
もう帰国して2週間が経つけど、あの太陽の輝きと、空の青さと、海の蒼さ(そして食事のマズさ)は良かった。何より、とんでもなくゆったりとした時間が素敵だった。
忘れかけられた風景と、ちょっとしたこぼれ話。
・世界対応ケータイに注意
今回、初めて海外でも携帯を使った。昔はそんなもんいるかよと思っていたのだけど、あったらあったで悪くない。機種はNOKIA N73なので写真をパシャパシャ撮っていたし、目覚ましとしても使ったし、外見的にも手にとって持ち出したくなる端末。いくつかのメールを送信したし、受信したし、アメリカ内での通話も行った。
それは最終日、全てのパッキングを終え、8時ホテルピックアップに備え6時に目覚ましをセットして寝たときのこと。あれは多分、午前3時ぐらいだったと思う。突然の着信。誰だよと思って携帯を見るも、国際電話番号が表示されているだけで、誰からなのかはサッパリわからない。何だかこりゃ大変なことなのかもしれないと思いながら、おそるおそる出てみると、「もしもしタケちゃーん?」と非常に気の抜けた声。
明らかに飲み屋にいて、酔っぱらってるそいつは、「オレが誰だかわかる?」「え?わかんない?」「ほら中学の時の」「バスケ部の、サ・・・だよ」とか、こっちの事情お構いなしに(当然だけど)喋りまくる。あまりにも僕が眠たい反応をするので、「もしかして寝てた?早くね?」と言うのだけど、当然だよ、こっちは午前の3時だ。が、そこで今海外にいるんだよとか事情を説明する気力もなく、もう一刻も早く電話を切りたい気持ちで、適当にあしらって再度眠りについたのでした。しかも話は本当に他愛もないことで、それでも僕には着信料の1分150円が課金される。心の底から、寝る前に電源を切らなかったことを後悔した。
海外に行ったときは、寝る前に携帯の電源を切っておくことをオススメします。

・クレジットカードの限度額
よく海外旅行に行くから、カード会社に連絡して限度額を上げてもらう、なんていう話があるじゃないですか。あれって結構重要なのかもしれません。というか、初めてくクレジットカードの限度額システムを知りました。今まで完全に勘違いしてました。
僕は現在、カードの利用料金から自動的に1%引かれるという、なかなか素晴らしいカードをメインで使っていて、今回の旅費も2人分(それなりの額)このカードでまとめて決済していた。1%とは言え、侮ることなかれ。例えば20万円で2000円引き。あまり縁はないけど、絶対に値引きがされないようなブランドショップで定価価格で買っても、せめてもの1%引き。それはアメリカで使っても同じことで、1%の割引はちょっとした為替差額を吸収してくれるから気分として凄くいい。ちなみにこのカード会社はそのカードを利用した日時のレートが適用されるみたいで、これはリスク分散という観点から素晴らしいと思う。詳しくは知らないけど、カード決済日のレートで全部計算されるところもあるらしく、それはちょっと怖い。
で、旅行最終日、ついにこのカードが使えなくなってしまった。確かに4月は旅行代金以外にもかなり利用していたので、ギリギリになるのかなという意識はあった。でも月が変われば、5月になれば限度額はリセットされるのだと勘違いしてた。そうではなくて、カード会社に対しての支払総額が限度額なんですね。仮にカードの限度額が30万で、4月に20万使ったら、その4月分の引き落としが行われるまで限度額は10万になる。そうとは知らず、お店でいきなり「このカードは使えない」とか言われてしまうと、何だか自分が犯罪者になった気分がするし、不正利用でもされたのか?と動揺してしまう。まあ幸いにも、僕にとってかなり限度額の大きいカードも持っていたので事なきことを得たのだけど。
5月まるまるこのカードで1円も使えないのはちょっと問題なので、日本に帰ってカード会社に連絡して、急きょ指定口座にお金を振り込み利用可能額を増やしてもらった。別に延滞しているわけでも何でもないのに、カード利用者として失格の烙印を押されたような気分。最初から限度額を増やしてもらってたら良かったのかもしれない(その場合も、希望増額分を振り込めと言われるのかもしれないけど)。
・また近いうちに・・・
僕は今までハワイのことを誤解してた。10歳の時に行ったときのイメージに、テレビのシーンから推測される勝手なイメージが加わり、ハワイなんて日本の一部と言っても過言ではないだろう、とすら思ってた(過言すぎる)。
ハワイは立派なアメリカだった。世界中から観光客が集まる南国で、空と海が綺麗で、車は右側通行、通貨はドル、公用語は英語の、歴としたアメリカだった。行く前は滞在中日本語オンリーでいけるんじゃないの?とか思ってたけど、実際に行ってみたら日本語を話したのはノースショア半日ツアーと、DFS店内ぐらい。良いものは良い、悪いものは悪い。何のしがらみもなく、自然淘汰され、残るべきものだけが残る。NYと比べたら少し弱いけど、それでも資本主義国の世界代表、アメリカ。
何が良いって気候が良い。湿度が高くないから暑くても全然不快じゃないし、ジリジリとした陽射しはいつだって僕をワクワクさせてくれる。歩いているだけで気持ちいい。海も日本みたいに下品じゃなくて、大げさなものでもなくて、ごく自然にすぐ側にあるもの。それは自分にとって大切な人のような存在で、どんなときも振り向けばそこにいてくれる。何もかも全部受け止めてくれるんだ、いつだってね。
とびっきりのことは期待できないかもしれないけど、手の届く範囲内でのことなら、大体望み通りのものを与えてくれる。今のところ僕にとって理想的な楽園。ただその場にいるだけで、青空を見上げているだけで、幸せな気分にさせてくれる。こんな場所ちょっと思いつかない。
できればまた、そう遠くないうちにもう一度行って、またあてもなくだらだらのんびりして、マズいご飯食べて、ハワイの良いところと悪いところを僕なりに見ることができたらなと思います。

5日目&帰るだけの6日目。5泊7日という日程が、平均的なハワイ旅行と比べて長いのか短いのか僕にはわからない。着いて間もない頃はちょっと長いだろうと思ったし、帰る前日はもう少しゆっくりしたかったなと思った。きっとそれは、1週間だろうが、1ヶ月だろうが、同じなのだろう。そして、またいつかこの地に戻ってきたいなとも思った。経験的に言って、そう思えたということは、良い旅行だったということ。きっとね。
・さよならワイキキ、さよならアラモアナ
最終日だろうが何だろうが、初めからこの旅行では「のんびりする」ことが目的であり、この日もやっぱり朝ゆっくり目に起きて、ワイキキまでぶらぶら。ちなみに、近くにイリカイホテルというのがあって、その前にトロリー乗り場があるのだけど、10分に1本走っているという割には全然来ないので、結局ワイキキ市街までは滞在中ほとんど徒歩。20分ぐらいかな。この日は天気が良くて気持ちよかった。最終日ということで、これまで封印してきた買い物に少し付き合ったり。あと前日食べて美味しかったMondo Gelatoに再び。朝からアイス。ハワイで一番美味しかったのがここのジェラートです。最後だからワイキキビーチで少しだけ遊んだ。

(ワイキキビーチ, NOKIA N73)
お昼ご飯は観光客でいっぱいのThe Cheesecake Factory。日本のCheese Cake Factoryとは関係がないようです(紛らわしい)。とにかく量が多いことが有名で、僕らはチキン入りのサラダを頼んだのだけど、2人で1皿の半分ぐらいしか食べられず。(サラダ好きの)成人男性3人前というところです。味はそれなり。一緒に頼んだチーズケーキは当然食べられるはずもなくテイクアウトにしてもらい、サラダもボックスに入れるか?と聞いてきてくれたので包んでもらった。
午後もワイキキをぶらぶらし、こんないい天気の日に海に入らなければもったいない!と思い、昨日と同じくアラモアナ・ビーチ。実は茣蓙を昨日捨ててしまったのだけど、タオルを敷けば何とかなるだろうと思いやってみたら何とかなった。砂が全然べとつかないので、払えばパラパラ落ちてくれるのです。日本でやったら大変なことになる。海は穏やかで、静かで、少し冷たくて、気持ちよかった。ちょっと寂しかった。
(ワイキキビーチ, Nikon S8)

(アラモアナビーチ, Nikon S8)

(アラモアナビーチ, NOKIA N73)

(ホテル前のヨットハーバー, Nikon S8)

(サンセット, Nikon S8)
夕ご飯は、再度ワイキキ。最終日になって初めて、ホテルからワイキキ市街までシャトルバスが出ているということに気づく。楽チン。まずはお買い物。そしてご飯はcalifornia pizza kitchenに。なぜ日本にもごろごろしてるこのピザ屋に行ったかというと、道を歩いてたら10%クーポンをくれたから。サラダがホテルの冷蔵庫にあるのでテイクアウト。やたら混んでて、店員さんが忙しそうで、ピザ1枚買うのに30分ぐらいかかった。お釣りを35セントごまかされそうになったので抗議した(勝った)。再度ホテルのシャトルバスにピザを持って乗り、少し冷めたピザを部屋で食べました。味はsbarroで食べた方が良かったかな…。チーズケーキは結構美味しかった。NYチーズケーキっぽい濃厚さはあるが、そこまでしつこくもない。が、濃厚な類のチーズケーキならDexee Dinerの方が僕は好きです。
帰りのパッキングは大変だった。

(ホテルの窓から, Nikon S8)
・帰国
朝8時ホテルピックアップ。行きは大型バスだったので同じような車両をロビーで待っていたら、実は6人乗りぐらいのバンで全然わからなかった。空港手続きは特に問題なく。と言いたいところだけど、実際には荷物がオーバーチャージとなり(僕は余裕で大丈夫だったけど)、重量を減らすために抜いたジャムの瓶が手荷物検査で引っかかり、再度荷物を預けようとしたら割れ物はダメだと言われ、でも箱を探してきてくれて何とか。ノースウエストの職員さんサンキューソーマッチ。
おそらく気流の関係なのだろう、フライト時間は行きよりも長い8時間弱。帰るときは3人がけシートでも2人のみというよくあるパターンで、非常に快適だった。飛行機が結構揺れたため、最後に出るはずだったそばが食べられなかった。ノースウエストが出すおそばを食べてみたかったのだけど残念。吉田修一の本を1冊読了。
帰りの成田はガラガラで(入国審査、税関)、GW中だというのに今までで一番順調に進んでくれた。タイミング良く成田エクスプレスがあったのでそれに乗って我が横浜へ。やっぱりエコノミーシートの後は、成田エクスプレスのシートが広く感じられた。
のんびりできた良い旅行でした。

(ノースウエストNW9, Nikon S8)
さすがにすることがなさ過ぎなので、この日はノースショアツアーに参加。どこでも良かったのだけど、何となくサーファーの聖地に行ってみたくなったので。あと海に入った。それは、僕にとっては大きな大きな出来事だった。
・ノースショアツアー
急きょ、前日に申し込んだノースショアツアー。1人35ドル。日本人ドライバー、ツアー客も当然日本人という、オールジャパンツアー。英語でも良かったのだけど、持っていたチラシが日本語のみなのだからしょうがない。
朝8時半ホテルピックアップで、まずは日立の撮影に使われたこの木何の木を見る。が、これは高速道路上に車を停めるというアクロバティックなことをするため、ものの3分ぐらい。ちなみにあのCMの背景は合成で、しかもこの木がある土地を所有しているオーナーが亡くなったか手放したのか忘れてしまったけど、とにかく存続のピンチらしい。ドライバー兼ガイドさんがこんなネタを道中色々と話してくれるので楽しかった。
続きましてDole。パイナップル畑。面白いところは特になし。とんでもなく広い迷路が敷地内にあり、パイナップル畑もあり、お土産屋があり、あとパイナップルが酸っぱい場合は塩をかけると甘くなるらしい。スイカのノリですな。特に何も買わず、トイレ休憩。

そしてノースショアのハレイワタウン。道一本の両脇に少し店があるだけなのだけど、いい感じの街でした。街を抜けたところにビーチ。あいにくの天気だったけれど、人もほとんどいない、静かで穏やかな海でした。

(ハレイワ・ビーチパーク, Nikon S8)
ここから食べ処ツアー。まずは有名なエビのから揚げ。「ジョヴァンニ」という落書きだらけのワゴン車で売っている、エビのから揚げが、ガイドブックにも載っていて有名なのだけど、今はこの店は味が落ちてしまい、その隣にある「ホノス」というところの方が美味しいとのこと(ガイドさん情報)。で、そのお店に連れていかれたので、しょうがないので食す。

ライバル関係にあるジョヴァンニとホノスのはずなのに、驚くほど両店は近く(同じ敷地内に泊めてある)、メニューもほぼ同じで、値段も同じで、落書きだらけのワゴンも同じ。実は同一オーナーなんじゃないだろうか。すかいらーくとガストみたいな感じで。

こちらが名物エビのから揚げ、というかガーリック炒め。皮ごとパリパリ食べられるのだけど、正直2,3本で十分。そこまで言うほどおいしくない。
ガイドさんがペンを借りてくれたので、僕もテーブルに落書きしてきました。

この後、ハレイワ・マーケットプレイスというショッピングセンターに車を停め2時間の自由行動。目指すはかき氷で有名なマツモトシェーブアイス。エビ屋と同じく、一時期同じような店がどんどん並んだのだけど、すぐに淘汰され、オリジナルのみが今なお繁盛しまくっているらしい。

レインボーカラーです…。下に小豆が入ってて2ドル25セント。ど派手な色だけど、着色料は一切なし。なんたって、この青色がパイナップル味だからね。かき氷自体は非常に滑らかだけど、残念ながらシロップが全然おいしくない。はっきり言ってどの色も同じ味がした。1/3ぐらい残した。
あとは有名なSurf-n-Seaに。15%引きのクーポンをもらっていたので、自分へのお土産用のTシャツを購入。会社に着ていったら怒られるだろうか…。
その後は海を見ながらのんびりと。あと個人的にはどうでも良かったのだけど、ウミガメがよく見られるビーチに連れていってくれました。無事ウミガメを見られました。

予定よりも1時間ぐらい早く帰れることになったため、Leonard'sという有名なお菓子屋さんに寄ってくれた。こういうサービスは嬉しい。ワイキキから徒歩40分ぐらいの距離にあるところで、まず自分達で来ようとは思えない。

名物マラサダ。別名あげぱん。この中にカスタードクリームが入ってたり、シナモンがまぶしてあったりする。2つで1ドル70セント。安い。日本でお店を出したら流行ると誰もが口を揃えていたが、この値段だったら確かにいけそうな気もするが、例えば1つ150円出して食べたいかと言われればそうでもない。別にそこまで美味しくない。かなり甘い。
このツアーに参加し、やはりハワイに美味しいものはないのだと確信。ガイドさんが「うまいうまい」を連発していた食べ物は、全然おいしいと思えなかった。僕の舌が変なだけなのかもしれないけど。
ともあれ、値段の割には結構充実した楽しいツアーでした。15時にはホテル。毎年ハワイに来てて、ついにはヒルトン・ビレッジ内に建設されてるコンドミニアムを買ってしまったという年配のご夫妻とも知り合いになれた(工事の進捗具合を見に来たらしい)。また来年会いましょうと言われた。
・アラモアナビーチ
この日はあいにくの曇りだったのだけど、ツアーから帰った途端晴れてきたので、近くのアラモアナビーチへ。本当に久々。海に入ること自体ダイビング以来だし、純粋にビーチで泳ぐなんて小学生以来(のはず)。

(アラモアナ・ビーチ・パーク, Nikon S8)
このアラモアナビーチは、ワイキキビーチとは打って変わって、静かで穏やかで、すごく良かった。2日前にABCストアで買った茣蓙をようやく活用。久々に入った海は・・・冷たい。寒い。足をつけるだけで精一杯。すぐさま退散。でもせっかくここまで来たし気合いを入れて・・・寒い、無理、太陽が欲しい・・・いやいや水に入ってしまえばそのうち慣れるはず・・・いやいや冷たすぎ・・・なんてことを繰り返しながら、最後は肩までつかることに成功。入り江になっているので波がほとんどなく、浅瀬をパシャパシャ泳いでました。顔はつけられませんでした。でも気持ちよかった。
海に入るのは宮古での事故以来。本当のことを言うと、海が少し怖かったのだと思う。入れて、良かった。

(ワイキキ方面, Nikon S8)
ワイキキ周辺は高層ビルだらけ。右に見えるピンクっぽい2つのタワーが宿泊したハワイ・プリンスで、泊ったのは右側のタワー。9Fの一番安い区分だったけど、まずまずの眺望だった(〜9F、10F以上、20F以上で値段が変わるみたい)。
その後アラモアナセンターに行き、ドラッグストアでお土産類を大量買いし、やはりサブウェイを買ってホテルに。2人分で6ドル28セントのディナーはどうかと思う。日本から持っていったおせんべいとかをかじったり(在庫処分)。醤油のゴマせんべいは海外旅行必携です。
«続きを隠す3日目、この日が終わった後、ハワイはもういいかな、満喫したかなと感じた。ちなみに体調はハワイに着いてからすっかり良くなってしまい、日本での不調が嘘のように元気な毎日を過ごしてました。やはり僕には南国の気候が合っているのだろうと思った(誰だってそうなのかもしれない)。
・一人でお留守番
この日はイルカと泳ごうツアー。が、僕がそんなのに参加するわけもなく、一人ホテルでお留守番。イルカならニュージーランドで見たし、どうせイルカとなんて泳げるわけがないし、海に入っていつ来るかもわからないイルカを待つというのも何だか微妙。正直な話、イルカと出会えても別に嬉しくない。ってなわけで、朝5時40分に迎えの人に「よろしくお願いします」と頼み、僕は再びベッドでぐっすり。
目が覚めたのが10時半。なんか外に出る気にもなれず、フルーツをかじりながら、何度も同じ内容が繰り返される日本のテレビ番組(ニュース)を見てた。同じニュースを2回3回見るというのはとんでもない苦痛だった。アメリカのローカル番組は全く面白くなかった。ホテルのプールにでも行けば良かったのかもしれない。

(ワイキキビーチ, Nikon S8)
・ワイキキ散策その3
午後も特にすることがないので、とりあえずワイキキをお散歩。ハワイにはアメリカから日本に帰るときに寄ったことがあって(小5の夏)、その時の記憶はほとんどないのだけど、なんとなくこの辺かなという勘だけがあった。まあワイキキもかなり変わっただろうからね。ワイキキ・ビーチウォーク、ロイヤル・ハワイアン・ショッピングセンター、インターナショナル・マーケットプレイス、ワイキキ・ショッピング・プラザ・・・とショッピングセンターだらけ。アップルストアなど色々工事中の建物もあって、まだまだ中心街は変わっていきそうです。
でもやっぱりワイキキのビーチはいい。人工ビーチだし、至る所で人が寝そべっているし、砂浜がほとんどない場所も多い。作られた感満載。ベタベタの観光ビーチ。でもいい。泳ぐ気にもなれないような海だけど、気持ちいい。雰囲気なのかな。理路整然としているというか、必要条件を全て満たしているというか。
・MONDO GELATO
ハワイに限らず、アメリカは食事がマズい。日本は食事が美味しい。程度の差こそあれ、これは間違いないと思う。
そんな中、ハワイで一番美味しかったのが、"MONDO GELATO"というジェラート屋さんの"Stracciatella"というジェラート。要はチョコチップなのだけど、バニラが甘さ控えめで、さっぱりしていて美味しかった。カナダが本店らしいけど、ぜひとも日本に出店して頂きたい。
ダブルで6ドルぐらいだったかな。でもこのボリューム(下はキウイ)。大満足。
・命の恩人からのメール、コーヒー探し
海外でも携帯が使えるとは言うものの、そもそも普段だってほとんど携帯を使う機会がないというのに、海外で使うはずもない。が、宮古で僕を救ってくれたダイビングショップのインストラクターの人から、たまたま、アドレス変更メールが届いた。こういうメールって、一斉送信なことが多いから、ほとんどがすごく事務的な文面だけれど、彼女はちょっとした近況報告も交えた僕宛ての変更メールを送ってくれた。
ってことで、通信料を気にすることもなく、今ハワイにいるんですと返信してみたら(彼女はハワイに数え切れないほど行ってる)、こっちから送信するのに1通100円かかるというのに色々と話が弾んでしまい、お土産にハワイアンヘーゼルナッツ味のコーヒーを買っていくことになった。
このコーヒーなのだけど、ハワイと言えばコナコーヒー。で、安いので良いというので10%コナコーヒーでヘーゼルナッツフレーバーを探してみたのだけど、全然ない。結局、唯一見つけることのできた100%コナコーヒー専門店で購入。会社と家用にも1パックずつ購入。1パック17ドルの高級品。
ちなみに、通常レベルのお土産ならば、ABCストア等で買うよりもドラッグストアやドン・キホーテで買うと安いようです。

