2008年10月16日

良くないこと

 社会人になって痛感してるのが、好不調の波がはっきりとあるのだということ。良いことがあるときは割と立て続けに起こるし、嫌なことも驚くほど連続して起こる。

 今日はとにかく朝から仕事帰りまで良くないことだらけで、もし昼休みの、同期と過ごした和やかなひとときがなかったら、思わずホームに接近する電車に吸い寄せられてたかもしれない。それぐらいひどかった。

 社会で生きるには、誰かと生き続けるためには、思い通りにならなかったり共感できないことがたくさんある。でもそんな我慢や妥協や見ないふりをしていて、自分自身は失われてないのか、時折不安になる。それでいいのか。納得できるのか。何か大切なものを忘れてないか。決して誰にも譲れない思いと誇りは残っているのか。

 器用に生きられない。要領よく過ごせない。僕が認められないことでも、それがそこにある種の正当性を帯びて存在しているのなら、多分僕がいけないのだろう。あとは自分が変わることを選ぶのか、行動を起こすのか。色々なシステムは一見ひどく複雑で、到底太刀打ちできないように思えるけど、実はひどくシンプルなことで支配されているのだと確信している。少しの勇気で、最初の一歩さえ踏み出せれば、あとは簡単だ。だから、僕は。

 明日はもう少しマシな日になってくれたらなと思う。そして僕はそうなるんじゃないかと、割と信じている。こんな偏屈な僕だけど、この世界に一人ぐらいは賛同者がいるかもしれない。だから今日もこうして生きている。

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2007年01月15日

ホワイトプラン

 僕の記憶が正しければ、明日からソフトバンクのホワイトプランなるものが開始される(記憶が正しくなかったらごめんなさい)。

 MNP対策のゴールドプランが何だか複雑怪奇だったので、今回の料金プランは「通話のみ」なら実にシンプル。

・1時から21時までソフトバンク同士の通話およびメール(SMS,MMS)送受信無料
・上記時間帯以外、および他社携帯・固定へは30秒21円
・月額980円

 パケット通信が絡んでくると面倒なことになるので省略するけど、これは魅力的だなあ。学生さんにとっては願ったりかなったりのプランじゃないだろうか。色々したらそれなりの金額になるけど、ポイントは携帯を持つために必要な最低金額がこれだけに抑えられること。僕も2台目として考えてしまうかも・・・。NOKIAのN73が欲しい今日この頃。「想像力に、翼を」。なんて格好良いコピーなんだろう。

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2006年11月25日

危機管理能力0のアンパンマン

 かつてアンパンマンについて書いたことがあるけれど、再度。あと1ヶ月で24歳ともお別れなので、その前に語っておきたいと思います。四捨五入して30になる男がアンパンマンを語るのもどうかと思うので(別に24だから良いという根拠は全くないのだけど)。

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2006年07月05日

The best is yet to come

 何かの壁にぶつかったとき、自分に言い聞かせる言葉がある。

 「お前はこんなもんじゃないだろう?まだまだやれるだろう?」

 そうやって、ずっと必死になって答えを見つけてきた。見つけ出そうとしてきた。どうにもならないことだってたくさんある。その先に何があるかなんて、壁を登ってみないとわからない。それでも、あくまでも自分自身の力を、未来を、信じている。自分で自分を信じられなくなったら、それで終わりだと思うから。

cutslikeknife.jpgCuts Like a Knife/Bryan Adams

時がこんなに早く流れるなんておかしいよね
まだまだこれからだって言うのにね
これで終わりなんて嘘だろう?
まだまだこれからだって言うのにね
<The Best Was Yet To Come>

marooned.jpgMAROONED/LARRY LEE

最高の瞬間はまだまだこれからだよ
この言葉が本当だって
君は知っているだろう?
<The Best Is Yet To Come>

 デビッド・サンボーンのサックスが絶品。

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2006年03月22日

旅バトン

nzroadb.jpg

 素敵な写真が満載のONE VISONのLOTUSさんから、旅バトンが回ってきました。ありがとうございます。

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2006年03月03日

修士2年

 本当にあっという間だった。

 就職活動はこの上なく辛かった。でもやっぱり、何度思い返しても、あれは僕にとって大切な経験だったのだと思う。もしかしたら何かを認めたくないからそう思いこんでいるだけなのかもしれないけど、一応、僕なりに時を過ごし、1つの選択肢を選んだ。

