる。恋人との幸せな未来を想って"wouldn't it be nice"とするのではなく、よくよく考えてみると、例えば、それは決して叶わぬ境遇を歌ったものであったり、死期が近い老夫婦を連想させたりと、言葉通りに響くことはない。

 Maybe if we think and wish and hope and pray it might come true
 Baby then there wouldn't be a single thing we couldn't do
 We could be married
 And then we'd be happy

 突如転調して上記の歌詞が続くが、このthink, wish, hope, pray(想って、望んで、期待して、祈って)とandが3回も続き、しかもmaybeだしmight。そして一気にスローダウンするところが、なんとなく終わりを告げるようで物哀しい。それがwouldn't it beの意味するところで、?だったら素敵なのにね、でもそうはいかないと繋がってしまいそう。

 とか何とか色々考え、仕事どころではなくなり、手帳に殴り書きで"Wouldn't it be nice"とあったので、こうして文章にしてみた次第です。一人でああだこうだと考えてるときはかなり盛り上がってました。きっと変なテンションだったのだろうな。

 全然関係ないけど、『Pet Sounds』一体何バージョン出てるんだよ…っていうぐらい色々とあって、AmazonやHMVで検索してみると笑えます。


 本日は仕事が休み。有給休暇をとったわけではなく、何かの記念日でもないのだけど、どういうわけか休みだった。年に1、2日はこういう日があります。日々の仕事量を考えれば、休日出社して少しでも仕事を進めておきたいけれど、最近わかったことは会社にいるとろくなことがないということ。いるだけで余計な仕事がふってきたりするので、できるだけ会社にいないに越したことはない。

 そんなわけで自由な一日。と言っても、平日に休みができてもすることがないので、とりあえず髪を切ってもらいに。よく伸びるのが早いと言われ、自分でもそう思うのだけど、おそらく髪質がかなり硬いせいだろう(それは手にささるほど!)。で、切り終わった後店をでたら、おそらくプライベートなのだろうけど、ホンジャマカの石塚さんがおばちゃんに囲まれてた。「写真撮ってもらってもいいですか?」と腕をがっちり組んでるおばちゃんに、「全然いいですよー」と気さくに応えてた彼はきっといい人。

 地元に帰って昼食。飲食店は結構ある方なので食べるには困らない。今日は、今まで行きそびれていた大阪王将に行ってみた。餃子に炒飯のセット(に唐揚げ付き)。一時期王将ブームがあって、その最中でのオープンだったので(王将違いだけど)割と期待していたものの、味は至って普通でした。餃子も言うほどじゃないな。そして唐揚げは唐揚げじゃないのが許せない。これだったらバーミヤンの方が良いかと思います。

 家に帰ってフラッシュフォワードを2話見て、家の掃除。最近掃除機は2回かけます。昔、名前は忘れてしまったけど女優さんが掃除機で取れたゴミを見るのが好きとテレビで語っていたけど、その気持ちよくわかる。我が家の掃除機は紙パックではなくてティッシュをフィルタがわりに使うタイプなので、毎回ティッシュを交換するため、吸い取ったゴミを否が応でも見ることになるのです。生活してるだけで、ここまでのほこりが出るというのが驚き。

 さて、今週末は多分仕事でなくて、来週末の角松30周年まで犬のように働こうと思います。HARD WORK FOR QUARTER OF WATER.(ハワイの道端に書かれていた名言)


 実家を出て3年が経とうとしている。今住んでいるところからは、「帰省」なんて言葉は決して使えないほどの距離にあるので、たまに寄ったりすることもある一方、長くても半日滞在することはない。そんな実家なのだけど、今日、正直の事実を知った。部屋を弟に取られた。