・アメリカで美味しい食事
繰り返しになるけど、アメリカは食事がマズい。これだけだと語弊があるので、補足しておくと、中途半端な額だとほぼ間違いなくマズい。1食100ドルぐらいかければ美味しいでしょう。あとハワイにまで来て食べる価値があるのかどうかはわからないけど、寿司とか焼き肉とかしゃぶしゃぶとか。
そんな中、僕が唯一オススメできるのがピザ(とサンドウィッチ)。ジャンクフードの代表格とは言え、アメリカ人にとっては国民的主食。僕がアメリカで通ってた現地の小学校では、みんな冷凍ピザを銀紙に包んで持ってきていた。冷めていようがお構いなし。で、このピザなのだけど、日本のピザはピザにあらず。デリバリーなんて最悪で、イタリア料理店の出すピザも、ほとんどが美味しくない。でもアメリカはピザが美味しい。本当に。
ということでこの日の夕食は、アラモアナ・センターのフードコートでピザ。チーズとトマトソースが違うのだろうね。sbarroの、作り置きのピザを温めただけだったけど、それでも美味しい。あと、どういうわけかハワイに着いてからずっとベトナム料理のフォーが食べたくて、ベトナム料理屋に行くことも考えたのだけど面倒なので結局行かなくて、その代わり、同じフードコートにあったタイ料理屋の似たような牛肉スープを注文したら、全然違うもので心底がっかりしたのでした。
アラモアナ・センターは、敷地を出るまでに15分ぐらいかかるから困る。そこからさらに10分ぐらい歩くとホテル。
«続きを隠す2日目。早くもすることがなくなる。でもそれでいい。あくまでもバカンス。
・AIRPLAY!
朝はゆっくり10時ホテル出発。一人でワイキキビーチをぶらぶらする。ここぞとばかりにAIRPLAYを大音量で聴いたらすっごく気持ちよかった。トミー・ファンダーバークのハイトーンボイスはこういうシーンでこそ完璧。ポーカロのグルーヴがハマりすぎてて涙すら出てくる。ジェイ・グレイドン、デビッド・フォスター、トミー・ファンダーバーグ、そしてジェフ・ポーカロ、マイク・ベアード、スティーブ・ルカサー、デビッド・ハンゲイト、レイ・パーカーJr.、ジェリー・ヘイ、ゲイリー・グラント、ビル・チャンプリン、トム・ケリーらが作り上げた、史上最高傑作のAOR。
景色が音楽を彩って、音楽が景色を作る。

(ワイキキビーチ, NOKIA N73)
・カピオラニ公園
昼食はこれぞアメリカ的な、Teddy's Bigger Burgerでハンバーガーセット。ハンバーガーの大きさもさることながら(一番小さいのでも食べきれなかった)、特筆すべきはドリンクの大きさ。一番小さいサイズでも日本のL以上ある。どうでもいいけど、ハワイではスプライトの代わりにシエラ・ミストというのが市民権を得てた(ペプシ社のスプライトだろう)。ポテトがちょっとおいしかったかな。これらをテイクアウトして、カピオラニ公園前のビーチで食べました。
で、ビーチでくつろいだ後、ポケットに入れておいたはずのトロリーのフリーパス券がないことに気づく。ツアーデスクに行ったら再発行してくれるのかもしれないけど、そこまで行くのも徒歩30分以上かかる。こりゃ困ったぞと心当たりを探してみると、Teddy's Bigger Burgerの店内に落ちてた。財布を出したときに落としたらしい。海外にいるときは小銭や小額紙幣はそのままポケットに突っ込むのだけど、トロリーカードは財布に入れるようにしました。
トロリーでホテル近くまで行き、近くのABCストアでお買い物。ホノルルのいたるところにあるこのABCストアは、店舗によってそれぞれ特色があって面白かったです。ビーチマット(海を眺めてたら海に入りたくなった)や水、朝食用のフルーツなどを購入。ちなみにあっちではビーチマットとして茣蓙が売られており、一人用の大きさで1.69ドルという安さなのだけど、多くの人がこの茣蓙を使ってた。ちょっと感動。

(ワイキキビーチ, Nikon S8)
・世界対応ケータイ
ソフトバンク(旧ボーダフォン)は、昔から世界で使える携帯として売ってきた。そのうたい文句どおり、当然かもしれないけど、ハワイでも問題なく使えました。今まではそんな海外で携帯なんて使うかよと思っていたのだけど、今回はそれなりに活躍。持って行った携帯はNOKIA N73(705NK)。初日、空港に着いた後電源を入れてみたら自動的にT-Mobileに接続され感動。ワイキキ周辺ではAT&Tのときもあり、もう1つの端末ではCingular(多分AT&Tの3G)で繋がったこともあった。
メールの先行受信は国内同様無料というのが嬉しい。が、ハワイの場合事業者によらずメール送信は100円から(10Kバイトまで)。公衆電話を使えば市内は50セントでかけ放題というのに対し、国内通話は1分125円。日本へは140円。どういうわけか着信料が一番高くて1分150円(国外から着信した場合に払う)。結構高い気がするが、海外ローミング機種をレンタルするよりはずっと安い(する必要もないのだけど)。ちなみに海外で日本の携帯同士で通話すると、発信者は日本にかけたことになるため日本までの通話料金がかかり、着信者は日本発の国際電話扱いとなり着信量がかかるというのが僕の理解。携帯で通話すると1分275円かかる…。

この日も早くにホテルに戻り、僕は疲れててベッドでゴロゴロしてたのだけど、一緒に行った人がアラモアナ・センターに行きたいというので、お互い携帯で連絡がとれることを確認して一人で行ってもらった。英語が全然ダメなので心配だったけれど、まあ携帯があればなんとかなるだろうと(過信は良くないけど)。ついでに夕食を買ってきてくれるよう頼んだら、どういうわけか焼きそばを買ってきてくれた…。中華っぽいものではなく、かつおぶしが上にかかっている完全に日本の焼きそば。無事帰ってきてくれたので何も言いませんでした。あとホテルのロビー隣で売ってるサラダ。食事は安上がり。
«続きを隠すGWにハワイ。あまりに王道すぎるこの選択肢。以前の僕だったら絶対ないだろうけど、疲れているのか、何かに吹っ切れたのか、行ってきましたホノルル5泊7日。ダラダラ綴ろうと思います。
・ハワイに行こう
社会人になってからこれまで、2年以上ほとんどどこにも行ってなかったので(去年のGWは東京に2泊した)、今年こそはどこかに行くかと思って調べ始めたのが事の発端。今回のGWは、夏休みより長い10連休という恵まれた大型連休となり、もちろんそれなりに値段は上がるのだろうけど、このチャンスを逃したら今年はもう行けない。で、調べてみたら、思いの外ハワイが安い。7日間でも10万ぐらい。最初はベタベタなハワイというのに抵抗があって、アジア諸島なんかも調べてたんだけど、圧倒的にハワイが安かった。どうして安かったのかは僕にもわからない。
ともあれ、20万以上を覚悟してた僕にとって、この予想外の安さが決め手となったのは間違いなく、少しホテルのグレードを上げたのだけど、旅行代金は飛行機とホテルで12万強(サーチャージ含まず)。GWに海外旅行だなんて初めてだけど、沖縄だって1週間行ったら同じぐらいするだろうから、どうせならハワイでゆっくりしてこようと。観光ではなくてバカンス。ちなみに今回会社の旅行代理店経由で手続きをしたのでさらに安くなり、成田エクスプレスも破格で乗ることができました。こういう小さなところも、意外と大事なのだろう。
・NEX37号、NW10便
ちなみに僕はこの2日前ぐらいから少し体調を崩しており、出発当日も37度4分ぐらいの微熱があるという状態だった。どうすることもないので、気分が優れないまま15:19発の成田エクスプレス37号に乗車。ヨーロッパから帰ってきたときに初めて乗ったときは感動したけど、実はそんなに広くない。これなら新幹線のぞみの方がいいんじゃないかと思った。17時に成田に到着、ツアー会社に航空券をもらいに行き、搭乗手続き。最近は国際線もEチケットなんですね。飛行機はロゴが格好良いノースウエスト、20:40成田発。
GWは成田が人でごった返すという印象しかなかったのだけど、第1ターミナルの北ウィングは実質ノースウエスト専用になってたからか、めちゃくちゃ空いてて、あっという間に出国審査まで終わってしまった。多分全部で20分ぐらい。搭乗開始時刻の19:45まで2時間以上時間が余った。コンビニで買ったおにぎりを食べたり。
機種は最悪のボーイング747。やっぱり狭いんですよ、ジャンボは。キャセイパシフィックで散々な目に遭って以来、ジャンボ恐怖症です。ちなみにこの1本後のノースウエストはエアバスのA330だったと思うので、こっちの方がずっといいはず(両サイドの座席が全て2シート)。飛行機指定なしのパックなので、文句を言う資格もないのですが。それはともかくとして、機内が寒すぎて参った。たまに季節感のない外人を見かけるけど、あれに合わせた感じ。パーカー&上着を着込んで何とかしのいだ。ハワイにウインドブレーカーが必要だなんて誰も思わないだろう。とんでもなく乾燥してるし。機内食はひどかった。キャビンアテンダントもひどかった(機内食のサービスは寝ててもお構いなし)。良いところなんて1つもなかった。隣の席の中国人はサイバーショットでパシャパシャ空の写真を撮り続けていた。
・ハワイ到着
ハワイまでは6時間半ぐらい。こんなに近いだなんて知らなかったよ。予定より20分ぐらい早く出発し、予定より30分ぐらい早く到着。現地時間8時、日本時間午前3時。時差は日本時間+5時間(-1日)・・・。飛行機の中で30分ぐらいしか寝られなかった僕は必死に眠さと、英語と戦っており、入国審査で「ハワイ何回目ですか?」と思いっきり日本語で尋ねられ、「ニーカイメー」と変な日本語で答えたのでした。これまた非常に順調に進み、送迎なしプランなのに、団体専用出口から出され(キャリーケースに旅行会社のタグを付けてたのがいけなかった)、すぐさまそこから逃げようとする僕を見て現地のツアー会社の人に「こっちに並んで下さい!」と怒鳴られ、「送迎なしです!」と怒鳴り返す始末。
今回ツアー会社のオプションにあった、空港ホテル間の送迎はなし。これで-3000円。この送迎というのが結構ひどくて、ホテルまで行ってくれない。ワイキキDFSからは各自移動。帰りも同じく。そんなのに3000円も払うなら、現地でシャトルバスなりタクシーなり利用した方がずっとマシなのです(DFSからホテルまで荷物もって歩いたら30分ぐらいかかる)。というわけで、エアポートシャトルを利用。往復価格で15ドル。もちろんホテルまで行ってくれるし、ピックアップもホテル。これを送迎と呼ぶ。
シャトルバスが9時発だったので空港を出てから20分ぐらい待ったけど、ホテルには9時半到着。チェックインは12時からと書いてあったものの、名前を告げるとルームキーをくれた。ちなみに今回宿泊したのはハワイ・プリンス・ホテル・ワイキキ。思いっきり日系ホテルだったけど、会話は全部英語だった。まあ日本語を話せば、日本語で何とかなるのだろう。部屋からは前のマリーナ越しに海が見えるオーシャンビュー。ワイキキビーチが見たい!テラスが欲しい!とか色々あるのかもしれないが、これはこれで良かった。エレベーターに近い部屋なのでちょっと音が気になったけど、それぐらいかな。ちなみにこのホテルはワイキキから徒歩20分ぐらいのところに位置しており、中心部からはちょっとだけ離れてます。その代わり、アラモアナビーチとショッピングセンターがすぐ。この2つが今回大活躍。

(部屋の窓からアラモアナビーチ方面, NOKIA N73)
・ワイキキ散策
ホテルで2時間ほど寝た後(寝なければ死ぬ)、まずはヒルトン・ビレッジへ。ここに現地のツアーデスクがあり、到着したら来て下さいとのこと。が、さすが世界のヒルトン。僕はてっきりホテルが1つあって、その中にツアーデスクがあるのかと思っていたのだけど、名前の通り「村」。ホテル本体がどこにあるのかわからないほどごちゃごちゃ色々な建物が並び、場所をよく確かめずに出かけたため、2時間ほどさまようことになった。ヒルトンビレッジ内のDFS店員に尋ね、ツーリスト・インフォメーションで尋ね、ホテルのインフォメーションで尋ね、ようやく発見。わざわざ来させた割にたいしたことはなく、せいぜいDFSの入場券をもらったぐらい。でも感じのいい人でした。
昼食はサブウェイ。これがめちゃくちゃ美味しかった。日本のサブウェイはサブウェイにあらず。サンドウィッチはあの適当さがいい。その後、ワイキキビーチをぶらぶらと。で、日曜のカラカウア通りは最悪で、日本人と見るや否や色々な人が寄ってくる。勝手に腕や肩に鳥を乗せてきて写真撮れとか言い出す人がいれば(これで金を取るのだろう)、ボランティアを名乗り金をせびろうとする人もたくさん。で、悔しいことに、疲れ果ててた僕は見事に2ドルとられた。「スマイルないとダメねー」とか言いながら近寄ってきて、変なシールを渡され、色々聞かれ、名前とどこから来たか書いてくれと紙を渡され、ついでに寄付金額を書く欄があった(お腹を空かした子供にあげるらしい)。みんな10ドルとか20ドルとか書いてあったけど、多分適当に書いてるのだろうな…。なんか日本人カモにされましたリストができ上がっていて情けなかった。シールは捨ててきた。
ワイキキビーチを見て疲れた体と沈んだ気分を癒し、ワイキキ・トロリーに乗ってアラモアナ・ショッピングセンターに。今回旅行会社からトロリー乗り放題のカードをもらっていたので、本来なら1回2ドルのこのトロリーを滞在中うまく活用しました。ちなみにJTB専用のは乗れない(どこを走っているのかはわからないけど、こっちの方が本数は多い)。

(ワイキキビーチ, NOKIA N73)
アメリカのショッピングセンターはでかい。最近は日本もショッピングモールが増えているけど、余裕でその10倍ぐらいある。駐車場も一体どこからどこまでなのかわからないほど大きいし、何よりも無料(日本も見習って欲しい)。ここをぶらぶらした後、カリフォルニアロールとサラダを購入してホテルに帰りました。ちなみに割り箸も買った(20膳で69セント)。会員制のスーパーみたいな店で、会員になれば安いのだけど、そうでないとそこまででもない。
23時には就寝。
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5/2-5/4
Tokyo International Forum, COTTON CLUB
Marunouchi Bldg&Shin-Marunouchi Bldg, TOKIA
Marunouchi, Ginza, Shiodome, Gaien, Aoyama, Shibuya, Hotel New Otani
Thanks to great music, and blue sky (and also NOKIA N73).
«続きを隠すクライストチャーチ3日目、海洋編です。やっぱり僕は海の近くにいくと元気になります。
・カイコウラでホエールウォッチング
一緒に行った友人がどうしてもクジラ見たい!クジラ見たい!とうるさかったので、バスに揺られること3時間、カイコウラという場所までホエールウォッチングに行きました。往復の交通費&ホエールウォッチングの代金を計算するとツアーとほとんど変わらなかったので、今回もやはりバスツアーで。そういうわけでニュージーランドではGreat Sights社のツアーに3回お世話になりました。料金は3回で4万ちょっとぐらい。どれも自力で行くのとそんなに変わらなかったと思います(レンタカーを借りてとかだとまた別かもしれないけど)。
さて。カイコウラ。

この街はホエールウォッチングだけで成り立っているのではないか?と思えるほど小さな街で、海沿いの数百メートルに店が少し並んでいるだけ。お昼は名物フィッシュ&チップス(4ドル)を買って海辺で食べました。とんでもなくしょっぱかったです。

ホエールウォッチングの店と駅が繋がっていた。電車はたしかに1日に3便ぐらい。ゆったりと電車での移動も、それはそれで面白そう。

定員50名ぐらいの大きめのボートに乗ってマッコウクジラを見にいくのだけど、見られるかどうかは当然運次第。高確率で見られるから商売として成り立っているのだろうけど、無事見られました。一頭目。

二頭目。ざぶーん。海面でしばし過ごしたあと、潜水していくのだとか。

帰りはイルカが見られたよ。ダスキードルフィン。ちなみにイルカと泳ごうツアーなんてのもあります。とてもじゃないけど海に入れるような気温ではなかったけど…(でも入っている人いました)。

ボートにわらわらと寄ってきます。2,30頭ぐらいはいた気がする。

飛び跳ねてるのわかりますか?誰も頼んでもいないのに勝手に芸をしてくれます。サービス精神旺盛です。
帰りのボートの中では、捕鯨する国が未だにあるんだよということで日本もやり玉に挙げられ、なんかどうもなあという感じでした。ある一部分だけ取りあげて非難するのはフェアじゃない気がする。

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あとは帰り道、オットセイが見られる海岸があって、そこに寄ってくれました。

かわいい。

のーん。

寝てしまいました。

・・・。この無防備さがたまりません。気ままに生活しているところを僕ら人間がのぞかせてもらっているだけだからね。
そんなわけで、天候にも恵まれ、クライストチャーチも無事楽しくすごせました。これでもうメインのネタはほとんど尽きたので、あとは細かい点など、何かあったら少し書きたいと思います。
«続きを隠す長らくお待たせいたしました。大きめの写真でお楽しみ下さい。
・アオラキ/マウント・クック
バスに揺られること約6時間・・・標高3754m、ニュージーランド最高峰のマウントクックを見てきました。降水日数149日という不安定な気象のため全景を見るには運が必要とのことだけど、運が良かったのだろう、ばっちりでした。
マウント・クックという名は、航海者キャプテンクックにちなんだもの。アオラキとはマオリ語で"雲を突き抜ける山"の意。石になってしまったアオラキという伝説の少年からきているとか。