 研究室に居づらくなったのもこの年。僕を含めて、皆それぞれが勝手な事情を抱えている。トップが機能を果たさない。当然、組織は崩壊する。そういう状況を黙って見続けてきた。見てみないふりはできず、泥沼にはまりこんでいった。おそらく、自ら求めて。

 その後も状況が好転することはなくて、僕は不安を残したまま、研究室を去ることになる。かすかな希望さえないあの場所で、皆一体どういう時間を過ごしていくのだろう。そればかりが気になる。

 でも1つだけわかったこと。それは僕を見ていてくれた人が、どこかにいたのだということ。それは本当に嬉しかった。久々に人の温かさを感じた。

 そして自ら求めて、ある人と大きな約束をした。その約束は絶対に守るし、果たしてみせる。これからの人生をかけて。

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2006年03月02日

修士1年

 前期は授業が忙しかったことしか覚えてない。でも忙しかったけど、すごく楽しかった。学部の頃とは段違いだった。僕が求めていたのはこういうものだったんだなと、大学院で初めてわかった。

 ただし夏ごろから、前年の負のエネルギーで動き続けた反動が出てきた。今まで先のことを考えているつもりで実は全然考えていないことに気づいた。過去にこだわりすぎたのかもしれない。僕はあまりにも無力だった。

 でもそんなに悪いことばかりじゃなかった。むしろすごくいい1年だった。

 この年の秋は、今までの人生の中で一番素敵だったと思う。あのとき目にした風景、聴いていた音楽はいつまでも忘れたくない。いつか色褪せるとしても、たとえ一欠片でもこの胸の中に残しておきたい。それぐらい素敵だった秋。

 もうあんな時間は二度とないだろうなと思う。でも、それはそんなに寂しいことではないのかもしれない。多分。

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2006年03月01日

大学4年

 夢を失った年、なのかもしれない。

 かつて書いたように、僕はゴールデンウィークの連休後、宮古で潜って減圧症になり、沖縄本島で1ヶ月強入院した。医者に「ダイビングはもうするな」と、ドクターストップをかけられた。

 それまでずっとずっと、どこまで本気だったのか今では曖昧にしか捉えることができないけれど、それでも真剣に、僕はダイビングのインストラクターになることを考えていた。もしイントラになれなくても、例えば海の近くで暮らすことを夢見ていた。海さえあれば生きていけるような気がした。どんな困難がやってきても、一緒にいる覚悟を決めたつもりだった。

 甘かったのかもしれない。海が僕を拒んだのかもしれない。僕の居場所はここじゃないよと、十分すぎるぐらいな形で教えてくれたのかもしれない。夢はもろくも砕け散った。

 そんな喪失感を抱え、時はあっという間に流れ去った。もう何も残ってないんだな、なんていう思いとともに、言わば負のエネルギーで、卒論に取り組み続けた。きっとあのときが、研究面において僕のピークだったのだと思う。

 春に宮古に行った。僕の居場所は、まだあった。

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2006年02月28日

大学3年

 海に戻った。2年前にインストラクターをしてくれた人が突如メールをくれて、何度かやり取りをしているうちに、また潜ってみたいなという気持ちが芽生えた。

 2年ぶりに潜った海は、初めて潜ったときよりもずっとずっと素敵だった。ダイビングという行為を心から楽しめた。今までに経験したことのない、心の安らぎ。それは本当に心地よいもので、そこから離れてしまうことを体が拒んだ。

 そして何が正しくて何が間違っているのかがわからなくなった。自分が築き上げてきたものが、否定はされていないけれど、まるでそんなもの最初からなかったかのように思え、どうしようもない気持ちでいっぱいになった。帰りの飛行機で、元の世界に帰るのが嫌で自然と涙がこぼれた。