 理由は、まだ実家にいる弟の部屋のエアコンが壊れたため、新たに買い直すのだったら、全然使われていない僕の部屋を使えば良いという親の思慮に欠ける考えから。収納庫に置きっぱなしにしてた荷物はすべて取り出され、今は弟の使っていた部屋に置かれているらしい。母の誕生日が近いので食事でもどうかと電話したら以上の事後報告をされ、呆然自失となり、結局食事どころではなくなったのは言うまでもない。

 家を出るときは別に感慨深いものもなかったし、自分の部屋がどうとか、そんなことを考えたことすらなかった。でも不思議と今、実家に帰っても、もう自分の部屋はないんだと思うと、何だか悲しくてやるせなくてたまらない。中学に入るタイミングで引越し、初めて自分の部屋というものが与えられ(それまでは弟と同じ子供部屋だった)、それから15年近く使ってきた部屋。特に暇な学生時代は多くの時間を自分の部屋で過ごした、思い出のたっぷりつまった部屋。

 その部屋がもう自分のものではない。この事実は、仕方ないんだと思う一方で(そもそも実家は両親のものだし)、やはり簡単に割り切れるものでもない。もし実家に泊まるようなことがあったらどうするんだと抗議したら、使ってない和室で寝ればいいじゃないと一言。全然わかっていない。家を出る時に全然寂しくなかったのは、実家が手の届く範囲にあって、僕の部屋もそこにあって、そこは変わらないままだと知っていたからだ。

 これは完全なる僕のわがままだけど、その変わらないはずの実家が変わってしまうというのは、非常に大きなこと。いっそのこと実家が売却されるのであれば諦めもつくが、エアコンが壊れたという理由なだけで、安易に思い出の部屋を取られたことに納得ができない。和室で寝ろと言われたって、自分が15年住んでいた家に帰って客人みたいな扱いされたくないですよ。僕の部屋のエアコンだって、もうすぐ10年経つ(一度買い換えた)。これが壊れたら一体どうするつもりなんだ。

 ひとつ交渉したのは、もし弟が家を出て行くときは、部屋を元に戻して欲しいということ。親の性格からして実現されなさそうだけど(どうせもう使わないのだから、今更そんなことする必要ないだろうと言うだろう)、自分の部屋が元にもどらないうちは実家に帰りたくないとすら考えている。きっと帰るたびに、ああ自分の部屋はもうないんだと思うだろうから。それほどまでに大切な場所。これは実家を出て初めて気づいたこと。


 tweetというのは、基本的にTwitter上でのみ、つぶやくという意味をもつらしい(つぶやく=ツイートする)。ならば普通に「つぶやく」というのは英語で何と言うかというと、mutterもしくはmurmurとのこと(ALCより)。どちらも発音してみると口ごもる感じがして、いかにもつぶやくといった感じでなるほどと思った次第です。実際のところはわからないけれど。

 というわけで、いつも持ち歩いているノートに書かれていた、ツイッターでつぶやく程度のネタを。

・英語でコミュニケーション取るのに必要なのは英語力ではなくて会話能力
 仕事で何日か英語圏の外人さんと一緒にいたのだけど、大事なのは英語をしゃべれるかどうかではなく、見知らぬ人と打ち解けられるかどうかということを改めて痛感。外人どうこうというより、初対面の人とすぐに打ち解けられるわけない。こういうのに長けている人が、俗に言うコミュニケーション能力に優れている人なのだろう。そして言うまでもなく、それは英語能力なんかよりもずっと大切なこと(一部の職種には)。

・太陽電池は決して原発の代わりにならない
 原発問題でにわかに脚光を浴びている太陽電池。確か神奈川県知事も全家庭に太陽電池パネルを、なんてことを言ってた気がする。当たり前だけどそんなことできるならとっくにやっていたわけで、じゃあなんでやらなかったというと、原発の方が安価だし、確実に電力を確保できるし、リスクも今回の震災が起こるまでは低いとみなされていたから。もちろん今回の事態を踏まえ、安全対策を取る必要があるとは思うけど、安易に原発批判というのは良くないと個人的に思う。これまでもそして今現在も原発の恩恵に預っているわけだからね。なんか、飛行機が1機墜落したから、これからは全部陸路・海路とすべきと言ってるのと似ている気がする(そして飛行機が墜落する可能性の方が、今回の震災が発生する確率よりもはるかに高い)。