途中に寄ったテカポ湖。"ミルキーブルー"の水はすごく綺麗。湖畔には教会があり、日本人カップルもここで結婚式を挙げることが多いのだとか。

こちらはプカキ湖。水の色はより"ミルキー"だった。そして湖の向こうに見える勇姿がマウント・クック。いやはや雲を突き抜けてますな。

サザンアルプス。アオラキ/マウント・クック国立公園の中。だんだん近づいてきます。

近づくほどにその全景がよく見られなくなるのだけど、ものすごい景色でした。

アップ。
クライストチャーチから往復に費やした時間およそ半日。ふもとには約1時間ほどしかいられなかったものの、それでもわざわざ見に来たかいがあったなと思います。この壮大な自然こそ、僕のイメージ通りのニュージーランド。
ちなみにこの日は本当に天気がよくて、夜は念願の南十字星が見られました。
«続きを隠すニュージーランド北島のオークランドから、飛行機で南島のクライストチャーチに移動。航空会社はカンガルーマークのカンタス航空。ちなみに向こうの発音はクォンタス。quantityみたいな感じで。
・クライストチャーチ
どことなくイギリスの片田舎を思わせる、素晴らしい街だった。華に囲まれて、教会があって、トラムが走っている。まさに僕のイメージしていたニュージーランドの街。

滞在したScenic Circle Cotswold Hotel。街の中心部から15分ほど歩くけど、そのかわり夜はすごく静か。3部屋もあって(ベッドルームが2部屋)、しかもベッドはダブルベッド!超快適でした。久々の安眠生活。

宿から街に向かう途中に、突如として時計台。
街の中心にある教会。この前に広場があって、そこでぼんやりと時間を潰すことが多かった。周りは日本語が通じるお土産屋さん&日本料理屋が多数・・・。
ちなみに、お土産はオークランドよりもこっちの方が割安なので、品揃えの観点で比較すると負けると思うけど、代表的なお土産はクライストチャーチの方が安く入手できます。あとやっぱりこの街も日本人の留学生らしき人が多かった。

広場でチェスをやっていたよ。

パックンセーブというスーパーマーケットで水・食料などの買い出しをしました。街中には24時間ストアがいくつかあるのだけど、やはりこういうところの方が断然安い。ノーブランドの1.5リットルペットボトルは95セント(80円弱)!それはそれでどうかと思うけど。

クライストチャーチ、20時26分。沈まないねえ。オークランドよりもさらに日が長いのです。
いよいよ次回はこの旅行のハイライト!
«続きを隠すニュージーランド旅行記、オークランド編。ニュージーランド2日目と3日目、旅行全体で言うと3日目と4日目になります。
・2日目−ツチボタルを見にいく
オークランドそのものに見所はほとんどなくて、港町の風情を味わいたいならばそれはそれでいいのだけど、ニュージーランドの大自然を満喫するためには少し郊外に出ることが必要。そういうわけで今回、日本からGreat Sight社のバスツアーの予約をいくつかしていきました。
到着した翌日は鍾乳洞にいるツチボタルを見るため、ワイトモ・ケーブへ。7時20分ロビー集合とかだったかな、眠い眠い(日本時間だと3時20分)。オークランドからバスに揺られること3時間強。途中の景色も雄大でよかった。バスドライバーが色々と喋ってくれて、最初は面白おかしく聞いていたのだけど、そんな風にずっとペチャクチャ話しているものだから寝るに寝られなく、最後の方はかなり苛立つことに…。寝かせて下さいよ。安眠プリーズ。
そして鍾乳洞見学ツアーに参加(ここはツアーのみ)。ガイドに連れられ、ゾロゾロと鍾乳洞を歩く。よくもまあこんなの発見したようなというぐらい深く広がっている洞窟で、今まで何度か鍾乳洞を見たことはあったけど、間違いなくこれが一番すごかった。
ツチボタルは蚊に似た2枚羽の昆虫の幼虫で、いわゆるホタルとは違うらしい。幼虫は透明な糸みたいな巣を作り、獲物がそれに引っかかるのを待っているとか。この様子を見られたのだけど、ずらーっと垂れ下がった透明な糸が並ぶ光景は、グロテスクではあるものの、神秘的と言わざるを得なかった。
最後に、いよいよボートに乗って鍾乳洞の天井で発光しているツチボタルを見る。が、これは正直たいしたことなかった…。蛍光塗料の塗ってあるシールがあるじゃないですか。あれをちぎって天井にペタペタと貼ってある感じ(台無し)。

(ツチボタルが生息する洞窟)
16時ぐらいにホテルに帰り、そのあと街をぶらつき、早くも日本料理屋に。天ぷらそばにおいなりさんが付いて10ドル。安い。味は普通。
・3日目−ランギトト島
この日はゆったり。7時半に起きて、スタバで朝食を食べた。メープル&ウォルナットスコーンにイングリッシュブレックファースト。素晴らしい朝食は5.5ドル。
フェリー乗り場に向かい、9時15分発のランギトト島行きに乗る。往復で18.4ドル。およそ40分で到着するこのランギトト島は、約600年前に噴火してできた火山島。260mの山ができているので、そこに登った。最初は軽いハイキング気分でいたものの、足場はかなり悪くてちょっとした運動に。日頃の運動不足を痛感…。

天気が良いとよかったのだけど、あいにくの曇り。頂上にたどり着くまでおよそ45分。黙ってもくもくと歩き続けたからかなりのペースだと思う。普通に登ったら1時間前後かな。頂上ではなくて、途中の休憩スペースからの写真。

結局この火山島を2時間半ぐらい歩き回り、それなりに疲れたものの、途中自然にできた洞窟などを歩けたりして面白かった。普段人工的なものに慣れすぎてしまっているというのを感じたし、自然ってこういうものなんだというのを存分に味わえました。
昼過ぎに港に戻り、お土産などを物色しつつまたオークランドの街を散策。ニュージーランドは留学生の受け入れに寛大らしくて、日本人学生らしき人がかなり目立っていた。そのせいか、おそらく日本人のアルバイト店員なんかも多く、ちょっとしたお土産屋に行くと「こんにちは」と挨拶される。日本人の顔(外見)って他のアジア諸国の人達に比べて何となく違うというのはわかるのだけど、何が違うんですかね。
街のシンボル、スカイタワー。高さ328m、東京タワーより少し低いぐらい。でもライトアップが悪趣味で、全然かっこよくなかった。中はホテルやレストラン、カジノなど。
そして驚くことに、このタワーからバンジージャンプをするというアトラクションがあるのです。192mからのジャンプで、料金は195ドル。スリルだけはすごそうだけれど、いやはや絶句。
ちなみにニュージーランドはバンジージャンプ発祥の地。スカイタワーのバンジーもそうだけれど、橋から海面に向かってとか、街中にバンジーが溢れている。挙げ句の果てには逆バンジーまで。しかも、宿泊していたホテルの前に。
そうなんです。ホテルの前に逆バンジーがあったんです…。部屋は10階だったのだけど、そんなの軽く超えて飛び上がっていく。しかも午前2時までやっているので、夜遅くまでずっと歓喜(狂気?)の声が続く。
もうね、なんで深夜にバンジー飛びたいのかと。高く飛び上がったって、周りはビルだらけだから景色が綺麗だなんてこともないし、とりあえずやめて頂きたい。不定期なキャーキャーという声が部屋まで響き、全然眠れませんでした。あと街もいつまでもガヤガヤうるさくて、オークランドでは安眠とはほど遠かった。安眠プリーズ。
・さよならオークランド
そういうわけでオークランドでの3日間はあっという間に終わり、南島のクライストチャーチに移動することになるのだけど、ここはそこまで見るところはないというのが正直なところ。普通の都市。僕はこの街を結構気に入ったのだけどね。観光気分で来てもあまり面白くないと思う。

その代わり南島はとても良くて、これぞニュージーランドという感じでした。すごい写真もいくつか出てきます(多分)。お楽しみに。
«続きを隠すニュージーランド旅行記です。1日目から2日目、ニュージーランドのオークランドに到着した日まで。今回は色々と名所を回ったわけではないので、1日単位で書くとネタがない日があるため、その辺はまとめていきたいと思います。
・成田−仁川−オークランド
今回もやはり格安航空券(ホテル付のパック)のため、コリアンエアーを使って、韓国経由でニュージーランドに。フライトスケジュールはたしかこんな感じ。
17:00成田発−19:20仁川着(時差なし)
20:20仁川発−11:30オークランド着(+4時間)
かつてソ連の領空を飛んでミサイルで撃墜されたり、北朝鮮工作員のテロで爆破されたことのある航空会社だけに、実はかなり不安だったのだけど、とりあえず大丈夫でした。フライトもほぼ定刻通りか、少し早いぐらい。良かった良かった。
成田−仁川がボーイング777で、仁川−オークランドが747。747については、前にヨーロッパに行ったときに乗ったキャセイ・パシフィックで全然いいイメージがなく、またかよ・・・と嘆き気味だったのだけど、前の座席との間が比較的ゆったりとして、悪くはなかったです。でも個人モニターなし。本を読んだり、あまり寝られなかったけど、なんとか寝ようと頑張り続けておりました。隣に座っていた中国人の女の子がノートPCでホラー映画を見始めたのにはちょっとびっくりした。「(一緒に)映画見る?」と聞かれたけど、ノーセンキュー。
機内食はまずかった。ビビンバが出たけど、これもひどかった。今まで乗った中でワーストと言っていいだろう。ただどういうわけか日本語を喋るスチュワーデスさんが多くて(韓流ブームのおかげ?)、オークランドに着くまでまったく英語を使わなかったのは楽だったと言えば楽。
・学生にやさしくない国
入国審査の後、僕はニュージーランドという国にいきなり幻滅することになった。イミグレーションでも7日間の滞在で何をするんだ?などと事細かに聞かれており、既にこの時点で何となくおかしいと感じていたのだけど、税関は荷物を1つ1つチェックされる最悪のレーンに並ばされた。これが全然進まなくて、1時間半ぐらい待ったかな。ニュージーランドに到着して2時間、早くも帰りたくなった。長時間のフライトで疲れてるし、眠いし、そこまでして入国したくねーよと。
そして僕らの番。まず入国カードの質問(持ち込み禁止のものを持っているか?など)を再度口頭でされる。ノーノーと答え続けていると、タバコはあるか?薬は?などと聞かれ、これもよくわからないのだけど、頭痛薬などを持っていたので、本来なら免税限度をオーバーしたときに書くような申告用紙に持っている旨を記入。その後取り調べ。
これがもうひどい。学校では何を学んでいるのかということから、やはり7日間で何をするのか、挙げ句の果てには、学生なのに誰がこの旅行のお金を払うのかということまで(バイトで稼いだ金だというと、勤め先まで尋ねられた)。"mind your own business"ですよ。そして持っていたカバンをあけられ、全部台の上にぶちまけられた。そして何もないことを確認し(あるわけない)、すぐに片づけろと言う。あなたが広げたのだから、あなたが詰めてくださいよ、とは言えず、しぶしぶまたリュックに衣類を詰め終えると、ついにことの真相が。
検査官からいきなり「ドラッグを持っているか?」という質問。さらには今まで使用したことは?売人と接触したことは?などと、もう名誉毀損というか人権侵害もいいところの質問のオンパレード。どうやら学生がクスリをニュージーランドに持ち込むケースが多いらしく、それで学生が狙い撃ちされていたみたい。僕らの前にも日本人学生が並んでいたし、他にも学生が多かったので気になっていたのだけど、おそらく学生というだけで、どれだけサンプルをとっているのかは知らないが、税関が厳しくなるっぽいです。まあ学生以外の人も入国時に荷物をX線に通さなければならず、ニュージーランドは入国が厳しいなという印象。
結局飛行機到着してから空港の到着ロビーに出るまで3時間。ホテルまで送ってくれる日本人ドライバー(パックに付いてた)に「新記録です」と言われた。
・港町、オークランド
そしてニュージーランド。陽射しが強い!夏だというのにそんなに暑くない!というのが第一印象かな。空港から車に乗ること1時間、3泊滞在するニュー・ホテル・プレジデントに。税関でボロボロにされたので、ホテルのやわからすぎるベッドで1時間半ぐらいうたた寝。
まだ夕方前だし、そんなことで一日を潰すわけにいかないので街を探検。オークランドは北島にある人口130万人の都市で、ニュージーランド最大。とは言ってもこぢんまりとした街で、1時間も歩けば大体のところは回れる気がする。2時間ぐらい歩いたかな。見知らぬ街を歩くのは楽しい。坂が多い港町ということでサンフランシスコに似ている気がしなくもないけど、サンフランシスコに行ったのは15年ぐらい前の話なので、全然覚えてません。オークランドの方が"港町"という感じが弱いと思う。
夕食は最初だからということでちょっと豪勢に、ホテルの近くにあるレストランで魚料理を食べる。25ドルぐらい(1ドル=約80円)。それなりにおいしかったような気もするけれど、味付けが大ざっぱで、一度食べたらもういいかなと。これ以降ニュージーランド料理を食べることはなかったのでした。
そしてニュージーランドは日が長い!下の写真を撮ったのは18時過ぎ。19時半を回るとようやく夕時、20時を少しすぎて日没という状態でした。昼間が長いと、1日がやたら長く感じます。

明日から8泊9日でニュージーランドに行ってきます。修論を書いてる合間に研究室の同期とどっか行きたいねえなんて話をし始め、とりあえず寒いところは避けよう、もう名所巡りみたいのはいいよね、なんて感じで、ほとんどノリだけで一気に決めていきました。僕はドバイやレバノンと冗談半分で候補を挙げていたものの、それは嫌だと拒絶され、最終的に意見が合ったのがニュージーランド。
例によって格安航空券なので、今回も直行便なんて贅沢はできずソウル経由。コリアンエアーってどうなんですかね。ミサイルで撃ち落とされないかどうか心配だけど、最近そういうニュースは耳にしていないので多分大丈夫でしょう。ちなみにニュージーランドは北島と南島とわかれていて、最初北の大きな都市であるオークランドで3泊し、その後南のクライストチャーチに3泊する予定です。移動で往復1泊ずつとられるので、計8泊。
一応パッキングを終えたのだけど、なんか2泊3日で国内旅行にでも行くような状態…。リュックだし。外貨用意してないし。こんなので大丈夫かな。
まあ僕は南十字星が見られれば言うことないです。あとは大自然に癒してもらうということで。最後の学生旅行(多分)、楽しんできます。
ついに完結。飛行機で日本に帰っただけなのだけど、一応最後ということで日本まで。フライトはトータル20時間強、日付をまたいだので2日分まとめてです。
・迎えが来ない・・・
朝5時過ぎにチェックアウト。5:10に空港まで連れていってくれるバスがくるはずなのだけど、全然来ない。10分経過・・・15分経過・・・5時半になっても来なかったらさすがにまずいのでフロントに戻ろうと思っていたところ、タクシーの運転手らしき人に声をかけられる。ハンガリーのタクシーはぼったくりだと聞いていたため一瞬身構えたのだけど、実はこのタクシーが頼んでおいた"バス"だった。RAILWAY BUSというから、てっきりバスのことだと思ってたよ。普通のタクシー。
しかし、滞在中ずっと気になっていたのだけど、ハンガリーの人は飛ばしまくる。はっきり言って怖い。一般道でも100キロぐらい出してたのではないだろうか。飛ばしに飛ばしてくれたおかげで、ホテルからは50分から1時間と言われていたものの、30分弱で到着。チップの相場は知らないけど、早朝だし、飛ばしてくれたし、そして何よりフォリントが余っていたので1000フォリント渡した。
・ハンガリーからヒースロー
帰りもキャセイパシフィックなため、やはりロンドン経由。ただハンガリーからロンドンまではブリティッシュエアウェイズ。チェックインをすると、荷物は香港まで届けるという。えっ・・・成田まで届けて欲しいんですけどと言うと、24時間を超してしまうからダメだと説明される。香港の乗り継ぎではあまり時間がなく、そんな時間あるのかなあと思っていたら、やっぱり成田まで届けられるとのこと。不安だったので思わず2回繰り返して確認してしまった。
3時間半のフライトは至って快適。エアバス319。搭乗前に、サンドウィッチ、マフィン、水、お菓子入りのビニール袋をもらった。紅茶が出たので、それと一緒にサンドウィッチを食べたが、すごく美味しく感じた。
機長の挨拶がめちゃくちゃ格好良かったし、ブリティッシュエアウェイズが好きになってしまったよ。またいつか乗りたい。
・ロンドンから香港
ロンドンの空はすごかった。そしてやっぱり広い(バスに2回乗った)・・・大移動。あと寒い。
キャセイパシフィックはやっぱりボーイング747。狭いんだよな…。本を読もうにも照明は僕の席を照らしてくれなく、仕方ないのでずっとテレビモニターを見てた。Live Aidやボン・ジョヴィのツアーを2回ずつ見てしまったよ。クラプトンの<Layla>が凄かった。音はよくなかったけれど、なぜかツインドラム!
フライトは13時間弱。全然眠くならず、そしてあまりにも暇だったので、なんかずっと食べてばかりだった。当然機内食は全て食べたし、用意されていたスナックも何度かつまみにいった。あとカップラーメンも。どう見ても日清のカップヌードル(オーソドックスなやつ。醤油味?)なのだけど、中国のカップ麺ということで、シーフードヌードルみたいな味がした。醤油とシーフードの悪いところ取りをしたような感じ。はっきり言っておいしくなかった…。
・香港から成田
乗り継ぎ時間が1時間ちょっとしかなかったので、香港着陸前に乗り継ぎ情報を確認してみると、成田行きは3番ゲートに行けという。そして何気なく到着した空港のゲートを見てみると、3の文字が。まさかね・・・と思ったら、そのまさか。一度中央まで行ってセキュリティーゲートをくぐり、1階上がってまた同じゲートに戻った。しかも同じ飛行機・・・。日本人だらけで搭乗時のパスポートチェックすらなかった。
この時の席が最悪で、手元のリモコンが壊れており、ライトがつかなければテレビも見られず、スチュワーデスすらも呼べない。もう何もすることができなかった。でも離陸した後すぐに眠りにつき、そのあとは今までのことを振り返ってぼんやりと過ごしていた。あっという間の4時間。
・成田から自宅
久しぶりってほどでもないけど、2週間ぶりの日本。荷物が出てくるまでに30分ぐらい待たされたが、税関は全くチェックされずパス。それにしても言葉がわかるって素晴らしいと思った。
横浜行きの次の電車が成田エクスプレスだったので、ちょっと奮発。でも高いよなあ・・・。快適だったからいいけどさ。いつの日か、特急料金を気にせずNEXに乗れる大人になりたい。
17時半頃帰宅。帰ってからしばらくはお米がおいしかった!今回体重がどうなるだろうと思って行く前に量っていったのだけど、ほとんど変わらず…(0.4kg痩せた)。
そしてついちょっと前までヨーロッパにいたことが嘘のように、今までと何一つ変わらない日常が始まっていった。
以上です。長々と呼んで下さった方、ありがとうございました。
世界は僕が思っていたほど広くなくて、でもたまらなく魅力的で。
K.Takeda
«続きを隠す ハンガリー4日目。次の日は朝の便で帰るので、実質この日がこの旅行の最終日。もう既にやることがほとんどなくなってきたため、街を歩きまくりました。温泉にも行きました。
デジカメの電池がなくなったため、写真はその前に撮ったものを少し。
・ツィタデッラ