 ずっと答えを求め続けた。その答えは海にあって欲しかった。

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2006年02月27日

大学2年

 何もなかったような年のような気もするし、実は大切なことを見失っていた年のような気もする。

 授業なんてどうでも良かった。授業に出て、アルバイトをこなし、たまに友人や当時付き合っていた人と遊んだり。当たり前のような毎日が、実はとても幸せな日々なんだということに気づくのは、残念ながらずっと後のことだった。

 徐々に歯車が狂いだした。それはあまりにも自然だったので、狂いだしたことすら気づかなかった。そして目が覚めたときには手遅れ。僕には何も残ってなかった。

 こんなことを言ってもしょうがないけど、もしも大学4年間のどれかをやり直せるとしたら、この1年をやり直したい。今ならば、あの時自分は何を選べば良かったのかということがわかる。たとえそれによって、今のこの自分がなくなったとしても、その後悔よりは、この年の後悔の方が大きいだろうと思う。

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2006年02月26日

大学1年

 大学生活で最も楽しかったのは、大学1年の最初の2,3ヶ月だったと思う。授業なんか全然聴かないで、本ばかり読んでいた。理工学部の授業は大変だと高校時代に脅され続けていたけれど、はっきり言って全然たいしたことなかった。勉強面については、4年間特に苦労することもなく、自分のペースをつかめていたと思う。

 楽しい日々はすぐに終わりを告げ、夏頃から孤独と向き合うようになった。表面的なつきあいが嫌だったのだと思う。僕にしてみれば、誰もが孤独に対する不安を隠すかのように道化師を演じていた。中に入ってしまえば感覚が麻痺するが、一歩外に出て眺めてみると、いかにそれが滑稽かが手に取るように分かった。分かってしまったという方がいいのかもしれない。「皆でバカをやるのがかっこいい」みたいな雰囲気で包まれていたサークル。そんなの全然かっこいいとは思えなかった。

 夏休み、なんとなく沖縄の宮古島へ行った。初めての一人旅。そしてすることなんて何もなかったので、ダイビングのラインセンスを取った。それは僕の好奇心を満たすには十分なものであったし、とても素敵な体験だった。ただし、それだけだったのだろう。その後2年間、僕は海に潜ることはなかった。

 1年間が終わろうとする頃、早くも高校の同窓会があった。みんな変わってなかったのがすごく嬉しかったし、変わらなくてもいいんだと安心した。それはすぐに間違いだと気づくのだけど、僕らの間には、変わらなくていい何かがあると今でも思っている。

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2006年02月25日

高校3年

 少しずつ、高校生活が終わりに近づくにつれ、何かが変わっていったのかもしれない。

 学校の授業でも、アルバイトでも、友達と一緒にいる時でも、どことなく1つ1つが違うように感じてきた。高校生活が終わるんだということを意識していたのかな。何かしたいんだけど何もできなくて、そんな自分がひどくもどかしかった。

 大学へは受験をすることなく、推薦で進学できることが約束されていた。僕はその大学に小さい頃から何となく行きたいなと思っていたし、この高校に進学するときには、その大学に進学することを前提として考えていた。

 ちょうど携帯電話やインターネットが爆発的に普及し始めた頃。情報というものが大きく変わりつつあり、それは僕にとって大きな衝撃であった。一体この先には何があるのか、それを見守りたくて、大学では通信の勉強をしようと決意した。

 そして僕は第一志望だった学部の学科へと進学を決めた。卒業式では、これでお別れだなんていう気持ちは全然なく、皆と一緒にまた同じ大学で頑張っていくんだと感じていた。そしていつでも会えるんだって。