 太陽電池パネルの発電効率は未だに良くないし、多分ある周期でパネルの交換が必要になると思うし、今は国から補助金でてなんとか成り立ってるレベル。じゃあその補助金は誰が負担するかというと我々国民なわけで、いずれにしろ電気料金の値上げと太陽電池パネル敷設代として税金アップを覚悟する必要がある。しかも一番の問題は夜間や天気の悪い日は発電されない。電力会社だって、そんな不安定な電気いらないだろう。それにもし、技術的・コスト的な問題は時間が解決するとしても、オフィスビルの屋上程度だったらいいのかもしれないが、家の屋根が太陽電池パネルに覆われた家が並ぶ姿は、さぞかし異様な光景なのだろうなと思う。

・みんな綺麗事しか言わない
 病んでるな、これ。8時に家を出て23?24時に帰ってくるという生活が1週間続き、さらに土曜日も12?21時まで仕事していたとき。テレビでヨーロッパ各国の労働時間比較というのをやっていて、大体どこも1週間あたり30時間後半だったのだけれど、そんなの3日で抜くよ…。大事なことは何だろう。

・良いことなんて全部終わってしまった。早くも梅雨だし、LTCMも破綻してしまった
 天気の悪い日が続くなと思ってたら、早くも関東は梅雨入り。雨が降っているという理由だけで仕事に行きたくなくなる。でも、天気が良くても会社に行きたくないな。結局行きたくないだけだな。LTCMはLong Term Capital Managementの略で、ソロモン・ブラザーズを追われたジョン・メリウェザーが創設したファンド。もちろん、この破綻は10年以上前の話。大学教授や投資銀行の精鋭といった最高の人材を集め、ブラック・ショールズモデルを用いてオプション価格を算出し、理論値と乖離のあるものを買いまくるという戦法を基本として、栄光を極め、そして一気に転落した。その一部始終が書かれた本を今読んでいるのだけど、実に事細かに当時の様子が書かれていて面白い。


 学生の頃から、何かあると決まって鎌倉の海を見に行った。何があるわけでもないし、海を眺めたところで解決したことなんて何一つない。それでも、波の満ち干きに寄せられるかのように、僕は海に行った。そして今日も。

 駅前の本屋に行くだけのつもりだったのに、ふと海が見たくなった。切符を買わなくてもSuicaがあればどこにだって行ける。小田急線の片瀬江ノ島駅で降りた瞬間、潮の匂いに気づく。ここだけ時間の流れが止まっているかのような風景。海は、何千年、何万年前から、変わらずそこにあったのかなと思う。そして、きっといつの時代も、人は海に惹かれてきたのだろう。

 江ノ島から七里ガ浜まで歩いた。江ノ島から10分も歩けば鎌倉市。僕は昔から、鎌倉の海が好きだった。少し北に歩けば鶴岡八幡宮をはじめ、多くの歴史的神社・寺院があり、それらと海が同居していることが何だか不思議で、七里ヶ浜や由比ヶ浜に良く行った。帰りは鎌倉高校前から江ノ電に乗って。わずか1時間ぐらいだったけれど、とりあえず海に行くという目的は達成した。

 七里ヶ浜で岩に腰掛けながら気づいたことがある。それは、波の音が結構大きいということ。不快ではないけど、恋人たちが愛をささやくにはちょっと大きすぎる。そんな波の音が知らず知らずのうちに、心のモヤモヤを癒してくれているのかもしれない。