朝からハイキング!ということでペスト側にあるゲッレールトの丘に登る。目的は頂上にあるツィタデッラの要塞。途中まではバスでいけるため、地下鉄の駅からトラム・バスと乗り継ぎ、そこから徒歩20分ほど。降りるバス停がわからなかったので適当に降り、しかもその降りたところがあまりにも寂しいところだったのでちょっと不安になったが、登れば何かあるだろうと思い、ひたすら丘を登り続けた。途中観光バスに抜かれていったから、こっちで大丈夫なんだと安心したけれど。
ツィタデッラに行く途中ブダペストを一望できるポイントもあって、これは素晴らしい景色。カメラがなかったのでしっかりと目に焼き付けておいた。でもそのうちぼやけてくるのだろうな…。なんかこれだけで満足してしまったので、結局ツィタデッラの中には入らず。
ちなみにこの要塞はハプスブルク家が独立運動を起こしたハンガリーを鎮圧した後、監視するために作ったものだとか。その後ナチスに占領され、ここから砲撃を受ける。そしてソ連軍がナチスから街を開放したのだけど、その際に使用された(?)戦車とかが周りに置いてあった。
帰りは歩いて丘を下る。下りだからというのもあるのだろうが、こういうところでは思わず足取りが軽くなってしまう。ダッシュ!20分ぐらいで下りきったかな。エルジェーベト橋の近くに出たので、意味もなく橋を往復してみた。白くて綺麗な橋。この橋の名前はもちろんエルジェーベト皇妃からとったもの。ちなみにフランツ・ヨージェフ皇帝の名がついた橋もあったものの、ハンガリー国民に人気のなかった彼の名は定着せず、結局自由橋へと名を変えたのだとか。色々と事情があったのだろうけど、これだけ聞くとかわいそうである。
・ゲッレールト温泉と裸エプロン
あらかじめ断っておくと、僕は別に温泉好きというわけではない。伊豆やら箱根まで行って温泉につかりたいとは全然思わないし、毎日のお風呂だって、パッパッと体を洗い湯船に10分ぐらいつかって出てきてしまう。
だが、しかし。温泉大国ハンガリーに来たとあれば行くしかないでしょう。ネタ的に。ということで行ってきました。
おそらく一番有名なのが、ゲッレールトの丘にあるホテルのゲッレールト温泉。これはもうほとんど観光地化していると思う。それじゃあ(このブログ的に)面白くないと思い、温泉は男性しか入れないという、ルダシュ温泉に行くことを決意。
男性のみという時点でちょっと危ない雰囲気が漂っているものの、そもそも温泉なのだから基本的に全部男女別れており、言い方を変えれば男性専用・女性専用だろう。多分。もし何かあってですね、別世界を見てしまったら、それはそれでネタになるなと。ガイドブックにはそういう事例の報告があって、少し怖かったのだけど、もう完全な好奇心で。
ピンクの建物の、見るからに怪しげなルダシュ温泉に近寄ってみると、なんと温泉部分(本来の意味でのトルコ風呂)は改装中とのこと!プールやサウナは使えるとのことだが、それじゃ意味がないということで却下。残念だなあ…。いや、実に。
仕方ないので他の温泉を調べてみたものの、水着着用でなければ入れなかったり、場所がへんぴだったり、女性入浴日だったりと、うまい具合のところが見つからない。結局、最初に述べた有名なゲッレールト温泉に行くことにしました。期待していた人(何に?)、申し訳ありません。
ゲッレールト温泉は3000Ftの入場券を買って入場、2時間未満、3時間未満、4時間未満だとそれぞれ帰るときに返金してもらえるというシステム(カードで管理)。そんなに何時間もいられるわけがない僕は、1時間ちょっとで出たので、700Ft返してもらいました(2時間未満)。チップに200Ftあげたので、結局2500Ft。高い気もするけど、仕方ないのかな。
温泉のお話。まず受付でふんどしっぽい"エプロン"をもらう。別にもらわなくてもいいのだけど、それだと水着を持ってない僕は全裸になってしまう。さすがにそこまでの勇気はなかったので、おとなしくエプロンをもらいました。いわゆる裸エプロン(男の場合どうでもいい)。
が、これはこれで結構恥ずかしい。エプロンということで後ろは丸出しだし、白の薄い布きれ1枚なので濡れると透ける…。これならむしろ何もつけてない方がマシなのではないかと。欧米の若い人がたくさんいたのだけど、彼らはほとんど水着。水着の人が大多数の中、ちょっと奇妙な感じではあったが、裸の人もいたためか不思議とあまり抵抗はなかった。
温泉は36℃と38℃の大きい浴槽が1つずつ。泳ごうと思えば全然泳げる(泳がないけど)。ぬるめなので、結構つかれた。サウナにも行ってみたけど、蒸気が充満していて生命の危機を感じたため3分ほどで退出。
出るときは、シーツみたいな布で体を拭く。この時エプロンを回収されるため、そこから脱衣所まで全裸…。まあなんかもうどうでも良かった。
この温泉の教訓。男性諸君、女性に裸エプロンを望むのはほどほどに。やる方はかなり恥ずかしいものです。はっきり言って裸の方がマシ・・・だと僕は思う。
・最後の晩餐
ヴェレシュマルティ広場、ヴァーツィ通りに行き、カフェに入ろうか、それとも早めの晩ご飯にしようかと悩みながら歩いていたら、客引きの子にうちの店に寄っていってよと声をかけられる。一応メニューを見せてもらったが、どれも全体的に高め。あまり食べたいものもなかったので、また後で来るよと適当にあしらおうとすると、「だったら17時までにきてね、じゃないと・・・わかるでしょう?」と。まあわかるんだけどさ。結局行かなかった。

全然関係ないけど、街中にあったガソリンスタンド。建物の1Fにある。安全性とか大丈夫なのだろうか…。
さてさてどうしよう、昨日と同じ店に行こうか・・・それではちょっとつまらないかな・・・などと考え、ガイドブックに載ってる店に行くことにした。というのも、途中にレヒネルの作品である郵便貯金局があるので、それを見てから行こうと。

「西のガウディ、東のレヒネル」らしい。本当に?
そして平日の昼はビジネスマン、夜も地元の人たちで溢れるというレストラン、チャーノック・ヴェンデーグルーに。たしかに価格は安め。ハラースレーとブダペスト風ビーフステーキを注文。ハラースレーは鯉やナマズを煮込んだスープなのだけど、あまりおいしくなかった。魚の臭みがちょっと…。ステーキも、ブダペスト風が余計。うーん・・・。そして最後だしと、あろうことか名物らしき栗のデザートを注文してしまう。でも僕、栗とか木の実とかダメなんですね。モンブラン食べられません。うっかりchestnutが何かを忘れてたよ。栗のペーストと生クリームがたっぷり・・・頑張って食べました。それでも全部で3000フォリントぐらい。まあいいかな。
・最後の夜景
聖イシュトヴァーン大聖堂のライトアップを見ようと1時間ぐらいぶらぶら時間を潰す。これでこの旅行も終わりだと思うと寂しかったけれど、色々と満喫できたので、名残惜しいような感情はなかった。1都市に3,4日とゆっくりいられたのが理由かな。

フォリントが少しあまったので、スーパーでちょっとお買い物。こういうところに来ると物価の安さを痛感する。水のペットボトル(500ml)なんて45フォリントで売ってるし。
次の日が早いので21時ぐらいにホテルに戻って、0時には寝てたと思う。
«続きを隠す
ブダペスト3日目。ハンガリーを好きになった日。今回の旅行で一番おいしいものを食べた日。相変わらず予定はほとんどなく、思いつきで適当だったけれど、それなりに色々なことがあった。
・バルトーク博物館
これまた全く知らなかったのだけど、バルトークもハンガリー出身とのことで、朝一番で彼の博物館に行くことにした。モスクワ広場からバスに乗って終点まで。バスの停留所がわかりづらく20分ほどさまよったが無事バスに。
ちょっと中心部から離れ、完全に住宅街の中を歩くこと10分強。看板も何も出ていないのでちょっと大変だったけれど、ガイドブックに載っていた住所と同じ建物を発見。ハンガリー語なんてさっぱりわからないが、掲示板みたいなのにコンサート案内のようなことが書かれている。間違いないだろうと思い、門を開けて勝手に入った。

が・・・何か様子がおかしいなと思い建物を1周してみたところで、中から住人らしき人が登場。これまたハンガリー語で何を言ってるのかさっぱりわからなかったものの、どうやらやってないらしい。定休日ではないはずなのだけど、とにかく「ノー?」と聴いたら「ノー」と答えられたのでダメなのだと思う。そんな、せっかくここまで着たのに・・・。
ということで、建物しか見ることができなかったバルトーク博物館。残念無念。
・国会議事堂とメキシコ人
いきなりやることがなくなり、仕方ないから昨日ダメだった国会議事堂ツアーに行ってみることにした。ちょうど時間的にも12時のツアー1時間前ぐらい。今日もやってなかったら・・・とは思ったけれど、この建物を諦めるのはもったいないので。
やってるかなあとおそるおそる近寄ってみると、大行列。チケットを買うための列ということで、見学ツアーはやってました。でも全然列が進まない…。議事堂の周りは完全に鎖でシャットアウトされており、警備の人が様子を見て少しずつチケット売り場へと人を通しているのである。ということで1時間以上かかり、結局12時からのツアーには間に合わず。
それで並んでいる時に「ニホンジンデスカ?」と声をかけられた。振り返ってみると明らかに外人。えっ!?と思ってると、日本語を口にしたのはその人で、ツアーの時間はどのくらいかかるのかと尋ねられた(日本語で)。ガイドブックの情報を教えてあげると、アリガトウと礼を言われ、その後の待ち時間ずっと彼と話していた。
彼の名前はルイスさん、メキシコ出身。8年前に1年間、静岡の裾野で働いていたらしい。それにしてはめちゃくちゃ流暢で、日本語凄くお上手ですねと僕が言うと、そんなことないですと謙遜。なんか楽しかったな。
チケットを買えたのが12時半頃。学生1150フォリント。次のツアーが14時からで、時間がもったいなかったため17時からのツアーにし、美術館に行くことにした。ルイスさんに頭イイデスネと褒められてしまったよ。ちなみに彼らは時間がなかったため、せっかく並んだのに見学できず。残念ね、ルイスさん。
・西洋美術館

世界で2番目に開業したという地下鉄に乗り(工事着工は一番らしい)、英雄広場に。右に現代美術館、左に西洋美術館がある。

建物が工事中ということであまりいい予感はしなかったのだけど。学生600フォリント。
まず、ここは完全に見る人のことを考えられてない作りだった。絵画部分は、絵が縦に3枚ぐらい並べて飾ってあり、一番上のはかなり高く、見上げるような形になる。そしてなんとイギリス・フランス・スペイン展が工事中のため閉鎖…。唯一良かったのは15-17世紀のオランダ絵画特集。あとはファン・ダイクとかを見るとなぜか安心した。でもダ・ヴィンチの彫刻が1点あったし、エル・グレコやリュベンスなんかも。見にくかったけど。他にもエジプト文化や彫刻なんかがあったけど、あまり惹かれるところはなくざっと見ただけ。

この美術館、常設展示は無料で、入場料は企画展の分。企画展はアルブレヒト・デューラー。まさかハンガリーでドイツ美術に接することができるとは。これはなかなか良かった。版画やエッチングの作品がところ狭しと並んでて、ここだけ人が多かった気がする。
それでも合計2時間半ぐらいで全部見終えてしまった。
・ハンガリー料理
ブダペストに到着した日はストックしておいた食料ですませたし、先日は中華にマックと、ハンガリーらしいものを何一つ食べてない。ということでこの日はハンガリー料理を食べようと決意。ちなみにネットカフェで投稿した後のことです。

様々な店が並ぶヴァーツィ通りから一本はずれた場所にある、価格も手ごろな店に入ってみた。そうしたらこれが当たり!


頼んだのはグヤーシュというハンガリーを代表するスープと、チキンをバジルで味付けしたもの。両方ともめちゃくちゃ美味しかった。今回の旅行で文句なく一番。チップ込みで2500フォリントぐらいだったと思う。
・国会ツアー

そういうわけで国会ツアー。誰かに色々と説明してもらうのもいいものだね。ハンガリーの至宝、1000年から950年間に渡って王から王へと継がれていった王冠もちゃんと見られた。フラッシュ禁止なので、写真に収めたい人は三脚を持っていくといいかもしれません。ハンガリーに限ったことではないのだけど、そういう歴史の重みみたいなのに惹かれたな。現在の存在に対して、きちんとした理由、過去があるとでもいうか。

国会議事堂のデザインはコンペテイションが行われたらしく、議事堂の右前にあるこの建物が2位だったとか。3位はその隣にある民族博物館。

・夕焼け、夜景
国会議事堂ツアー終了後、ドナウ川に行ってみるとまさに夕陽が落ちようとしているところで、すごく綺麗な景色に感動。そこで1時間ぐらいずっと太陽が沈むのを眺めていた。

もう一枚。空が変わるのが面白い。

そして日が沈んだら沈んだで、夜景がすごい・・・。さすがドナウの真珠と呼ばれるだけのことはある。僕には不必要なロマンチックさがあったよ。諸事情によりぶれまくりだけど、この1枚しか撮れなかったので…。すみません。

そしてここでデジカメの電池切れ!ということで、ブダペスト最終日分は・・・。
ともあれ、最初にも書いたけど、ハンガリーを好きになった。そもそもチェコやドイツと比較すること自体間違っているんだな、と。
«続きを隠すブダペスト2日目後半。文中には書いてないが、移動の基本は徒歩。それほど大きくない街なので、歩いても全然いけるのである。
・国立オペラ劇場
かのマーラーがここで音楽監督を務め、交響曲第1番をやるも大変不評に終わり、傷心したままブダペストを去ったというエピソードのあるオペラ劇場。ここの英語ツアー(見学はツアーのみ)に参加してきました。学生1200フォリント。

ガイドの人の英語はブリティッシュイングリッシュで、ところどころ聞き取りづらいところもあったけれど、それでも色々と興味深い話を聞くことができた。火災システムの話とか、冷却の話とか、ハプスブルク家のエルジェーベト皇妃の話とか。彼女はシシィという愛称でハンガリーの人達に愛され(彼女もハンガリーが好きだったらしい)、このオペラ劇場にもよく足を運んだという。でも用意されていたボックス席が後ろにあったため、人々は皆後ろを振り返ってばかりでオペラを見ない。これを良くないと思った彼女は、舞台はかなり見にくくなるけれど、人々の目を舞台に向けさせるためステージ脇の上部に移動したのだとか。何ともいい話である。
で、この見学はすごく良かったのだけど、一つやってしまったことが・・・。
ツアーが始まる前、日本人の女の子らしき2人組と目があったので「こんにちは」と挨拶。お決まりのようにハンガリーには何日いるのかだとか、これまでにどこに行ってきたのかなど、当たり障りのない話をした。彼女たちはプラハ・ウィーンと回ってきたらしい。王道である。それで僕が午前に王宮の丘に行ったと言うと、どうでした?と感想を求められた。
なぜここで気が利かなかったのだろうと思う。正直者の僕は、「うーん、ここの前にプラハに行ってきたんですけど、それと比べるとちょっと劣るかなと・・・」なんて答えてしまった。彼女たちは何だか残念そうに、私達はこの後行こうと思っているんですよ、とだけ口にした。まだ行ってなかったとは・・・最初からそれを言ってくれ…。まあでも、「精一杯楽しもうね」みたいな感じがにじみ出ている二人だったので、きっと楽しめたのではないかと思う。
・リスト博物館
オペラ劇場の近くにあったのことで、リスト博物館に行く。恥ずかしながらリストがハンガリー出身だとは知らなかった…。リストと言えば超絶技巧練習曲!凄いタイトルだよな、しかし。
かつて彼が住んでいた住居を利用しているとのことで、ちょっと入り口がわかりにくい。学生200フォリント。

彼が使っていたピアノ、家具、書いた楽譜などがところせましと並べられており、3部屋のみの展示だったが、すごく良かった。

リストが使用した2台のピアノ。

写真左のピアノはベートーヴェンが使っていたものだという。リストはこれも使っていたのかな?
ちなみに入り口に記帳する紙があったので、ちらっと見てみると、日本語のコメントが。ピアノが上手くなりますようにと書いてあった。ついでなので僕もコメントを残してきた。見たい人はリスト博物館まで。
・世界一美しいマクドナルド
ブダペスト西駅(ニュガティ)に、世界一美しいと言われるマクドナルドがあるとのことなので、ここまで来てマックもなあとは思ったのだけど、一応行ってみた。内装が非常に豪華とのことだが、正直そこまで・・・というのが感想。綺麗なことは綺麗なのだけど、マックはマックなわけで。

特に変わったメニューがあるわけでもないので、ビッグマックセットを。880フォリント。物価の安いハンガリーだけど、あまり変わらない。年に何度も食べるものではないけれど、いつもこのセットのポテトは量が多すぎだと思う。

ここまでずっと天気に恵まれ続けてきたのだけど、マックを出たらにわか雨が降ってきた。いわゆる天気雨。建物の屋根の下で少し雨宿り。そんな時間も悪くなかった。
・ニュガティ駅とケレティ駅
列車が到着するブダペストの西駅(ニュガティ)、東駅(ケレティ)、ともに建物が立派で格好いい。

ニュガティ。国内線と国際線の一部が発着。

ケレティ。主な国際列車が発着。

ケレティ駅の中。この奥にもさらに線路が広がっており、最大13本の列車が発着可能。
24時間営業の売店があり、何度か利用した。面白かったのが警察官。チョコレートのお菓子でクジに当たったらしく、店の人にその旨を伝えているのだけど、うちでは扱ってないわよみたいなことを言われ(多分)拒まれていた。彼は寂しそうな顔で去っていった…。
一日動き回って疲れたので、19時ぐらいには帰ったかな。午前はあまりブダペストの印象が良くなかったのだけど、だんだん街を歩いているうちに、皆それぞれ生きてるんだなと思い、心地よく感じ始めてきた。
前日は市民公園をさまよってブラジルGPを見ただけだが、ブダペスト2日目。まだあまりこの街の魅力がわからなかった。色々と盛りだくさんだけど、今日この日だけです。長いので分割。
・王宮の丘へ
とりあえずブダペストにきたらここに行かずしてどこに行くということで、ホテルの朝食を食べ、王宮の丘に向かう。そういえばオレンジジュースが100%ではないというのは有名なのだろうか。ガイドブックにもそう載っていた。
宿のエレベーターで韓国人の女の子2人に"Would you mind if I ask where you are from?"なんて感じでめちゃくちゃ丁寧に質問される。発音も綺麗だったな。日本から来たというと、"Well, we're from Korea, so..."と。だから何だったのかはわからないけれど。
乗り物3日間パスを2700フォリントで購入。ちなみに1フォリントは0.5円強ぐらいらしい。日本円に換算するときは半分よりちょっと多めか、ぐらいに考えて下さい。地下鉄に乗ってモスクワ広場で降り、そこからバス。ブダペストは検札がめちゃくちゃ多かったな。チェコは4日間で3回しかなかったけれど、ここは2日間で4回遭遇した。
ブダペストの地下鉄(M2)はめちゃくちゃ深い。モスクワ広場は地下180mだとか。それで凄いのは、エスカレーターは一本ということ。日本みたいに乗り継ぎをすることなく地上へ上がれる。

で、駅を出たところでまた韓国人の2人組に出会う。彼女たちはろくに調べることもせず、近くにいる人にどれが城に行くバスかを尋ね、僕に教えてくれた。これは僕の偏見かもしれないけど、女性って男性よりも図々しさ(良い意味で)があると思う。男が(僕が)優柔不断なだけなのかもしれないけど。
・マーチャーシュ教会など
バスで丘を上っていき、王宮内のマーチャーシュ教会のすぐ近くで下車。
マーチャーシュ教会。その名の通りマーチャーシュ王の命で造られたとか。三位一体広場にある。学生300フラン。
もちろん中もゴシック様式の装飾が豪華なのだけど、正直に言えば、ベルリン・プラハと見てきた僕はそこまでの感動はなかった。なんていうか「お腹いっぱい」だった。
フラッシュ禁止でろくな写真が撮れなかったので、すみませんがここは写真なしで。もちろんここを最初に訪れていたらまた違うように感じたのだろう。
ただ見学途中、何かの練習なのか、パイプオルガンを使った『運命』や、少年合唱団(?)の聖歌を聴くことができた。やたらおばさんが「シーッ」とうるさいなと思ったら、いきなり演奏が始まってびっくり。椅子に座って20分ぐらい耳を澄ませていた。