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2006年02月24日

高校2年

 少し中だるみがあったことは認めざるを得ない。片道2時間かかる通学がだんだん嫌になってきて、漠然と、時間が過ぎ去っていくことだけを願っていた。

 中学の時から付き合っていた子がアメリカに行ってしまった。彼女はまだ日本に帰ってきていない。今後帰ってくるのかどうかもわからない。それが僕らが別れた原因なのかどうかは知るよしもないけれど、最後、何も言葉をかけることができなかった。見て見ないフリをしたかったのかもしれないし、会わせる顔がなかっただけなのかもしれない。残念ながらもうほとんど顔を思い出すことができないし、二人でいた思い出も消えつつある。彼女も同じであればいいなと思う。

 そしてこの年、僕は角松敏生に出会った。それはあらゆる意味で僕にとって大きな意味を持つものだったと確信している。目の前に広がっている素晴らしい音楽の世界に、心からワクワクした。それで少し自分を取り戻せたのかもしれない。この時から常に、僕の生活には、そこには、音楽があった。

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2006年02月23日

高校1年

 本当のことを言えば、高校受験、僕は第一志望だった高校に落ちたのだけど、第二志望より下の4校は受かった。戦績で言うと4勝2敗。第一志望と言っても、その一番の理由は家から近いからという理由だったから、特別その高校でなければいけないということではなかった。そして、第二志望だった高校へと進学した。

 願書をもらいに行ったとき、この並木道を歩けたらなと思っていた。その並木道を実際に歩いて校舎に向かえるというのはやはり嬉しかった。通学には家から2時間たっぷりかかったけれど、僕は、自分で選んだ、つかみ取った選択肢に満足していたのだと思う。

 あらゆる意味で、高校生というのは、僕の青春時代そのものだった。当時はそんな実感全然なかったが、今はそう思う。

 色々なことが一気に過ぎ去っていた1年間。あまりの速さに自分の立ち位置を見失いかけたけれど、それまで自分が蓄積してきたことが通用するところが少しあって、ギリギリ踏みとどまれていた。ここは中学の延長ではないんだなということだけはわかっているつもりだった。そういうのが良かったのかもしれない。

 目の前のことに割と必死で、でも、それはそれで充実していたし、怖いものなんてほとんどなかった。色々なことが輝いていた。

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2005年12月31日

Thanks 2005 from blue jam

 今年は100を優に超える数多くのコメントをいただき、数人の人からはメールまでいただきました。心から嬉しく思います。そうやって何らかのレスポンスをしてもらえると、月並みだけど「ブログを書いてて良かった」なんて感じたりします。ひそかに読んでくれている方も、どれだけいるのかわかりませんが(いないかもしれないけど)、ありがとうございます。僕としては読んでもらえているだけで十分です。

 たまに過去の記事を読み返したりするのだけど、やっぱり下手な文章だよなと思います。自分で読んでて恥ずかしいのもあるし、全然納得がいかない。じゃあなんでそんな文章を公開しているのかと言われれば、答えに窮するのですが、皆さんが読んでくれているから、としか言いようがありません(ちょっと矛盾してますが)。
 読んでくれている人がいるのだから、それに応えるのが義務だろうと、今年のある時から義務感みたいなものを感じるようになりました。でもそれは僕にとって決して窮屈なものなんかではなく、「読んでくれてありがとう」という感謝の気持ちがベースにある嬉しいものです。毎日楽しみながら、このブログを書いてます。

 来年は僕もいよいよ社会人に、一介の大学院生から、メーカーの研究者になり、新たな生活が始まっていきます。これからも読んでくれている人に楽しんでもらえるよう、価値を与えられるよう、少しずつ頑張っていきたいと思ってますので、もしよかったら、来年もよろしくお願いします。

 1年間本当にありがとうございました。良いお年をお迎え下さい。

2005.12.31 K.Takeda

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Selection 2005

 今年の現時点までの総エントリー数は675。塵も積もれば山となるとは本当で、いつの間にこんなに・・・という感じです。その中から関連性のあるもの、僕にとって大きかった出来事(の一部)をまとめました。
 本当は加筆・修正でもできるといいのだけど(すごくしたい)、そんなことしてると年明けに間に合わないので、何もしてません。というか、ほとんど自分のためです。もしよかったら、僕と一緒に2005年を振り返ってみて下さい。