 昨日、(今さらながら)初詣に行ってきました。我が家はいつも鎌倉の鶴岡八幡宮。もちろん願いはただひとつ、世界の平和。

 地震の影に隠れてしまっているけれど、リビアは戦争状態だし、バーレーンも宗教抗争が激しくF1開幕戦が中止されてしまった。時を遡ることは無理だし、色々なことを無かったことにはできないけれど、お願いだからもう少しだけ救いを下さい。


 被災に遭われた方、何らかの被害に遭われた方、心からご冥福をお祈り申し上げます。そして命をかけて種々の復旧活動に取り組んだり、原発問題に対処してくれている、警察、消防、自衛隊、海外の救援隊、東京電力のスタッフ等の方々、本当にありがとうございます。今、僕らのこの生活は、あなた達のおかげで成り立っています。

 会社からの帰り、車のラジオから山下達郎の『希望という名の光』が流れてきた(電車が止まっていたので車通勤の人に送ってもらった)。昨年のライブで、サザンの桑田さん、ナインティナインの岡村さんに捧げ歌われた曲。今では2人とも復帰し、元気な姿を僕らに見せてくれている。

 計画停電のおかげで生活も仕事もめちゃくちゃです。会社に行っても落ち着いて仕事ができないし、電車が止まってしまい会社に行く(会社から帰る)術がなくなる。電気がないと本当に何もできない。食料の買い占めや原発問題と色々あるけれど、こうして非日常的なことが連続するのが一番堪える。

 それでも今はとりあえず生きられているし、これから暖かい布団で寝ることもできる。これだけでよしとしないとね。もしも希望という名の光が潰えていないのなら、そしてそれは決して潰えないものなのだから、ここからまた立ち上がれる。

 どうぞ忘れないで 移ろう時代の中から
 あなたを照らし続ける 希望という名の光を


 思わず目を背けたくなるような現実に、ただ虚しさを感じるばかりです。一人でも多くの人の無事と、そしてここからの復興を願ってやみません。

 僕は昨日17時前に帰宅命令が出て、歩いたら職場から3時間ぐらいかかるのだけど、幸いにも車通勤の人に送ってもらえたため、無事家に帰ることができました。妻は職場から実家まで歩いて1時間弱なので実家に一泊し、今日は職場に行ってから帰宅予定。両親は幸いにも関西に旅行中でした。

 まだまだ余震が続いてますね。ここ横浜の西端では嘘のように平和だけれど、テレビだけが嘘のような現実を映している。まず何より大事なのは、自分自身の命を守ること。もちろん守りたい大切な人がいるかもしれない。でも、厳しい言い方かもしれないしとっさの判断では冷静になれないかもしれないけど、共倒れになるのが最悪。犠牲は少しでも少ない方が望ましい。これは大前提です。

 どうか皆様と、そして皆様の大切な人たちが無事でありますように。


 3月に入って1週間が経つというのに、朝目覚めたら雪。そしてせっかくの代休が台無しになるほど寒い。おかげで、色々と素敵な計画はあったものの、リビングの炬燵から一歩も出ることなく1日が終わろうとしてます。

 それにしても3月の雪というと、これはもうマッキーの名曲そのものずばりなわけで、こんなにも美しくて切なくて、情景が浮かぶ歌があるなんてと、初めて聴いたとき自然と涙がこぼれた記憶がある。卒業ソングではあるけれど、学校と縁がなくなった今でもこの季節は思い出さずにいられない。

 すれ違ってもわからないほど変わるなら
 あてのない約束でもしがみついていたい

 90年代前半の彼の曲は本当にいい。シンセを強調した曲調と、蒼さに溢れる歌詞。

 今年もきっと、色々な別れと新たな出会いがあるのだろうな。


3月の雪/槇原敬之

 よく写ってないのでもしかしたら違うかもしれないけど、ギターは故浅野祥之のような気が。お元気ですか?