聖イシュトヴァーンの騎馬像、そして後ろに見えるのが漁夫の砦。漁夫の砦はお金を払えば上に上がってブダペストの街を眺められるのだけど、そんなに高さがあるわけではないし、それ以外に何かあるわけではないのでパス。近くからでもこんな感じで街が見えました。

なんか特に面白いこともなかったので、2時間弱で再び帰りのバスに乗って戻る。
・国会議事堂
最大の見所だと思っていた王宮の丘が思いの外よくなかったので、仕方ないから国会議事堂でも見ようかとコシュート・ラヨシュ広場へ。

とにかく圧倒的な存在感。ブダペストのペスト側のハイライトは間違いなくこの国会議事堂。とてもカメラには収めきれない。

一応正面。警備の人が怖かった。
ここはツアーのみなので予約をしようと思い行くと、今日は公式行事のため(議会かな?)見学はないとか。無念・・・。
・くさり橋
だんだんすることもなくなってきたので、くさり橋を歩いて往復してみた。理由はよくわからないけど、僕は橋などの建造物も好きです。

ペスト側から。

ブダの景色。

ブダ側から。

力強さみたいなのが感じられて格好いい。
・聖イシュトヴァーン大聖堂

街中にででーんと存在している。ここは何と入場料がタダ!素晴らしい。

ただまあ、ここもね。ベルリン大聖堂に比べたら霞んでしまう。だんだんこういうのを見るのに疲れてきていたのかもしれない。

昼食はおいしそうに見えた中華料理屋で。焼きそばみたいなのを選び、トッピングを鶏肉にしてもらったら、これでもかっていうぐらい盛られてしまった。飲み物と合わせて860フォリント。

この後ヴェッレシュマルティ広場、ヴァーツィ通りをぶらぶらし、目についたネットカフェに入る。日本語環境OKなことに感動したのもつかの間、インターネットが使えず…。近くの別のネットカフェに入り、ここはインターネットは問題なかったのだけど、今度は日本語が使えず。難しいものである。日本語が見られないのではあまりすることもなく(一応ブログに投稿はしてみた)、30分だけ利用(300フォリント)。初日からネットカフェに入らなくてもなあとちょっと反省。
«続きを隠す 移動日。プラハからいよいよ最終目的地のハンガリー、ブダペストへ。
ベルリン−プラハと合わせ、電車でトータル約1000キロの移動になるのかな。飛行機の往復はおそらく3万キロぐらいだろうけど、陸で1000キロというとなかなかの距離である。昔3泊4日で、伊豆・愛知・伊勢と巡り、車で1000キロ近く走ったことを思い出すな。電車だと何もしなくていいのだから、あれに比べたらずっと楽だ。多分。
・さよならプラハ

6時にホテルをチェックアウト、キーデポジットの200コルナを返してもらう。今さら200もいらない…。結局これは日本に持って帰ってきた。地下鉄を乗り継ぎ、7時前にプラハ本駅到着。

プラハ本駅7時30分発ブダペスト行きのEX279に乗る。移動総距離611キロ、所要時間およそ7時間半!

今回も当然2等だったのだけど、席がよくわからなかった。最初6人用のコンパートメント席に座っていたら、そこは予約席だったらしい(僕はシートの予約はしてない)。とりあえず別のコンパートメントに移動し、よくわからんなと思ってたら、同じような境遇の女の子と遭遇。彼女は「ブダペストに着ければ何でもいいんだけどね」なんて言ってたが、全くその通り。ちょっと探検してみると、コンパートメントではなく普通の2−2で座席が並んでいる車両もある。そっちに行こうかなと思って戻ると、見知らぬおじさんが座ってたので、そっちに行くことに。予約のシステムがよくわからないし、見知らぬおじさんと個室で2人きりというよりはマシかと。
席はリクライニングできなかったけど、ベルリンから乗った列車よりもシートの座り心地は良く、間も広々としていたので割と快適だった。揺れはドイツの方が少なかったように思う。昼ごはんはやはりベルリンで買っておいた固いパンと水。

当然チェコとハンガリーの間にはスロヴァキアやオーストリアがあるわけで、この列車はスロヴァキアのブラチスラヴァ経由。僕がスロヴァキアの地を踏むことはこの先・・・おそらくないだろうな。そんなわけでパスポートコントロールも2回。
ブダペストのケレティ駅(東駅)に到着する前にインフォメーションの人が表れたのだけど、あやしい勧誘だと思ってノーと断ってしまった。これが大きな過ちになるとも知らず…。定刻をちょっと過ぎた15時過ぎにケレティ駅到着。7時間半電車に乗ってもそんなに疲れなかった。環境が良かったというのもあるのかな。
・ブダペストをさまよう・・・

ハンガリー!ブダペスト!ケレティ駅は大きな駅だった。ここからまずは宿を目指す。が・・・。
最初からなんとなく嫌な予感はあった。というのも予約サイトに表示された地図によれば、そのホテルは市民公園の中にある。でも住所の通り名は、駅前のすぐ近くの通り。よくわからなかったのでとりあえず地図を頼りに公園に行くことに。
しかしそんなもの影も形もない。本当に単なる公園。家族連ればかりだし、一人場違い的にガラガラと壊れたキャリーケースを押している僕…。廃墟みたいな建物があったがそこのわけもなく、延々とさまよう。途中若者に声をかけられ、お?助けてくれるのか?と思いきや、タバコをくれと言う。ふざけるなと。
気候はチェコと同じぐらいだろうと思っていた僕は、汗だくになりながら、壊れたキャリーケースを見知らぬ土地で一人必死に押し、合計1時間半ほどさまよっていた。
とりあえずケレティ駅に戻ろう・・・最悪タクシーに乗ろう・・・なぜそれを早く実践しなかったのかと己の判断の遅さを後悔しながら駅に戻る。と、ホテルの看板出てるよ…。っていうか駅から見えてる!徒歩3分もかからない!今までの苦労は一体・・・。
教訓:宿の場所は事前にきちんと調べ、できれば移動手段は確保しておくこと。
・Baross Hotel
今回ブダペストで泊まったのがこのバロス・ホテル。一人だからドミトリーでもいいかなと思ったのだけど、やはり宿は大事だということをNYで学んだし、最後なのでちょっと贅沢をしようと。と言っても3つ星ホテル(最高5つ星)なのだけどね。現金しか受け付けないとのことだったが、ユーロで払えた。シングルルーム1泊64ユーロで4泊、計256ユーロ。ちょっと高めだけど仕方ない。
なぜかシングルルームなのにベッドが2つ。ここが一番ホテルらしいホテルだった。冷蔵庫やお菓子も置いてあったし、タオルもシャンプーも石鹸も置いてある。
ちなみにバスタオルも2セットおいてあったので、4日で2枚で十分だと思い交換しないようにしておいたのだけど(あっちではタオルかけにかけると交換しないでくれという意味)、ベッドメイキングでチップを置いておいたら交換されてしまった。意味なし。そういえばチェコのホテルはチップを受け取ってもらえなかった。
テレビのチャンネル数が以上に多く、48チャンネルも・・・。なぜかキャプテン翼や幽遊白書なんかがやってた。黄泉のところ。アニメは言葉がわからなくても、なんとなく雰囲気でわかるのが面白い。
で、1時間半さまよって非常に疲れていたのと、ブラジルGP決勝があったので、今日はもう宿から出ずにそのまま。ホテル周辺は日曜日ということで閉まっているレストランも多かったし、今さら市街地に出かけようという気にもなれなかった。こんなときのために、僕はベルリンからずっと食料・飲み物を常備していたのです。備えあれば憂いなしってことで、無事アロンソの史上最年少タイトル獲得を見守る。
プラハ4日目。あっという間にチェコ最終日。ようやくプラハをつかめてきたところなのに移動。まあ、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。また来たいなと思うから。
・朝食のおばさん
今日は間違えずにホテルの朝食を食べる。パンとハムとジュース、あとヨーグルトを食べた。45コルナぐらいで、レジのおばさんは「上出来」みたいなことを口にしてたと思う。
ここで一つ妙案が。まず僕は50コルナ分の朝食券を最初に8枚もらってる。一度友人と2人で食べて2枚使用し、前日は食べ損ない、今日1枚使用。明日は朝食が始まる前に移動なので食べられない、ということで5枚(250コルナ分)余ってる。これを食堂に置いてある水などの食料と引き換えよう作戦。
そんなことしていいのかどうかわからなかったため、おそるおそるレジで水のペットボトルを2本頼んでみる。ウォーター、ノーガス(炭酸抜き)で通じた。チケットで払おうとすると、「まだ残ってるわよ」みたいなことを言う。全然大丈夫だった。じゃあレジ横にあるガムでも買おうと思ったら、1コルナオーバー。もう1枚あるんですけどとチケットを見せると、おばさんは「じゃあまだ買えるわね、どうする?」みたいなことを言って、僕に選ばせようとする。よくわからなかったので、僕は「ガム」とだけ言い、選んでもらった。おばさんは「これと、これと、あとこれは?」なんて感じで選んでくれて、すごく楽しかった。
これに気をよくした僕は、一度部屋に水を置きに行き、残る3枚も使い切ることに。まず街に持っていくスプライトのペットボトルを頼み、実はチケットがあと3枚あるんだと見せると、おばさんは「あらあら、またガム?」みたいなことを言って、選んでくれた。全部ガムというのもどうかと思ったけど・・・楽しそうに選んでくれたので何も言えず。そもそも言葉が通じないので何も言えないし。
でもよく考えてみたら、歯が痛くてガム食べられない。と気付いたときにはもう遅い…。ガムを選んでくれたやさしいおばさんにお礼を言おうと僕の口から出た言葉「ダンケ・シェーン」。ドイツ語だった。
・国立博物館
さて今日は何をしようと考え、昨日降りた駅に博物館があったので、そこに行くことにした。実は博物館の類が大好きなのです。

学生50コルナ。鉱石や化石などの展示はそれほど惹かれるものはなかったけど、建物がすごく豪華だった。展示室は質素だったけど…。
エキシビジョンで国別の気候の写真とそれに関連するコメントが紹介されてるパネルがあって、それは面白かった。日本も技術リーダーとして紹介されていて、曰く「Don't commute, communicate」。深い。僕もいっぱしのエンジニアとして来年から頑張りたいものである。
自画自賛的になってしまうけれど、やっぱり日本の技術って世界トップなわけですよ。世界中の観光客たちが持っているデジカメ、ほとんどが日本のメーカーのものだもの。
・今日もコンサートに
2時間ぐらいで博物館を出て、スタンドでチキンサンド(25コルナ)を購入。これとホテルで買っておいたスプライトが今日の昼食。安上がり。
ムステーク駅まで歩き、さらに共和国広場まで歩く。そんなに距離があるわけではなく、1キロちょっとぐらいかな。ちょっとコルナが余りすぎてしまったのでどうしようと考えていたら、スメタナホールでジョージ・ガーシュインの曲目を中心としたコンサートがあるので、また今夜も行くことにした。
席は4種類あって、一番良い席が990コルナ、そこから100コルナずつ下がっていく。僕は下から2番目を。790コルナの席を、学割とかで690コルナで購入。
Rhapsody In BlueやSummertimeとか懐かしいなあ・・・昔エレクトーンで弾いたなあ・・・などと思いながら、ツェレトゥナー通りを旧市街広場までぶらぶらと歩く。

どこも同じような感じではあるけれど、こういう何気ない街並みが本当に良かった。15時すぎにホテルに帰って一休憩。
・アンペルマン、チェコに散る

・・・。せっかくホーフのアンペルマンショップまで行って買ったマグカップを割ってしまった。うかつだった…。
・結婚式
16時半ぐらいに旧市街広場に行くと、結婚式に遭遇!

観光客を含め、色々な人に祝福されていた。こんなところで結婚式を挙げられたカップルは絶対幸せになれる気がする。いいね。どうかお幸せに。
・所持金は100円
夕食は手ごろな店が見つからなかったため、今日もピザ…。なんでチェコでピザなんだという話なのだけど、とにかくサラミがおいしいのです。レストランではなくピザ専門のスタンドで食べたため、飲み物とあわせて75コルナ。
あまった750コルナは持っていてもしょうがないので、ハンガリーのフォリントに両替することに。昨日からいくつか両替所を見て回っていたので大体レートの相場はつかめており、比較的いいレートで"買い"は手数料なしという店で両替を・・・と思ったら、フォリントは今ないとのことで、支店に行ってくれと言われる。
結局それがどこにあるのかわからなかったのだけど、その途中でレートがめちゃくちゃいい両替所を発見。これなら手数料取られてもいいやと思ったら、結局手数料は0.1コルナしかとられず。それで手元に残ったのは19コルナ!95円弱!何かあったらどうするんだよ…。
・スメタナホール
コンサート開始の20時までかなり時間があったのだけど、広場で1時間半ぐらいずっと時間をつぶしてた。途中やたらノリのいい大道芸人みたいなのが登場して、少しそれに見入ったり。アメリカ出身らしく、久々に馴染みのある英語を聞いてちょっとほっとした。
そして20時からスメタナホールでコンサート。下から2番目のチケットでも、なかなかいい席だった。編成はチェコ交響楽団のメンバーだという13人の弦楽と、トランペットのソロ(ウラディスラフ・コズデルカ)。皆ご機嫌だった。どういうわけか、いつかバート・バカラックなんかもこんな感じで演奏されることがあるのかなあ・・・などと考えたり。

観光客向けの内容だというのは覚悟していたけど、演奏は感動というよりも楽しい音楽。これはこれでいいのかな。チェコ管とか聴いてみたいなと思いながら、終了後もちょっと街をぶらついて23時前に帰宅。
・プラハで宮古を宣伝
書き忘れてたのだけど、プラハは寒かった。日中は長袖のシャツぐらいでもいけるかもしれないが、朝夕はかなり冷え込み、Tシャツ・シャツ・パーカー・ウィンドブレーカーを着ても寒いぐらい。こっちでいう12月ぐらいの気候。
そんなわけでプラハにいるときは、ダイビングショップでマスター・スクーバ・ダイバー取得祝いでもらったウィンドブレーカーを着てた。ショップ名のロゴのほか、"MIYAKO,OKINAWA"の文字も。ということでプラハで宮古・沖縄を宣伝してきたよ!残念ながらこれをネタに日本人に声をかけられることはなかった。かけられたら宮古在住を偽ろうと思っていたのに。
プラハ3日目。今日から一人!最初は一緒に帰っておけば良かったかなと思ったりもしたのだけど、すぐにそんな考えは吹っ飛んだ。とてもいい時間を過ごせたし、いい経験になったと思う。
・そして一人に
朝4時半に起き、一緒に行った友人が空港に行くのを見送り(と言っても部屋から出て行くところまでだけど)、再び就寝。すぐ近くのバス停から空港までバス1本で行けるというのも、今回このホテルを選んだ理由の1つ。僕の勝手で一人で帰ってもらうのだから、それぐらいの配慮はしなければ。せっかく高い航空券買って行くのだから、時間のある僕はもう少し残りたいというわがままをきいてもらいました。ありがとう。
もちろん誰かと一緒に旅行にいけばそれはそれで感じるものがあるし、助かることなどもたくさんあるのだけど、一人だとまた色々とあって、それはそれでまた楽しい。僕がどれだけ他人に対して気を遣えているのかはわからないけど(そんなに意識もしてないけど)、全ては自分次第というのがやはり何とも言えない。異国の地で寂しさみたいなものは感じなかったな。ほどよい緊張感があったからかもしれない。
そんなわけでここから一人、一気にペースが落ちます。元々僕は観光名所巡りみたいなことは性に合ってない。でも誰かと一緒に行くと、自然とそうしたいと思うし、それが苦になることは全くなく、悪くないよなと思う。でもやっぱり一人になると、「うん、俺にはこっちの方が合っているんだよな」なんて感じる。
そしてとにかく、街を目的もなく歩きまくりました。こんなのは一人じゃないとできないしね。
・さて何をしよう
8時過ぎに再度起床。今回の旅行、目覚ましをかけなくても自然とこの時間には目が覚めていた。で、いきなり朝食の場所を間違えるという失態を犯す…。ホテルに入っている全然別のレストランを見て、今日は朝ご飯やってないのか?などと勘違いし、朝食抜きで街へ。
なんとなく地下鉄に乗ってみたものの、何をするのかなんて全く決めてない。とりあえず地下鉄のMuzeum駅で下車。ここにはヴァーツラフ広場(広場という名の大通り)があり、まあ何かあるのではないかと。

札幌の大通り公園っぽいと言えなくもないが・・・いや全然違うか。両側には様々な店が並んでた。この通りに出ていたスタンドで朝食代わりのホットドックを食べる。500mlのペットボトルとセットで60コルナ。ソーセージはドイツよりもおいしかった。ちなみにこの大通りは地下鉄ムステーク駅まで続いていて、そっちの方だと10コルナぐらい高くなる。
この通りを終わりまで歩いていき、適当なトラムに乗る。川を渡ったところにある公園にケーブルカーがあって、展望台があるのでそこに行こうと思いつく。ということで、またトラムを乗り換え。本当、適当な旅ですね…。
・ペストシーン公園、展望台
まずはマラー・ストラーナ地区にある、ペストシーン公園に。子供達が遊んでたりしていい風景だった。30分ぐらい音楽を聴きながらぼけーっとし、ケーブルカーに乗りに行く。

このケーブルカーも、フリーパスで乗車OK。帰りに初めて検札と遭遇。券は12コルナのものだっけな。捕まっている人は誰もいなかったように思う。60円弱をけちると痛い目に遭います。
ケーブルカーで上がったところもバラ園があったりして、ここでも少しのんびりとした時間を過ごしていた。まあ早い話、やることが何もないというだけです。飢餓に苦しんでいる人達を助けるために無理矢理壁作りの仕事を作って賃金を与えたという、飢餓の壁なんかもあったな。

学生料金40コルナを払い展望台へ。階段のみ。ここも螺旋階段で、下が丸見えだった・・・。
ヴルタヴァ川の向こうが市街地。緑と赤い屋根のコントラストが美しい。

プラハ城側。聖ヴィート大聖堂は存在感がある。
この展望台は上りと下りで階段が別々なのが評価できるところ(今までは1つしかなく、反対方面の人と階段を譲り合わなければならなかった)。でも柵とかいい加減だし、風が吹くと揺れるのでちょっと怖かった。
・キュビズム建築
チェコには世界で唯一、キュビズムを取り入れた建築があるらしい。前にも書いたとおり僕はピカソを始めとしたキュビズムの作品の良さがよくわからないのだけど、それはちょっと見たいかもと思い、見にいくことにした(暇だし)。

とは言え、何か特別な建物というわけではなくて邸宅(多分)。とりあえずトラムを乗り継ぎ向かったのだけど、おおよその場所はわかっているものの、どの駅で下車すればいいのかがわからず、行き過ぎてしまった。「キュビズム建築の家をみたいんですけど」と人に尋ねるわけにもいかないし…。

ガイドブックにもホステルでもらった地図にも乗ってない、全然人気のない駅まで来てしまった…。まあ反対方向のトラムに乗ればいいだけなんだけどさ。

引き返してさまようこと15分、何とか無事発見。1912年頃に建てられた、ヨゼフ・ホホルの作らしい。もっと近くに寄って見たかったものの、柵があって中には入れなかった。感想は特になしということで…。