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2005年11月20日

受け入れなければいけないこととか

 人は、自分が受け入れたくないと思うようなこと、そしてそれが明らかに正しいと思われることに出会ったとき、一体どのような行動をとるのだろうか。なかったことにする、目を背ける、反発する、諦めてありのままを受け入れる・・・。いずれにしろそれは難しいこと。そんな文章に出会ってしまった。困ったな。

 それが論理的説得力をもつもので、反論の余地がなく、また歴史が正しいと証明していたとしたら。まだそこまでの判断はできないのだけど、考えれば考えるほど正当性を帯びてくる気がする。もしそうであれば、受け入れられない僕は単なる愚か者、あるいは綺麗事しか言わない理想主義者ということにでもなるのだろうか。

 僕がその文章に対し「いや、そうじゃないんだ」と言いたいのであれば、僕自身が実際にそれは違うと証明してみせるしかないのだろうと思う。果てしなく長く厳しい戦いが始まりそうだ…。僕が勝手に意識しているだけなのだけどね。まあ人には譲れないものの1つや2つぐらいあってもいいじゃないですか。
 いつまで僕がその信念を持ち続けられるか。変わらないでいられるか。さあ始まり始まり。人生ってこんなことばかりだね、しかし。

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2005年11月12日

Cathay Pacificアメニティ

 2005年のエアライン・オブ・ザ・イヤーに輝いたSKYTRAX社実施)というキャセイパシフィック航空。このSKYTRAX社のWebサイトによれば、キャセイパシフィックの評価は当然5つ星、その他5つ星の航空会社はマレーシア航空、カタール航空、シンガポール航空のみ(日本のJAL、ANAは共に4つ星評価)。

 僕はこの夏ヨーロッパに行ったとき、成田から香港、香港からロンドン(復路は逆)とこのキャセイパシフィックに乗ったのだけど、正直に言ってそこまで良いという感想は抱かなかった。はっきり言ってBritish Airways(4つ星)の方がずっと良かったし、ニューヨークに行ったときに乗ったコンチネンタル(3つ星)と同等ぐらいだと感じた。もしかしたらこれは飛行機の機体のせいなのかもしれないけど。でも、サービスもそこまで良かったとは思えないな…。香港で搭乗するとき意味不明な英語で問いただされたのは正直不快だった。

 ともあれ、部屋にキャセイパシフィックのアメニティが転がっていたので、それを紹介します。

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2005年11月06日

今までありがとうございました。そしてこれからも

 先日はBlogPeopleの「今日のラッキーサイト」に選ばれ(そしてModern Syntaxで紹介してもらえ)、たくさんのアクセスを頂きました。ありがとうございました。
 ちょうど何となくアクセスログでもとってみるかと思い設定したところだったので、どこから飛んできたのか一目瞭然だったのですが、とんでもない状態でした。間違いなくblue jam開始以来の盛況ぶりだったと思います。

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2005年11月02日

Make one

makeone1.jpg 僕の就職活動に決定的な影響を与えた1冊を紹介したい。リクルートから送られてきた1冊の冊子。この冊子を読み、心がいっぱいになった。涙が溢れてきた。そして、エンジニアになることを決意した。

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2005年09月30日

2003年減圧症入院記part.13

 最後。無事退院して、沖縄から東京まで船で帰った。2泊3日!特別な事情がない限り二度と乗りたくない。時は金なり。
 ちなみにこの後、世田谷区にある自衛隊中央病院という病院の医師を紹介してもらったので、しばらくそこに通い続けた。治療らしい治療はなかったけれど(ビタミンB12を処方されたぐらい)、帰ってきた頃に比べたら症状はずっと良くなった。今はもう全然何ともないです。

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2005年09月29日

2003年減圧症入院記 part.12

 退院日が決定。100%完治じゃないのに退院ってどうなんだろうと思ったのだけど、さすがに帰りたいという思いも強かった。野球放送で横浜スタジアムとかが映る度に、自分の街が恋しくなってた。