 たまたまテレビをつけたら、柳谷晃先生が出てて心底びっくりしました。まさか高校の時に数学を習った先生が情熱大陸に出るとは…!。

 僕の通っていた高校は良い意味でも悪い意味でも変わった先生が多かったけれど、柳谷さん(どういうわけか、僕らは教師のことをさん付けで呼んでいた)はその中でもトップ3に入るぐらい変わってた。担当教科は数Aだったけれど、はっきり言って数Aを教えてもらった記憶は全くない。数Aなので集合や確率が学習要領のはずだが、哲学のような話と、日常的な事象の確率の話が授業内容のほとんどだったと思う。受験勉強から解放されたばかりの15歳は、漠然と数学と哲学は深い関係があるのか、ぐらいしかわからなかった。

 その後は残念ながら柳谷さんに教わる機会がなかったのだけれど、大学のキャンパスでもたまに会うことがあって(大学でも授業をもっている)、「やあ」と不敵な笑みを浮かべながら声をかけてくれた。何百人、何千人と教え子がいるはずなのに、特にクラスで目立っていたわけでもない僕のことを覚えてくれていたことはすごく嬉しかった。

 今思えばだけれど、柳谷さんは常に物事の本質を説こうとしていたような気がする。しかも、そんなこと高校生に話してもわからないだろうという不条理を抱えながら。「人という字は文系が理系に寄りかかって生きているのを表している」とか「バカは生きていてはいけない」とか、過激な発言をしながらも、実は世界と自分の立ち位置をきちんと見極めている人なんだなと、改めて尊敬する。ちなみに後者の発言のフォローをすると、これはノブレス・オブリージュの話をしていて、人はそれぞれ能力を社会に還元することが使命なんだよ、ということをこれから未来を担う僕らに向けて言っていたのだと(僕は勝手に)解釈している。この先生に数学を教えてもらえたのは本当に幸運だったと思う。

 世の中のほとんどのことは数式で表せる。数学者しかり、物理学者しかり、経済学者しかり。数学という学問に触れる資格を手にした者は皆、とてもじゃないけど一言では説明できないことを、数式で表現しようと人生を捧げてきている。誰が言ったのか忘れてしまったけれど(あるいは柳谷さんかもしれないが)、数学的に正しいことはエレガントで美しい場合が多い。これは理系人間なら間違いなく誰しもが惹かれたこと。もちろん、僕もそのうちの一人。ロケットは数式で飛ぶし、人の行動までもが数式で表すことが可能。これにロマンを感じず、何に感じるというのだ。もちろん、番組の中でも言っていたが、その数式の根底には人間がいる。数式というのは時に冷たいものだけれど、そのことは忘れてはいけない。

 自分が今、無線通信(確率と統計の最たるもの)絡みの仕事をしているのは、もしかしたら高校時代に柳谷さんに出会ったことも関係しているのかもしれない。一見、関係がなさそうなに思えても、何がどこで繋がっているかは、パッと見ではわからない。意外と、シンプルでエレガントな数式で表すことができたりしてね。


 1つのプロジェクトが終わった。入社以来初めて自分が最初から最後まで携わった仕事であり、そして初めてプロジェクトマネージメントを行った仕事。やらなければいけないことは全部やったつもりだし、多分やらなくていいこともかなりやった。もっと効率的に進めることもできたと思う一方で、自分でなければできなかったこともいくつかあると自負している。

 今から1ヶ月前、正直に言って、このプロジェクトの成功は想像できなかった。まだ時間に余裕があるからとおざなりにしてきたことのツケを、利息込みでたっぷりと払わされたし、追い討ちをかけるかのように予想外のトラブルが続出した。打ち合わせを主催しても誰も集まらない、期日までやって欲しいと頼んだことが何一つされていない。部品の納期が間に合わない、人手が足りない、担当者が捉まらない。先が見えないことに苛立ちは積もり、何度か和が崩れかかったこともあった。