キュビズムの家があったのはヴィセフラドという地区なのだけど、そこの街並みが良かった。ここを歩けただけでもわざわざ来たかいはあった。
地下鉄の駅が見つからなかったため、またトラムに乗り、ムステーク駅周辺へ。ナ・プシーコピェ通りというのがあって、ここも店がずらりと並ぶ通りなのだけど、そこを少しぶらつき、17時前に一度ホテルに帰って休憩。
・クレメンティヌムでコンサート
18時半ぐらいに旧市街広場に行き、近くのレストランに入る。なぜかピザがおいしそうに見えたのでピザを注文。注文を受けてから生地を作っているのでは?と思うほど待たされたが、美味しかった。そしてかなり大きいのに90コルナという安さ。でも水が60コルナもして、チップ入れて合計160コルナだった。
その後ぶらぶらと歩き、コンサートがあるので19時半頃まで時間を潰す。
コンサート。先日コンサート宣伝のポスターにバッハの名前を見かけ、教会のパイプオルガンでバッハ聴いてみたいなと思ってたら、チケット売りの人にすぐに声をかけられてチケットを購入していたのです。最初490コルナだと言われたが、ちょっと考えていたら、「今なら420でいいわよ」と言われたのでそれで。粘ればさらに安くなったのかな。わかりません。

コンサートが開かれる場所は聖クリメント教会の礼拝堂。クレメンティヌムの"一部"。このクレメンティヌムは3つの教会(!)、礼拝堂、図書館、行動、天文といった複合建築になっているとのこと。

館内はフラッシュ禁止だったため、シャッター速度を長くして何とか無理矢理。ここは音楽を聴きにきたということで1枚だけ。装飾が豪華だった。
コンサートは20時から1時間15分ぐらい。パイプオルガンとバイオリンのみという編成だったが、すごく良かった。中央近辺の席に座っていたのだけど、音響が素晴らしくて、360度から音が聞こえてくるような感じだった。ペダルの音がしなければ、パイプオルガンが後ろにあるということさえわからなかったと思う。

内容は色々と盛りだくさん。最後のドヴォルザークの曲が一番良かった。
コンサート終了後も少し旧市街広場をぶらぶらして、22時半頃ホテルに帰る。何だかんだで長い一日だった。
«続きを隠すプラハ2日目、パート2。プラハ城を出た後です。プラハの街(旧市街)はすごく良かった。
・カレル橋
プラハ城から適当なトラムに乗り、1つ目のの駅で降り(あまり意味なし)、カレル橋へと歩く。ちなみにプラハ城は3時間半ぐらいで見学終了。

カレル橋は14世紀終わりから15世紀の初めにかけて建造されたらしい。それにしても観光客が多い!橋の両脇に聖人像が30体並び、この中には日本でもおなじみフランシスゴ・ザビエルも。偉い人だったのか・・・。ちなみに像は17世紀〜19世紀に造られたものなので、橋のようにゴシック様式ではなく、バロック様式のものが多い(全部ガイドブックの受け売り)。
最初に建てられた聖ヤン・ネポムツキー像(1683年)。なぜかレリーフに触ると幸運が訪れるとのことで、皆むらがっていた。当然僕も触りました。何かいいことがあるといいのだけど。
実は今年僕は中厄で(数え年で25歳)、たしかにあまりいいことのない1年になってる気がしなくもない。昨年が良すぎたからな…。まあ、悲しいことがあればもうすぐ、楽しいことがあるから(WAになっておどろう/AGHARTA)。きっとね。
・旧市街
今回の旅行で一番期待していたのが、プラハの街並み。期待通り全てが魅力的だった。

旧市街広場とティーン教会。この広場は一日中地元の人、観光客で賑わっていた。

左側に見えるのが聖ミクラーシュ教会。バロック様式。コンサートをやってた。

ちょっと中に入るとこの街並み。もうたまらないものがあった。
なぜか街中にショパン。下のチェコ語が読めないので、なぜショパンなのかがわからない。モーツァルトとかならわかるんだけどさ。
・ボヘミアングラス
チェコと言ったら、ボヘミアングラス!このカットの美しさは芸術品!ということで、母親へ買っていこうと決意。お土産買ってきてと言われてたニューヨークでは結局たいしたもの買わなかったし、ヨーロッパにきてから毎日がすごく楽しくて、自分だけこんないい思いをしていいのか?と感じていたというのもあったからかな。
日本人スタッフがいるerpetというお店に行ったのだけど(客も日本人だらけだった)、ちょっと手頃なのがなく、あとblueという何店舗かある店に行ってみたものの、あまり品が良くない。ちなみにerpetはトイレが無料で使えたので、この後も何度か利用させてもらいました。
店の名前は忘れてしまったが、旧市街広場を少し離れた店でこのグラスを購入。1200コルナちょっと。色つきでないやつは安かったのだけど、青が美しかったため、ちょっと奮発。僕としては飾り物で終わるのでなく、実際に使って欲しかったので、ガラスの厚いものを選んだ。お母さんはこんなの使えないと言ってたけど、ぜひこれで麦茶を飲んで頂きたい。
・プラハ本駅とロシア人
旧市街を抜けぶらぶらしてると、プラハ本駅の近くまできてしまったので、ブダペスト駅行きの切符を買いに行くことに。ここは到着した駅とは違って、かなり大きい。窓口ではチェコ語しか通じないかもしれないとの情報があったので、インフォメーションでブダペスト行きの列車の予定をプリントアウトしてもらい、それをもって窓口へ。日付がその日になっていたので、日曜日だということを強調するため、日付を訂正したほかチェコ語で日曜と書いておいた。
そうしたら普通に英語が通じた…。サンデーね、などと言われ恥ずかしかったよ。まあ無事購入。1315コルナ、ユーロに直すと44ユーロぐらいだっけな。距離は200キロぐらい多いはずなのに、なぜかベルリン−プラハよりも安い。
駅前のベンチに座ってたら、ロシア人に話しかけられる。やたら"very good, very good"を連発する人で面白かった。よくわからないが、トヨタのことや、北方領土、アメリカをどう思うか?など色々と話した。北方領土とか微妙な感じではありますが。
ただ途中英語にロシア語が混じって、ダーダー言うし、何言ってるかわからないし、とりあえずベリーグーを連発していたので、一緒に笑っておいたよ。でも楽しかった。彼はこの後オロモウツに向かうらしい。多分。
・再び旧市街広場
晩ご飯を食べようとまた旧市街広場に戻る。するとこんな空。

正面に見えるのが旧市庁舎で、ここに有名な天文時計がついているのだけど、11月まで工事中とか。そんな・・・。

夕食は旧市街広場にある、観光客向けのようなレストランで。ポークカツを食べたがおいしかった。チップ込みで1人250コルナぐらい。

夜は教会がライトアップされて凄く綺麗。ただフラッシュの光で撮れるはずもなく…。本当は青っぽい光で、ちょっと不気味な感じだった。

まあこれはこれで。
21時ぐらいにはホテルに戻ったと思う。宿の自動販売機では500mlのペットボトルが20コルナだったのでスプライトを買った。
«続きを隠すプラハ2日目。一緒に行った人とは今日で最後。縦の写真が多いので、長いです。あまりにも長すぎたため、2分割。
・朝食、地下鉄
朝食は50コルナ分の食事券をもらっており、学生食堂みたいなところで自分で好きなのを選んで食べるという形式。料金をオーバーしてしまったらその分現金で払わなくてはいけない。同じ品物でも学生料金とホテル料金があって、学生はホテル料金の7割ぐらいだった。うーん・・・。
クリームパンとハムとジュースで30コルナぐらい。レジの人にまだ何か買えるけどいいの?みたいな顔をされたが、チェコ語で何を言われているのかさっぱりわからないため、OKと言って切り抜ける。チェコはハムやサラミが凄くおいしかった。

改札。ゲートの向こうのオレンジ色のボックスが時刻の刻印機。7日間パスを持っていたので関係なかったけど、普通の切符を買った場合いちいち刻印しなければならない。

駅はどこもこんな感じ。全体的に綺麗だった。
・プラハ城−聖ヴィート大聖堂
そしていざプラハ城へ。地下鉄で2駅(5分ぐらい)という近さ。

こんな感じの小路を上ってお城まで。稚拙な例えしかできないのだけど、宮崎アニメの世界だったよ。
城と言ってもイギリスみたいな洋館があるわけではなく、塀の中に宮殿、王宮、聖堂、教会、修道院があってそれ全体を城と表現してる感じかな。とりあえず城内の建物全て見られる券を購入。学生175コルナ。ちなみにこれは大人料金の半額。チェコは学生にやさしかった。
聖ヴィート大聖堂。これまた凄かった。ゴシック様式。元々は930年に造られ、1420年に改築工事が完了。その後も手を加えられ、完成したのは20世紀に入ってからだとか。
正面は外装工事をしていたので、横から。ガウディのサグラダ・ファミリア、とまではいかないのだろうけど、悪魔的な雰囲気を漂わせていた。
見る角度によって表情を変える。でも全然カメラに入り切らない・・・。
中も凄いです。入って正面。ちなみに、チケットなしでも前半部分は入れるため、一つ一つ丁寧に見て回りたいという人でなければ、チケットいらないかもしれません。
後方。すなわち入り口正面です。
ここはどこだっけな・・・。
ステンドグラスも綺麗だった。

こんなオブジェも。それぞれ色々な話があるのだろうけど、解説はチェコ語のみなのでさっぱりわからず。日本人ツアー客も結構いたので、それについて行って話を聞けば良かったかもしれない。
ちなみに階段でこの聖堂の上まで上がれたのだけど、300段以上の螺旋階段!目が回ります。あと年配の方にとっては体力的に厳しいだろうなと考えたり。
・プラハ城−聖イジー教会、黄金小路

聖イジー教会。ロマネスク様式。920年に完成、1142年に再建されたものらしい。当然だけど、建築様式によって全然違うところが面白い。
中は質素な感じ(でも厳か)。そもそも教会が豪華絢爛である必要はどこにもないと思うのだけど。

黄金小路。入り口の小さな家がずらりと並ぶ。今はそのほとんどがお土産屋さん・・・。

フランツ・カフカの家。彼は何かを求めてプラハの街をさまよっていたらしい。不条理の世界ですな。中は当然お土産屋。
・プラハ城−その他

今さらながらプラハ城正門。観光客でたくさん。衛兵さんと一緒に写真を撮っている人が多かったが、表情を変えないままでいるというのは大変そう。もはやこれは罰ゲームの域のような気も…。
中に入ったところ。2本の塔は聖ヴィート大教会。

有名な正午の交代式。もはや観光客のためのイベント。30分前ぐらいにいけば、最前列をとれると思います(ロープが張られる)。
その他、火薬塔や旧王宮なんかにも言ったが、あまり特筆することはなし。ここは何と言っても聖ヴィート大聖堂だろうな。凄すぎた。美術館や博物館もあるので(行かなかった)、色々と楽しもうと思えば楽しめるのかもしれない。
«続きを隠すベルリンからプラハと移動日。早朝や深夜に移動すれば自由な時間が増えたのだろうけど、あまり無理はせず、昼間の移動で。一応プラハ1日目。
・さらばベルリン

9時26分ツォー駅発のウィーン行き、EC173に乗る。席は当然2等だが、中は結構広々として快適だった。ドイツの電車は凄く静かで、のんびりとした感じ。ただシートが硬い…。リクライニングができたのがせめてもの救いかな。

食堂車もあるものの、荷物を放って食べに行くことはできないため、昨日買っておいた固いパンをかじる。駅で小銭を使おうとVittelのペットボトルを買っておいたのも良かった(1.75ユーロもしたけど)。
プラハまで5時間弱の予定だったが、ドレスデンの手前で20分前後止まり、結局5時間半ぐらいかかった。パスポートコントロールは特に問題なし。チェコの人は軍人みたいな格好でちょっと怖かったけど。
ほとんど自然の風景ばかりだったが、チェコに入ってからたまに小さな街が見えたりして、これは伝説か?と思えるほど綺麗な風景があった。ベルリンまでの飛行機同様、やはり期待は高まる。
繰り返しになるけど、ベルリンは本当に綺麗な街だった。至る所で工事が行われていたので、例えば5年後ぐらいにはまた全然違った街になっているのかもしれない。でも新しい物が良いとされる日本とは異なって、きちんと残すべきものは残す、そういう文化がある。素敵だなと思う。きっと色々なものが作られようとも、いつまでも変わらないものがベルリンには残り続けるのだろう。
ドイツの他の都市については何も知らないのだけど、ベルリンが凄く良かったので、できればいつかドイツを回ってみたい。もちろんベルリンにも再び行きたい。機会があれば少し生活してみたい。自然との調和、文化、機能美、歴史と現代、それらのバランスが素晴らしく、魅力的な街。とにかく美しい街。
あと、ドイツの女性は凄く綺麗でした。かわいいじゃなくて、綺麗という言葉がよく似合う。
・プラハ!
14時50分頃、プラハのホレショヴィツェ駅到着。国際線が発着するにしては小さな駅だが、ホームから降りていくと宿案内の人がたくさん。あまりしつこくなく、「もう予約あるんだ」と告げるとおとなしく去っていった。一人、日本から来たと告げると「オー、トーキオー」と口にし、金沢に友人がいるのだということを話し始めた人もいたけど。

現地の通貨がないと何もできないため、レートが悪いのを覚悟で、駅の両替所で50ユーロをチェココルナ(以降コルナ)に両替。1コルナ=5円弱らしいです。これから出てくる金銭の数字は、5倍して適当に少し引いてみて下さい。
ここからは地下鉄で移動。チェコの地下鉄は検札が厳しいらしく、乗り換え不可券(でも地下鉄は可)・1回乗り換え券などがあってシステムが複雑だし、荷物なども有料の場合があり・・・と面倒なため、ここでも電車・バス・トラム共通のフリーパスを購入。僕は合計5日間いるため、1週間パスを購入(有料荷物は1つまで無料)。280コルナ。安いよね。
せっかくドイツ語に慣れかけたというのに、今度はチェコ語。車内アナウンスで何言ってるのかすらさっぱりわからず。そもそもチェコ語の表記すら読めない。これはまずい・・・。幸いにも宿が終点駅だったので助かったけど。
・プラハで迷い、キャスターバッグが壊れる
プラハ1地区の宿はどこも高いため、ちょっと離れたプラハ6地区(と言っても中心街まで地下鉄で15分弱ぐらい)、デヴィツィエというところにある宿を予約していった。
えー、教訓です。宿までの道のり・交通手段は事前にきちんと調べること。ガイドブックに大ざっぱな地図はあったものの、どの通りにあるのかは全然わからなかったため、少しさまようことに。幸いにも友人がプラハの大きな地図を持っていたので何とかなった。住所はどこも基本的に通りの名前がついているので、最後はそれを参考に。もちろんその通りの名前の表記があれば、の話なのだけど(幸いにもあった)。

そしてここでキャスターバッグの取っ手が壊れる。上にシャキーンと伸びなくなってしまった。なんだって歩道までもが石畳なんだよ・・・。母親のを借りてきたのに、お母さんごめんなさい。ちなみに帰国後母は何も言ってこなかったが、なぜか父親が「買ったばかりなのにな」とぼやいてた。でも買ったばかりというのは嘘で、少なくとも2年以上は経ってる。
取っ手が伸びないんじゃもう使い道がないだろうと、捨てていこうかとも思ったが、現地でカバンを調達する気にもなれなく、結局このキャリーバッグを最後まで使用した。この後どうなるかは、僕は知らない。
・ホテルたらい回し
ハプニングは続くよ、続いてホテルたらい回し事件。今回僕が予約していったのは、Welcome Hostel-Dejviceというホステルが運営する(?)Masarykova Kolejというホテル。建物が別にあるとのことで、まずその本館(Hostel-Dejvice)みたいなところにいったのだけど、チェコ語しかわからないおばさんに、ここはドミトリーで違うからホテルの方にいきなさいと言われる(多分)。そのホテルはどこにあるの?と尋ねると、おばさんは入り口にいた少し英語が話せる学生を捕まえ、その人がホテルまで案内してくれた。

そしてホテルに行って無事チェックインと思いきや、朝食券が1日分しか渡されなかったことを不思議に思い尋ねてみると、1泊分しか予約されてないことに。Voucherと呼ばれる予約表を持っていったのだけど、これがとりあえず1泊分のみなので、ここに4日間と記載されてないと泊められないとのこと。でもきちんと予約は4日分とったのだと主張すると、それなら本部の方に行ってこのVoucherを4日分もらってこいと言われる。受付の人は英語が通じないので、その旨をチェコ語で書いてくれませんか?と頼むと、受付は英語を話せることを自分達は知っていると言われ、しぶしぶ本部へ。
そしてまたチェコ語しかわからないおばさんと格闘。もう身振り手振りでなんとかなるレベルではない。さっぱりわからず、途方に暮れてると、通りかかった学生をおばさんが呼び止めた。助かったと思い、こちらの事情を話す。ここが泊まる場所じゃないというのはわかっているし、ホテルの方にも行った、自分はこの予約表が欲しいのだと伝える。さらにもう1人の学生も加わり、皆で問題解決。
が・・・まず1人の学生はおばさんと話をしただけでどこかに行ってしまい、もう一人も僕が事情を説明するのを「Ah, I see. I see.」などと理解してくれてるっぽかったものの、最後に彼から出た言葉は「Good Luck!」。彼はこれだけ残して去ってしまった。おい、それはないだろう…。またもやおばさんと2人きり。もうどうしようもないわね、みたいな感じで2人とも諦め顔。ここにいてもしょうがないので、再びホテルへ。
やっぱり英語が通じないことを告げると、本部に電話をしてくれる。英語大丈夫だよ?と言われ、多分君は別の人と勘違いしてるんじゃないかと指摘される。最初からそれを言ってくれ・・・。再び本部に行くと、真相解明。おばさんが手招きして、こっちこっちと本部のレセプションに連れていってくれた。ちょっと廊下を入ったところに受付ルームがあり、そこにいた女性は完璧な英語を話せた。助かった…。
もうその女性が天使に見えたね。彼女曰く、あのおばさんはここの学生寮(学生寮とドミトリーが一緒になってるみたい)の管理人で、今日が初日で事情が全くわからなかったとのこと。
料金はダブルルーム2日、シングルルーム2日で合計6000コルナ弱。ちょっと高いが、シングルは高くつくのでしょうがない。でも今回、部屋交換はなしでダブルルームに4泊していいとのこと。朝食券も4日間2人分もらっていいとか。もう本当にこの人が天使に見えた。代金の支払いを済ませ、4日分のVoucherをもらう。無事チェックイン。
このホテルの建物も何かの施設として使われているらしく、ホテルの部屋までめちゃくちゃ歩いた。多分200メートルぐらい。会議室みたいなところを2回も抜けたし。
でも部屋は超快適。ダブルルームじゃなくて、アパートメントタイプの部屋だったみたいで、なんと2部屋!ダブルベッドとシングルベッドが置いてあった。大きな机もあるし、収納庫も豊富。
それで僕はどこに寝たのかというと、4日間ともこのシングルベッド。こぢんまりとした部屋が素敵だったのです。
・プラハの夕焼け
キャスターバッグの取っ手が壊れて移動が大変だったのと、ホテルをたらい回しにされ(200mぐらいしか離れてなかったが、3往復した)、精神的にもヘトヘト。ただ、それでも僕は既にこの街が気に入り始めていた。
その後、晩ご飯を食べようと外にでるも、先ほどのおばさんとのやりとりでチェコ語恐怖症にかかってしまい、あろうことか入ったのは大文字3文字のファーストフード店。やさしそうなおじさんはいなかったけど。英語はなんとか通じた。チキンとポテトと飲み物で89コルナ。
全然関係ないけど、ファンタが凄いと思った。3ヶ国全てで、ファンタを見かけた。ファンタ=ファンタオレンジです。何でファンタが市民権を得ているのだろうか・・・?あとはやっぱりコカ・コーラ。コーラとスプライトはどこでも通じた。
そんな感じでチェコ最初の食事は終わってしまったが、帰りにこの空を見られたので満足。