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2005年09月28日

2003年減圧症入院記 part.11

 入院1ヶ月。単調な毎日だったので、それほど長いとは感じていなかったと思う。たしかにやることがなくて暇を持て余していたのだけど、何もすることがない(できない)時間というのは僕にとって凄く大事な時間になった。もちろん今思えば、という話です。

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2005年09月27日

2003年減圧症入院記 part.10

 そろそろ終盤。たしかこのあたりに退院の話が出たと思う。そして人間関係の大切さが身に染みた。何にも代え難い財産だよね、きっと。

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2005年09月26日

2003年減圧症入院記 part.9

 退院の話が見え隠れ。あまり他人をイニシャル表示で表記することなんてないのに、あえてそうするとは・・・そういうことです。

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2005年09月25日

2003年減圧症入院記 part.8

 ちょっとネガティブ。先も見えないし、症状も回復しない。開き直るしかなかったのだろうな。

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2005年09月24日

2003年減圧症入院記 part.7

 脳梗塞とかさらりと凄い言葉が出てきてます。本当に何もなくて良かったと思う。治療も何もされないのに病院にいなければいけないというのは、精神的に辛いです。

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2005年09月23日

2003年減圧症入院記 part.6

 うまくいけば早くも退院という話だったが、うまくいかなかったので退院延期。このこと自体はショックだったけど、実はこれはこれで悪くなかった。その話はこの後の展開で少しわかるのではないかと。

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2005年09月22日

2003年減圧症入院記 part.5

 入院生活は退屈との闘いでもある。午前に治療を受ける以外、何もすることがない。それでも1日,1日が過ぎ去っていくわけで、なんだかどうしようもない気分でいたことを記憶している。

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2005年09月21日

2003年減圧症入院記 part.4

 ようやく歩けるように。でもちょっと足を引きずりながらだったかな。親にノートパソコンを持ってきてもらったのもこの時。すなわち今までの日記はこのあたりでまとめて書いたもの。偶然NTT DoCoMoのPHSの定額サービス@Freedに加入していたのに本当に救われた。

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2005年09月20日

2003年減圧症入院記 part.3

 ようやく回復の兆し。でも、今考えると相当やばかったなと思うのだけど、親が買ってきてくれた雑誌とか全然頭に入らなかった。文字を読む(認識する)ことはできるものの、それが文章として理解できない。
 ただ、不思議と当時は自分が一生このままとか、直らないとか、そんなことは全く考えなかった。その辺のポジティブさが良い方向に働いたのかもしれない。一応あらかじめ言っておくと、今は全く問題ないです。

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2005年09月19日

2003年減圧症入院記 part.2

 そんなわけで沖縄の病院に1ヶ月以上も入院することになったのだけど、凄くついていたこともあった。何より大きいのが、小浜先生という潜水医学(?)では非常に有名な医師に診てもらえたということ。偶然宮古のチャンバーが壊れていて良かった。この先生でなければ、僕は今頃普通に歩けなかったかもしれないし、まともな思考をすることもできなかったかもしれない。1つの可能性としてだけど。とにかく不幸中の幸いというか、非常に幸運だった。
 そしてもう1つ・・・それは後々わかります。

 ちなみに、当然ながらこの頃の日記は後日思い出しながら書いていったものです。右半身が麻痺していたのだから、キーボードなんて打てるわけがない。

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2005年09月18日

2003年減圧症入院記 part.1

減圧症:水中など高圧環境で作業する者が水上や地上に急に戻ったとき、血液に溶け込んだ窒素が気泡化して起こるガス塞栓症。関節痛・筋肉痛、皮下の小出血、運動知覚障害などが現れる。ケーソン病。潜水病。(大辞林より)

 2003年5月、宮古島でダイビングを楽しんでいるときに減圧症になりました。治療のため1ヶ月強沖縄本島の病院に入院。その時に書いていた日記を公開します。

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2005年09月07日

Dedicated to the memories of summer, 2001