 期限まであとわずかという段階で、製品の影も形もない。誰もが心の中で、これはもう無理だよと諦めの気持ちを持っていたと思う。常に、あと1ヶ月早くこの状態だったら、というのが合言葉のように繰り返されては、何の慰めにもならないことを知り、絶望の淵に立たされていた。

 唯一の救いは、何だかんだ言っても、とにかくやれることは全部やるんだという頑なな思いを、持ち続けていたこと。結果がどうであれ最後までやり通そうという思いを、全員ではないにしろ、数多くの人が持っていた。最後の1週間は神がかり的で、もはや奇跡と言っても過言ではない。奇跡というのは、ただ指をくわえてればやってくるものではなく、全ての条件をあるべきところに整わせる過程そのものこそが奇跡なのかもしれない。

 終わりはもっと感動的なものかと思っていた。(お茶で)乾杯の挨拶をさせられた時はさすがにうるっときたけれど、全部が終わったときの充実感は呆気ないものだった。まだ自分の中に落ちてきてないだけなのかもしれないし、僕自身の問題として、そういうものなのかもしれない。それでも事実として残るのは、このプロジェクトを完遂させたということ。

 帰り道、雪がしんしんと降っていた。それは喜びも悲しみも、そしてこれまでの苦労も時間も、全てを包み込む雪だった。


 受験のシーズンですね。1日1日の結果次第で、その後の人生が大きく変わってしまうような(ややおおげさかもしれないけど)変な緊張感を持った時間の流れは、なぜか心地良さもあったことを覚えています。二度と経験したくはないけれど。

 そして今、その心地良さがない受験生気分を味わってます。早い話、良いことなんて1つもない日々。年度末と言えば多くのプロジェクトがクローズする時期でもあり、自分も例外ではない。来る日も来る日も、最後のその一瞬のために、先回りをしようとしては追いつかれ、予定外のハプニングに泣かされ、焦りと苛立ちと同居しながら、やり場のない思いを秘めながら、それでもほんの少しだけ終わったときに感じられる充実感に期待を寄せ、過ごす日々。

 でも結果はどうであれ、実はその過程もそれなりに大事なのかもしれないと、この終わり間際の時期になって感じます。終わりよければ全てよしという言葉もあるけれど、それは本当に全てが終わったときの場合であって、大体の場合において、本当に終わりなんてことはない。終わった瞬間から次の何かが始まるし、場合によっては終わるためのツケを払わされることもある。もちろん結果を残すことも大事だけど、過程を決して軽視してはならない。

 話は戻って受験。僕は合格したことも不合格だったこともあるけれど、振り返ってみれば、受験という1つの目的に向かって勉強したことは、その後の自分の人生において少なからず自信になったし、不思議と当時の勉強内容もなんとなくだけど覚えている。その後にした学校の試験勉強のことなんてほとんど覚えてないのに。だからきっと、今も同じで、1つ1つの過程が後に残るのだと思う。毎年受験生というのは、もう嫌だけど。


 その昔、就職活動中に某企業の人が「合コンは仕事を抜け出して行く。2時間ぐらいウーロン茶で我慢して、それからまた戻って仕事する」なんてことを口にしていたことを覚えている。自分も働くようになって、それなりに抱える仕事ができて、改めて思うのが、何かを仕事の忙しさで片付けるのはあまり良くないということ。

 先日、前の職場での飲み会があって、何とか時間を捻出して1時間強遅れで参加してきた。普段だったら開始時刻に間に合わないともう無理かと断念してしまうのだけど、ここのところそういうのが何度か続いたため、あまり良くないなと思い、やるべき仕事を頑張って早く終わらせて(ちょっとだけ後回しにしたけど)、久々に団欒。仕事で行けないと言えば皆が「そうか大変なんだね」と同情してくれるし、仕事面だけで考えれば非常に楽。でもそれではダメだよね。考え方は人それぞれだけど、僕にとってはそれだけでは生きている意味がない。