ベルリン3日目。次の日は朝から移動なので、実質的にはドイツ最終日です。
・Letter
朝7時過ぎに目覚め、友人がまだ寝ていたので、ホテルの窓辺で葉書(ベルリン大聖堂で絵はがきを購入してた)を書いた。旅先から日本に葉書を送るということを一度やってみたかったのです。しかし誰かに手紙を書くなんて久々・・・。いざ書こうとしても何を書いて良いのかわからなかったのだけど、なんとか。
今回の旅を記録していったノートには「届け、この想い」なんて書いてあったのだけど(僕は一体何を考えていたのだろうか…)、うん、届け。
そして真剣にペン習字をやろうかと思っている今日この頃。
・ポツダムへ
今日はベルリン市内を出て、ポツダムへ。あのポツダム宣言のポツダムです。

最寄り駅ザヴィニープラッツからSバーンを3つ乗り継いで。ちなみに僕はすっかりこのザヴィニープラッツ駅を気に入ってしまった。こんなこぢんまりとしたかわいらしい駅。そしてSavignyplatzという名前がいい。よくわからないけど。
ガイドブックにはポツダムまで「ツォー駅からS7番で」なんて書いてあるが、これは嘘です。ツォー駅(ザヴィニープラッツから1駅)まで行くS7番は日中本数が全くなく、誰かのために書いておくと、ツォー駅からS9かS75に乗りWestkreuz駅まで行き、そこでS7に乗り換えWanseeまで。さらにS1に乗り換えて、ようやくPotsdam駅です。1時間はかからなかったかな。

ポツダムでの移動はバス・トラムが基本。宮殿があちこちに点在しているのだけど、それらを歩いて回るのはほぼ不可能です。そしてバスの本数が少ないのでちょっと大変。
で、あまり大きな声で言えないのだけど、ここも切符を買わなくても大丈夫なんじゃないかと…。ベルリンではバス乗車の際に切符を運転手に見せていたが、ポツダムでは中央・後方からも乗れるので切符の提示の必要なし。電車もSバーンなら検札なしなので、やろうと思えばポツダムは完全にタダで・・・。個人の良識に委ねられているのかなあ。
・サンスーシ宮殿、絵画館でカラバッジオ!
まずはフリードリッヒ2世の夏用の離宮、サンスーシ宮殿に。学生5ユーロ。ここはツアー(ドイツ語)のみということで、ツアーが始まる前に隣にある絵画館に行く。こちらは学生1.5ユーロ。この絵画館が凄かった。

中は1つの大きな部屋になっていて(1つ小さな部屋もあったが)、100点以上の絵がずらり。ファン・ダイクが多かったかな。
で、歩いていくと一際目立つ絵があって、カラヴァッジオ!全くの予想外だったので思わず立ちすくんでしまった。多分本物だと思うのだけど。邦題はわからないが「The doubting Thomas」と言う絵で、キリストの傷口に聖トマスが手を入れているという衝撃的な作品。レンブラントは残念ながらコピーだったけど、このカラヴァッジオ1枚で1.5ユーロの元はとれたと思う。
もちろんロココ調の内装も素晴らしかった。

続いてサンスーシ宮殿のツアーに。ドイツ語じゃ何言ってるかわからないしなあ・・・と思いきや、日本語テキストが用意されていて助かった。館内は大理石が傷つかないよう、大きなスリッパを靴の上から履いて移動。宮殿内は部屋によって色々な様式・装飾があって面白かった。色々と興味深いこともあったのだけど、一番の疑問は、なぜ宮殿にフランス語の名前(サン・スーシ)がついているのかということ…。
・大理石宮殿、ツェツィーリエンホーフ宮殿
時間の都合上、新宮殿に行くのは断念し、ポツダム会談が行われたツェツィーリエンホーフとその近くの大理石宮殿に行くことに。バス2本を乗り継ぎ。

大理石宮殿は外装工事中…。それほど面白いこともなかったかな。こことツェツィーリエンホーフのセットで学生4ユーロ。ここでも大きなスリッパを履いたが、途中階段のところで脱ぐように言われたりと、よくわからなかった。

建物は湖の近くにあって、雰囲気が良かった。1キロ強公園の中を歩いてツェツィーリエンホーフ宮殿に。

ここでも日本語テキストを借りられた(5ユーロのデポジットがあったけど)。で、これまでの宮殿のような豪華さは全くなく、宮殿などとは言えないような建物だったけど、僕はこの建物が一番気に入った。60年前まで実際に皇太子夫妻が使っていたとあって、生活感のようなものがこれまでよりも感じられ、"リアル"だった。
もちろんポツダム会談関係の資料も興味深かったです。当時の新聞などもあって当然日本の記事がたくさんあったのだけど、僕は戦犯者達を肯定も否定もするつもりはないが、彼らは全員何かしでかしそうな顔をしてますね。凄く不気味な顔をしている。今の日本人でこんな顔つきの人はなかなかいないんじゃないかな。まあ、それだけです。
あと凄く適当な感じで申し訳ないけど、僕も「ポツダム宣言」をしてきました。もちろんここはそういう場所じゃないんだろうけど・・・。何を宣言したのかは秘密です。

帰りはバス停を探して少し歩いたのだけど、住宅地を歩けたのも良かった。
・Zoologischer Garten
行きと同じルートで帰り、明日のプラハまでの切符を買うためツォーロギッシャー・ガルテン駅(ツォー駅)へ。ベルリンの中心地的存在なのに、宿から最寄りのザヴィニープラッツから1駅と近すぎたためか今まで見向きもしなかった。

切符売り場は凄く混んでいてやたら時間がかかってしまったが、英語が問題なく通じたのでプラハまでの切符を無事購入。51.8ユーロ。受付は愛想の良い女性で、「クレジットカードで支払えますか?」「もちろん大丈夫よ」、「代金は1人1人払いたいのですが」「全然問題ないわよ」みたいな感じで、安堵感に包まれた。

完全に都会のツォー駅周辺で、ポツンと場違いのように立っているカイザー・ヴィルヘルム記念教会。夕陽を浴びて綺麗だった。時間が遅かったため中には入れなかったが、まあいいかな。
ドイチェポストに寄り郵便を出す。英語があまり通じない感じだったので、Japanとだけ強調しておいた。黄色のバックにDeutschePostというロゴがやたら格好良い。
夜はなぜか北インド料理。タンドリーチキンは美味しかった。こちらもチップ含めて1人16ユーロという感じ。店員が当たり前のように客のテーブルにイスを持っていき、そのまま話し込むという、日本では絶対に見られないような光景も。
あとスーパーに寄って食料を調達。ウエハースのばかでかい袋やパウンドケーキが1ユーロという安さに驚く。飲み物は2リットルのペットボトルで1ユーロ強。でもさすがドイツだと感じたのが、ペットボトルはデポジットみたいなのをとられるし(店に持っていくと多分返してもらえる)、袋も有料。この辺は日本も見習った方がいいんじゃないかと思う。特にペットボトル。
宿に帰り、ちょっとネットをして、パッキング。1時過ぎに就寝。
«続きを隠すベルリン2日目。この日はいっぱい歩いた。色々と回ったので長いです。
・ブランデンブルク門、ジーゲスゾイレ
朝6時過ぎに起床。凄くいい目覚め。気力が満ち溢れていた。ビュッフェ形式の簡単な朝食を食べ、9時過ぎに出発。
人はどうして門に惹かれるのだろう。なぜ門が観光地になるのだろう。よくわからないが、とりあえずブランデンブルク門へ。宿からはSバーンのザヴィニープラッツ駅まで徒歩5分ぐらい、そこから5駅先のミッテ駅に行き、乗り換えて1つ目のウンター・デン・リンデン駅で下車。
驚いたことに、ドイツの電車は改札なし!検札もなかったので、タダ乗りしようと思えばできると思います。真面目なドイツ人は、そういうことはしないのだろう。きっと。
駅を上がるとすぐにブランデンブルク門。観光客がいっぱい。

そのまま6月17日通りを歩き、ティーアガルテン(大きな公園)を抜け、戦勝記念塔(ジーゲス・ゾイレ)へ。2キロ弱ぐらい(結構長く感じた)。

中に入れるみたいだったが(どこまで上れるのかはわからない)、お金をとられるので入らず。

信号が赤になると横断歩道に出て行き、パフォーマンス。なんかこういうのもいいなあと思う。
・連邦議事堂
また6月17日通りを歩いて帰るのは大変なので、今度はバスで。せっかくフリーパスを持っているのだから活用しないと。
連邦議事堂も観光客でにぎわってた。あと、選挙翌日だったのでテレビ局の中継車がずらりと並んでた。

日本の国会議事堂は小6の時に見学に行っただけなので全然覚えてないのだけど、ドイツの議事堂は立派でした。中を見学したかったものの、入り口に長蛇の列ができていたので断念。行列が嫌いなのです。
芝で休んでると、アジア系の青年に"Can you help me?"と声をかけられた。ベルリンで早速人助けか?と思いきや、写真を撮って欲しいとのこと。今回の旅行では何度か写真を頼まれた。やっぱり頼みやすそうな顔をしているのかなあ・・・。議事堂をバックにとってあげると「アリガトゴジャイマシタ」と、何と日本語でお礼を言われる。どうして日本人だとわかったのだろう。そういう顔をしているのだろうか。
・アインシュタイン
今年はアインシュタイン没後50年&相対性理論発表100年ということで、街中にいくつか"E"のオブジェを見かけた。

ちなみに僕は無宗教だけど、相対性理論は信じている。量子力学が入り込んでくると少し違ってくるのだが、それはなかったことに…。

今年と来年はたしか「日本におけるドイツ年」。単なる興行・祭りで終わるのではなく、アインシュタインの偉大さを少しは説いたらどうだろうか。
・ベルリン大聖堂
バスに乗り、ベルリン大聖堂へ。これが凄かった。間違いなくベルリンのハイライト。

入場料学生3ユーロ。中は圧巻。凄すぎて言葉を失った。ドイツに行った際にはぜひ。

中央の祭壇。

パイプオルガン。

よくわからないが、こんな感じで。

天井も見事。

ちなみにドームは階段で上ることができた。結構高くて、ちょっと足がすくむ。柵とか適当だしさ。写真は大聖堂の前の広場。

帰るときはこんな階段で。

おまけで、隣にあった旧博物館(入らなかったけど)。建築家、カール・フリ−ドリヒ・シンケルの代表作とのこと。
・ホーフ
ちょっと個人的な希望でハッケーシャ・ホーフに行く。一言で言うとモール(商業複合施設?)。

このあたりは旧東ドイツ地区になり(多分)、明らかに街の感じが違う。

ホーフ入り口。

中はこんな感じで、こうやって建物に囲まれた地区が6つぐらいある。店は飲食店から映画館、洋服屋など様々。
僕の目的はアンペルマンショップ。アンペルマンとは、この信号機のキャラで、これが凄くかわいいのです。このキャラのお土産グッズを買いたかったのでわざわざここまで。マグカップ、Tシャツ、グミ(おいしくない)などを購入。大満足。
昼食をホーフで食べようかどうか迷っていたのだけど、ちょっと値段が高いので断念、目の前にあるトルコ料理屋(?)のスタンドでドイツ名物Currywurstを食べた。ソーセージにケチャップとなぜかカレー粉がかかっていて、これが凄くおいしい。パンも普通のパンではなく、ちょっと甘めのかりっとしたもので、絶妙だった。飲み物も含めなんと2.25ユーロ。
・イーストサイドギャラリー
ベルリンと言えば、やはりベルリンの壁。というわけで見てきました。

壁があるだけなので味気ないのは当たり前なのだけど。数百メートル歩き、このまま歩いたら戻るの大変だよなと思い引き返しました。

日本人の僕なんかには絶対に理解できない、歴史の重みがあるのだろうな。

ここにきてからずっとBryan Adamsの<EastSide Story>が頭の中を流れていた。うーん、単純な思考回路だ・・・。
・ツィレマルクト
さすがに今日はちゃんと晩ご飯を食べたいということで、ちょうど宿の近くにある、ガイドブックにも載ってたツィレマルクトというお店に行く。100年の歴史があるらしい。が、このガイドブックがいい加減で、場所は通りを一本間違えてるし、あると書いてある日本語メニューなんか置いてなかったし。思わず「日本語メニューありますか?」と尋ねてしまったよ。

ヨーロッパ全体的にそうなのか知らないけど(少なくとも今回行った3ヶ国ではそうだった)、向こうではレストランの席に勝手に座ると、店員がやってくるという形式。あと自分から申し出ない限りお会計をしてもらえない。これも文化の違いなのだろうな。
野菜不足だったのでサラダと、あとベルリン名物アイスヴァイン(塩漬けした豚の骨付きすね肉をゆでたもの)を注文。どちらも量多すぎ…。アイスヴァインは半分も食べられなかった。1人1皿頼んでしまったが、2人で1皿で十分。味は悪くはなかったけど、おいしいとも思えなかった。でもチップ加えて2人で33ユーロ。コストパフォーマンスだけは良いです。
夜はホテルに置いてあったPCでネット(無料で自由に使えた)。日本語が使えないというのは何て不便なんだろうと身にしみました。次の日コメントを返そうと思ったら、英語のみの入力は不可というコメントスパム対策に自らはまるし…。
1時頃に就寝。長い一日だった。
«続きを隠すベルリン1日目。到着日から動けるのか?と体力的に不安だったが、大丈夫だった。ただ歯(親知らず)が痛くて大変だった…。この痛みは幸いにも徐々に和らいだものの、日本に帰ってきた今もまだ残ってます。
・ベルリン!
空港でWelcomeCardを購入。3日間(72時間)ベルリン市内及びポツダムの乗り物フリーパス+施設割引券で22ユーロ。当たり前だけど周りがドイツ語ばかりで何を言ってるのか全くわからなく不安だったが、英語が通じて良かった。
このWelcomeCardは結局乗り物フリーパスとしか使用しなかったので、それだったら1日フリーパス(たしか6.3ユーロ)×3日間の方が安かったことに後になって気付く。まあ、3日間全く切符を買わなくていいというところに価値があるということで。
長袖のシャツ一枚ではちょっと寒いかなという気候。パーカーを着た。テーゲル空港からバスでホテルの近くまで。30分ぐらいだったかな。
車内から街並みを見て興奮!ベルリンの街がこんなにも素晴らしいだなんて!この街並みの美しさは、全くの予想外。ぜひ一度は住んでみたいとまで思わせる街だった。

宿に着いたのが11時前、チェックインはまだ無理なので、荷物だけ置かせてもらう。そして再びバスに乗り、今日はシャーロッテンブルク宮殿へ。至る所に連邦議会選挙の看板が出ていたのが印象的。それにしても街が美しい。

・Scholoss Charlottenburg

シャーロッテンブルク宮殿。いくつかの建物があって、一通り入れるコンビネーションチケット(7ユーロ)を購入。学割はないのかなあと思っていたのだけど、後日REDUCEDというのがそれに当たることが判明。2ユーロぐらい損してしまったよ。

New Pavilion, New Wing, Old Palaceと見て回る。黄金の間は見事だったな。壁に掛かっている絵画や置いてある像なんかも、そもそもはこういう場所にあるものなんだよなと改めて認識。見事に調和していた。僕らは美術館で見るのに慣れてしまっているね。

建物以外も、ゆったりしていて良い場所だった。最後は何もせずにぶらぶらと。凄く気持ちの良い時間。

中庭かな。散歩をしている人や家族で来ている人が多かった。

大きな池があったのでそこで一休み。
餌をあげてる女の子。超かわいい。
施設が閉まる17時に退出。今日はあくせく回るのではなく、一日ここでゆっくり過ごそうという考えが良かった。順調な滑り出し。

・Hotel Astrid
今回滞在したのがHotel Astridというところ。プラダ、ルイヴィトンなどのブランドショップが並ぶクアフュルステンダム(クーダム通り)のすぐ近く。建物は州に保護されているとか。
アンリ・マティスの「ティアラをつけた少女」が壁に飾ってある素敵なホテルで、朝食込みのツインで1泊79ユーロ。一人5000円強ってところかな。天井がおそろしく高かった。設備的には何の問題もなし。快適に過ごせました。
やっぱり長時間の移動で疲れていたのだろう。ホテルのベッドで横になると、そのまま23時過ぎまで爆睡。晩ご飯を食べに行く気にもなれず、今日はこれまで。
«続きを隠す1日目。実は飛行機移動のみ。それほど面白いこともなかったのだけど、一応1日目ということで。読み飛ばしても支障はありません。
・有限実行
僕は言ったことは大体やる人間です。言ってないこと(おそらく余計なこと)も結構やってしまうが、一度口にしたことはほとんどやる。わがままと紙一重のところがある気もするけど・・・。まあ、そんなわけで今回の旅行はこちらのエントリーのリベンジ(このときは中欧と表記していが、考えていた場所は同じ)。
そもそも寒さにめっぽう弱い僕としては、この時期が学生時代ラストチャンスなんですね。2月・3月の春休みは航空券が安くなるものの、-20℃とかあり得ない。出発日が連休にかかって通常より航空券が5万ぐらい高かったけど、色々と事情もあり仕方なく…。
そういうわけでいざ東欧へ!
・成田から香港
今回、金銭的な都合上キャセイパシフィックを利用。旅行の計画を立て始めたのがちょっと遅く、最安値のアエロフロート、次点の中華航空、タイ航空などのチケットがとれなかったのです。というわけで、航空会社のフライトスケジュールにより意味もなく香港・ロンドンを経由。
17時成田発。飛行機はエアバスのA330だった。これが良い飛行機で、エコノミーにしては割とゆったりしていたと思う。窓側のシートは1列2席、ヘッドレストも快適だった。機内食はまずまず。キャセイパシフィックはサービスが良いと評判らしいけど、そこまで良いというわけではないと思う。何でだろうな。用意されてるお酒が豊富だから?