 それにしてもこの前の職場、チームが解散して1年以上経つというのに、定期的にどこからともなく声がかかり、そして各方面に散った人が集まる(そして驚異的な参加率)。本当に居心地が良い、今では奇跡のようなチーム。入社してここに配属されたのは、これまでの人生において数ある幸運なことの中でも群を抜いていると思う。この中にいると、ついさっきまで同じ職場で仕事をしてきて、その後ちょっと飲みにきたかのような錯覚に陥る。色々な立場の人の色々な(オフレコの)話を聞けるのは、とても刺激的。

 今の職場ではそれなり楽しくやっているけど、懐かしさからか、あの頃は良かったなと思い出すことがあるのも事実。でも、もし前の職場に戻れる話がきたとしても、二つ返事で戻るかどうかはまた別の話。やっぱりこの年にして、全然違う立場から事業を見られることは本当にいい経験だと思う。一応今のところでやりたいことがあるし、それなりに考えているキャリアパスもある。何にしても選択しができるのは良いこと。

 いつの間にか大人になって
 次の場所に駆けてくだけで
 心休めて空を 綺麗と言えない
 時が僕に教えてくれたことは
 忙しさに負けちゃいけない
 だから今を迎えて あなたにありがとう
 未来飛行/徳永英明(YouTube


20110101521.jpg あけましておめでとうございます。経験的に、奇数の年(すなわち今年)は何かしら大きなこと、大体においてよろしくないことが起こるので、ある程度は仕方ないとして、せめて1年を無事に過ごせればいいなと思います。皆様にとっても良い年でありますように。

 写真の商品券は、先月突如として送られてきたもの。もはやエントリーしたことすら忘れていたのだけど、平和な土曜日に郵便書留がきたので何だろうなと開けてみると、ソフトバンクから5万円分の商品券!飛び上がるほど驚き、そして歓喜!!

 たしか抽選で100名とかだったと思うけど、ソフトバンクの契約数(2400万強)のうち例えば1%が申し込んだとしたら24万、当選確率0.04%というところ。まあ、純粋な抽選が行われているわけではなくて、過去の当選者は弾かれたり、もしかしたら使用年数(もしくは使用額)に応じた係数みたいなものを加味しているのかもしれないけど。とにかく、5万円というと僕の携帯利用料金1年分以上になるわけで、1年分の利用料をキャッシュバックしてもらった気分。

 12月にこんなラッキーなことが起こってしまうと、今年あったはずの運を使いきってしまった気がして怖い。せめて、今年の終わりに、散々な1年だったと思うようなことにはならないよう、どこかの誰かにお願いしたいところです。

 ちなみにこの商品券はJCB発行のもので、大手百貨店を始めとして様々な場所で使えるので非常に勝手がいい。悩みに悩んだあげく、決めた使い道は、「母にプレゼント」。

 正直言うと、かなりの葛藤があった。テレビやPC、時計、欲しいものはいつにつきないので、5万円という臨時収入はとても大きい。ただし、よく考えてみれば緊急性を要するものは特にないし、何度か実際に店舗に足を運んだこともあるものの、今ひとつ決定打がなく先送りとなっている状態であり、それで今の生活に不自由なことがあるかと言われればない。考えてみれば贅沢な話でもある。5万円は惜しいが、将来のことを置いておけば、今はDINKS生活なのでささやかな余裕ぐらいならあるので、別に出そうと思えばすぐに出せる金額。

 そんな自由気ままな生活を送っていると、たまに思い出すのが母の存在。専業主婦なので、父の目を気にしてか、自分のためにお金を使っているところをほとんど見たことがない。5万円で何が買えるのかはわからないけれど、女性が何歳になっても好きだという服なりバッグなり、自分のために使ってもらえたら、それに勝る喜びはない。

Profile

take(take@blue-jam.com)
1981年12月23日生まれ
横浜市の端に在住
音楽と夏と海をこよなく愛してます。
強く、やさしく、フェアに

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