予定よりも15分ほど早い20時30分頃に香港国際空港到着(時差が1時間、つまりフライト時間は4時間半)。開放感のある造りになっていた。色々と店が並ぶものの、そもそも香港ドルなんぞ持っていないため何も買えず。気温は夜だというのに驚きの28℃!
・香港からロンドン
このフライトはあまりよくなかった…。なぜか入り口のところで呼び止められ、意味不明な英語で質問されたり、パスポートを入念に確認されたり。飛行機はボーイング747-400。狭い。食事もあまり美味しくなかった。ただ、結構寝られたのが幸い。合計で6時間ぐらい寝たかな。フライトは12時間半ぐらい、ヒースローに5時20分着。
ヒースロー空港は大きい!ハンパじゃない。乗り継ぎのためにバスに乗らなければならず、さらにこんなところ通るの?というような人気のない階段を下りたりしてちょっと不安だった。時間にならないとターミナルへのゲートが開かなかったり、あとなぜかセキュリティゲートを2度も通ることになった。でもまあ、問題なく。

ロンドンで夜明け。綺麗だったな(窓が2重になっていたため室内が写りこんでるけど)。
・ロンドンからベルリン
最後、テーゲル空港まではブリティッシュ・エアウェイズとの共同運航便。このフライトは素晴らしかった。まずいきなりパーサーに"コンニチハ"と挨拶されたし、飛行機はボーイング757、シートは快適で、しかもガラガラだったので3シート独り占め状態。機内サービスでは食事は出ず飲み物だけだったが、朝の紅茶は美味しかった。
4人来ないとかで出発が15分ほど遅れたけど、それ以外は本当に何の問題もなく、気持ちの良いフライトだった。上空から見たドイツの街並みは凄く綺麗、緑と赤い屋根の調和が良かった。期待は高まる。

7時半頃離陸し、10時過ぎにテーゲル空港着。時差が+1時間なのでフライトは1時間半強。あっという間だった。ボーディングブリッジを出たところで、空港内を歩くことなく、いきなりイミグレーション。これは素晴らしいと思った。
次からいよいよベルリン編です。
«続きを隠す
無事自宅に戻り、一息ついたところです。とりあえず、2週間弱伸ばしっぱなしだった髭を剃って(髭剃りを持っていくのを忘れた)、飛行機ではほとんど眠れなかったので今日は早めに寝ようと思います。
それにしてもあっという間だったな。ベルリンの街並みの美しさ、プラハの青、ブダペストの夜景、ヒースローで見上げた空。全てのことが、ついさっきのことのように感じている。えー、めちゃくちゃ楽しかったです。
色々なことがあったけど、できる限りブログに書きます。よかったら読んで下さい。
パッキングにはあまり時間がかからなかったのだけど、細かいことを色々とやっていたら日付が変わってしまった。明日(もう今日か)は17:00成田発、帰りは9/30の13:50成田着というスケジュールです。
今回のヨーロッパ旅行もネット環境がどんな感じなのかはわからないため、恐らく向こうから更新をすることはほとんどできないと思います。しかし前回同様、いつも見てくれている皆さんを13日間も放っておくわけにはいかないので、とりあえず記事を用意しました。
ずばり2年前に減圧症で入院したときの日記!メモライズのログを保存しておいてよかった。ちょっとこれはなあ・・・と今読み返すと恥ずかしいものもあるのだけど、ほぼ修正なし。これをですね、いない間の13日間楽しんで頂ければなと。入院日記が楽しめるかどうかはわからないけど…。でも右半身が麻痺して沖縄で1ヶ月強入院、チャンバーに50時間以上入った人間なんてなかなかいないと思うから、まあもし良かったらということで、よろしくお願いします。
あとは保存しておいた記事を少し。予定はこんな感じです。
・入院日記 9/18〜9/30 毎日12:00に更新
・CD, DVDレビュー、過去の文書 9/19, 22, 24, 26, 29 22:00更新
それではしばしのお別れ。2週間後にまたお会いしましょう。

タイミングを逃し続けてしまい、結局報告が出発前日になってしまいました。ごめんなさい。明日から9/30までヨーロッパへ行ってきます。
僕のブログを読み続けてくれている人なら多分わかると思うけど、僕は結構ひねくれた性格をしている。ということで今回が初ヨーロッパにも関わらず、皆が行きそうなロンドンやパリ、ローマなんかではなく、いきなり東欧へ。
まあ、きっとイギリスやフランスは働いてからも行く機会があるだろう、でもプラハやブダペストを回るなんてそうそうできないんじゃないかと。そんなわけで、まずはベルリンまで飛行機で行き、その後列車でチェコ、ハンガリーまで行く予定です。というか、どうしてもチェコの街並みを見ておきたかった。それだけなんですね。
チェコからハンガリーの間にスロヴァキアもしくはオーストリアがあるものの、今回それらはスルー。スロヴァキアはあまり惹かれなかったのだけど、オーストリアはいくつも回るヨーロッパの国の1つとしてではなく、オーストリアだけで行ってみたいので。同様に、スペインやギリシャにも1つの国だけで行ってみたい。いつかね。
問題は言葉と気候かな。ドイツは多分大丈夫。チェコとハンガリーは・・・。チェコなんてネドベド、バドワイザー、ドヴォルザーク、スメタナぐらいしか知らないよ。あとカフカ。ハンガリーはピーター・フランクルの出身国ということしか知らない。しかも今この人フランス人だし…。とにかく言葉が通じるのか!?それが一番の不安です。
そしてどうやら寒そう。気温を調べてみたら、チェコは最高は20℃近くまで上がるものの、最低温度が一桁台。冬ですか?
あっ、あとスケジュールが…。今回航空券の都合上、成田→香港→ロンドン→ベルリンというフライト。帰りはベルリンの代わりにブダペスト。プラハとブダペストは4泊ずつするので余裕が持てそうだけど、ベルリンは3日なので体が持つのかどうかと。やるしかないんだろう。せめてもの救いは評判の良いキャセイ・パシフィックだということぐらいか。
ちなみに今回プラハで友人と別れ、そこから1人。当然生まれて初めての海外一人旅。さてさてどうなることやら。ワクワク。
«続きを隠す最終日。この日は空港に行って日本に帰っただけなのだけど。
・シャトルバス
行きは地下鉄だったが、駅の移動がかなり大変だったため、帰りはバスで空港まで行こうということに。幸いにもホテルでシャトルバスの手配をしており、前々日にコンシェルジュに予約を頼んでおいた。ニューアークまで24ドル。
フライトは11時10分発で、バスのホテル出発予定時刻が8時25分。時間にルーズなアメリカだから大丈夫なのだろうかと少し心配だったが、1時間で着くというコンシェルジュの言葉を信じて。8時過ぎにチェックアウトしたらすでにバスの人が待っており、予定時刻よりも10分前ぐらいに出発。シャトルバスと言っても、後ろ3列のワゴン車みたいな感じだった。
ニュージャージー・ターンパイクとか懐かしいなあと思ってたら、途中渋滞・・・。アメリカに住んでいた2年間で渋滞に巻き込まれたのは2,3回ぐらいしかなかったというのに、やはりニューヨーク近辺は混雑が激しいのだろうか。でも日本みたいに全く動かなくなるというほどではなく、一応は走り続けた。
すると、途中ターンパイクを降りて平行に走っている道へ。どこに行くのだろう?抜け道かな?と思ったら、なんと給油!客を運んでいる最中に給油とは、さすがアメリカ。
向こうに住んでいた時、家がニューアークの近くにあったため、78号線とか標識とかわずかながら覚えていて、ちょっと感動。45分ぐらいで着いたかな。ドライバーにTOKYO?と聞かれたので、そうだと答えると、コンチネンタルの(たしか)5番出口まで行ってくれた。多いのだろうな。一緒に乗ってた人達が一人5ドルチップを渡していたので、僕らも5ドルずつ。ちょっと高くないかい?まあいいか、最後ぐらい。
・また会えたね
帰りの手続きは至ってスムーズ。パスポートを機械に通すと、帰りの航空券の情報が登録されていた。凄い。鍵を外して荷物を預け、セキュリティゲートを通り、もう搭乗口。そういえばセキュリティゲートでは靴も脱がされたけど、昔羽田でも同じように靴を脱がされたことがあった気がする。今はやっていないのかな?機械で指紋と顔写真をとり、これで出国準備完了。
まだ出発まで1時間以上時間があったのでターミナルをぶらぶらしてると、行きのフライトで席が隣だった女の子が!まあ大体1週間ぐらいが平均なのかな。あっちも気づいたらしく、こっちを向いて微笑み会釈してくれた。
10時半ぐらいにはすでに搭乗開始、11時前には搭乗を締め切ってたと思う。皆集まったからだろうけど、ギリギリだったら危なかったよな…。帰りの便は少し空席があって、隣に座っていた人が別のシートに誘導されたため、3列シートの真ん中を空けて座れるという快適な状態だった。
で、今回その小柄な可愛らしい子とは当然席は離れていたのだけど、同じブロック(?)だったので、洗面所に行くときなんかは通路側に座っている僕にその都度微笑んでペコリとしてくれた。だから反則だって…。おかげでこれまたあまり眠れず。まあ僕がバカなだけなんだけど。
行きよりもちょっと長めの14時間弱のフライト、今回も3回出た機内食を全て食べた。割と美味しかったと思うのだけど、実際のところはどうなんだろう。出発時刻が少し早まったので、到着も予定より20分ぐらい早かった。最後降下していく時、ちょっとこれはやばいなと思えるほど頭痛がひどかったのだけど、体調のせいかな…。
成田の手続きも特に問題なし。税関で「お土産に何か買いました?」という質問に、「ドレッシングなどを少々・・・」と正直に答える。高価なものを買うほどお金ないし、タバコ吸わないし、お酒飲まないしと、僕が税関にお世話になる日は一生ないのではないかと。バックパックだけ調べられ、終了。
・帰宅
帰りもローカル電車で横浜まで約2時間。途中人身事故とかで止まるし…。一緒に行った人はスーツケースを宅配業者に預けて手ぶらに近い格好で帰ったのだけど、そんなお金あるのなら僕だったら特急に乗るだろうな。まあ価値観の違いということで。
向こうにいる間、インターネットは全くできなかったし(ホテルのテレビでできるはずだったが、うまく機能しなかった)、日本のことを何一つ知らなかったのだけど、1週間ぐらいじゃ特に変わったことはありませんね。台風14号の被害は心配だけど。
まだちょっと時差ぼけと格闘中。朝は凄く目覚めが良い代わりに、夕方ぐらいから強烈な睡魔に襲われる…。何とかしないと。
以上、NY旅行記でした。読んでくれてありがとうございました。一気に7日分書きましたが、実はそれなりの理由があるのです。もったいぶるつもりはないけど、そのうちわかりますので。
実質この日がニューヨーク最後の日。早い早い。朝7時前に起床、無事朝食のマフィンを食べることができました。
・MET, again
昨日、僕が残念そうにメトロポリタンを後にする顔を見て(時間切れで全部回れなかった)、心残りのまま日本に帰るのは良くないから午前もう一度観ておいでよと、一緒に行った人が気を遣ってくれた。その人は買い物があるからということで、一人で再びメトロポリタン美術館へ。僕に与えられた時間は3時間。
開館時間の9時半に行ったら、入り口に日本人の団体客・・・50人ぐらいはいただろうか。最悪だ…。
ともあれ、昨日観られなかった2Fのヨーロッパ美術に直行。ラ・トゥールの部屋に1時間ぐらいいたかな。部屋には僕しかいなくて、独り占めしている気分だった。あとはもう1度カラバッジオの絵4枚を見て、ちょっと日本美術に寄り、ルノワールの部屋にこれまた1時間ぐらい、最後ピカソの青の時代の2枚を見て終了。
本音を言えば今日も一日ずっとメトロポリタンにいたかったのだけど、色々とあるので、そういうわけにもいかず。またいつか来よう。
・NOBU
そろそろ日本食が恋しくなってくるんじゃないかいということで、ロバート・デニーロが共同オーナーとして有名な日本料理店のNOBUに。日本でも南青山にありますね(NOBU Tokyo)。ここは日本から予約をしていったのだけど、昨日コンファームの電話をかけるも繋がらず、まあ大丈夫だろうということで飛び入りで。

店に到着したのが14時近く。店内は空いていたので予約はなかったことにし、"Can we have lunch?"とおそるおそる尋ねてみると"Sure"という答え。良かった良かった。店内には予約係用のテーブルが設けられていて、2人のスタッフが絶えず予約の電話に応対していた。ディナーの予約は厳しいのかもしれないけど(秘密の番号があるとかないとか)、ランチなら予約なしでもいけるっぽいです。
注文したのはChicken pepper source with tempura(サラダ・ライス・味噌汁付)。20ドルちょっとだったかな。テンプーラ(プにアクセント)とか言うのは何だかこっぱずかしいですね。
で、普通のコースみたいに最初にサラダと味噌汁。味噌汁は味噌"スープ"なので、メインと一緒に出してもらえないんだ・・・。仕方ないので味噌汁とサラダという微妙な組み合わせを完食(どちらも美味しかった)、ようやくメイン。ご飯がお椀に入っているところが嬉しい。鶏肉はこれまた量が多かったけど、美味しかった。これが日本料理なのかどうかは僕にはわからないけど。
そして母親へのお土産に特性ドレッシングを2本購入。1本6ドル。日本では売ってないらしい。写真右側がゆずで、左側がマツヒサスペシャル(ONION SOY)とのこと。お母さんは昼食にサラダを食べることが多いので、少しでも美味しく食べてもらえればいいなと思う。
・グラウンドゼロ
歩いてグラウンドゼロまで。現場はフェンスで囲まれていたのだけど、フェンス越しにその変わり果てた光景を見た瞬間、僕の中で何かが崩れさった。このことは後日改めて。
本当はこの後リトル・イタリーのあたりを歩こうという話だったのだけど、ちょっと精神的に辛かったため、一人先に宿に帰らせてもらうことに。
・NY最後の夜
ずっとホテルで伏せていて、今日はもう何も食べなくてこのままでいいやと思っていたのだけど、20時を過ぎたあたりでやはりお腹が空いてきたので、最後近くのピザ屋にでも行こうと外出。すると、一緒に行った人と途中出くわし、「これ、お土産」とロンバルディーズで買ったピザを持ってきてくれた。偶然って凄い。
少し冷めてはいたものの、凄く美味しかった。やっぱりアメリカはピザが美味しいなあ。
そんな感じで最後ちょっと勢いがとぎれてしまったのだけど、こんな感じでニューヨークは終わり。パッキングをすませ、1時前に就寝。
ホテルが快適すぎて、起きたのが8時過ぎ。もちろんコスト的なことも考えなければいけないのだけれど、宿泊場所も大事だなと。そんな感じで朝はかなりゆっくり目だったので、ロビーに用意されている朝食のマフィンは既に品切れだった。
・メトロポリタン

今日は一日メトロポリタン美術館。学生7ドル。ここはとにかく広い。今までの美術館とは比較にならないぐらい広くて、とてもじゃないけど一日では回りきれない。
そんなことも知らず、1Fの古代文明や鎧、エジプト美術などを1つ1つ見て回る。まだ1階の3分の1を見終わっただけなのに、既に2時間が経過。もう少しペース上げていかなければとギリシャ彫刻なんかを飛ばしながら。
ランチは地下のカフェで。パスタを頼んだら、とんでもない量を盛られてしまい唖然…。あとはサラダを少し。これと飲み物で13ドルちょっとかな。少し高いと思うけど、美術館なのだから仕方ない。食べ終わった時点で3時近く。
その後は現代美術。ここにもピカソの青の時代の作品が2点飾ってあって、凄く良かった。2Fに上がり、マネやゴーギャン、セザンヌなんかを見る。ルノワールが10点ぐらい飾ってある部屋があって、特に『草原にて』に惹かれた。この独特のやさしい色彩感覚が好きだな。
エキシビジョンでやってたマティス展を見て、少し休憩をと思ったら、なんとこの時すでに17時!閉館まで15分しかない…。まだ見てないヨーロッパ絵画のゾーンがあるので、全ては到底無理にしろ、せめてカラバッジオとラ・トゥールを・・・。時間がなかったのでスタッフの人に聞いて回ったのだけど、皆言うことが違って困った。カラバッジオは29の部屋、ラ・トゥールは19でした。途中ゴヤやフェルメールの部屋にも迷い込んだのだけど、素通り。最後ラ・トゥールの部屋にたどり着けたのは3分前。時間になっても何も言われなかったのでしばらく見てたら、係の人に追い出されてしまった。
そんなわけで最後はかなり駆け足になってしまった。日本美術なんかも見たかったのに全く見られず、ちょっと心残り。最初にビザンチンだ何だと見ていなかったら・・・。メトロポリタンは最初に何を見るか決めてから行くことをおすすめします。
・バナナリパブリック
グランドセントラルにあるBANANA REPUBLICに行く。僕はあの有名なTシャツしか知らなかったのだけど、結構しっかりとしたブランドらしい。日本では手に入らないとのことで僕も何点か試着してみたものの、一番小さいサイズでも大きい…。やっぱり170cm細めの体型じゃダメだ。値段も安めなので1着ぐらい買おうと思っていたものの断念。
ただニューヨークで周りの人の大きさに圧倒されたかというとそういうわけでもなくて、たしかに日本よりは大柄な人が目についたけど、そこまで自分の小ささを意識させられることもなかった。
・バーガーキング
今は亡きファーストフード店、バーガーキングをご存知だろうか。日本に一体いくつ店舗があったのかはわからないけど、とにかく随分前に撤退してしまった。でも僕の知る限り、アメリカではマックが日本ほどの地位を持っていなくて、バーガーキングだって結構な人気がある。宿の近くに数店あるので、せっかくだから行ってみようということに。

いやいや懐かしいよWhopper。ちゃんと肉の味がするところがいい。飲み物のサイズが大きすぎるけど…。セットで6ドル弱。向こうでセットは"meal"と言うらしい。
・エンパイアステート
せっかくエンパイアステートビルディングが宿の近くなんだしということで、全然予定になかったものの急きょ上ることに。入場券を買うのに30分ぐらい並ぶことになったけど、先日は外まで列ができていたというから、空いていた方なのかもしれない。ホステルでもらったクーポン付マップを提示し、大人12ドル。
ちょうど夕方に上がったので、夕暮れと夜景の両方を楽しむことができた。ここから眺めるニューヨークが最もニューヨークらしい光景の気がする。

マンハッタン島南側。

北西。

北側。

北東。光を放っているロゴはMetlife(写真中央)で、やけに存在感のある屋根のビル(写真中央やや右)がクライスラービル。

再び南側。上空の線は、(おそらく)ニューアークの着陸待ちで旋回している飛行機。

南西、つまりニュージャージー側。うまく写真に撮れなかったけど、実はマンハッタンよりこっちの方が綺麗なんじゃないかと。
宿に帰ったのが22時過ぎ。かなり疲れていたので0時前には寝たと思う。
だんだんNYの街にも慣れてきた。この日はちょっとゆっくり目の7時半起床、でも8時半過ぎには出発。
・SOHO
特に目的もなく、SOHOの地区をぶらぶらと2時間ぐらい歩いた。全体的に汚い街なのだけど、そんな中ブランドショップがずらり。日本だと建物は新しい方がいいみたいなとらえられ方をしているが、こっちは古き良き建物をうまく残していこうという感じがあって、とにかく統一感がある。ボロボロのビルの下に高級ブランド。これがミスマッチになっていないのが凄い。

ルイ・ヴィトンとハンティングワールド。

バーニーズ・ニューヨークなんかも。

向こうのアップルストア。開店前に列ができていた。まだiPod nanoは発売になっていなかったと思うのだけど。そういえば地下鉄ではやたらiPodの白いイヤフォンをしている人が多かった。アップル強し。
Dean&Delucaでカリフォルニア巻きとエビのお寿司を買い(なぜか食べたくなった)、宿にもって帰って食事。
・Hotel Wolcott
今日からホテル!ということで地下鉄を使って移動。スーツケースを持っての上下運動は辛い…。僕は小さめのものだったからまだ良かったのだけど、一緒に行った人はなぜそんなに?と思えるほど大きなものを持ってきたので大変そうだった。
今までのチェルシー・インターナショナル・ホステルも凄く立地が良かったが、今度のホテル・ウォルコットはエンパイアステートビルから2ブロックという場所にある。1泊140ドル、でも税金やら何やらで180ドルぐらい。2人で割れば1万円弱という感じだけど、贅沢ですな。

ホテルに着いたのが13時前、チェックインが15時からなので荷物だけ置ければいいやと思って行ったら、チェックインをしてくれた。部屋は予想以上に綺麗だし、広かった。日本の普通のホテルのツインルームより大きい。何よりトイレもバスもついてる!超快適。問題はエアコンが風を出すだけで機能していないのと、トイレが少し水漏れしていたことぐらい。あとは何の文句もなし。テレビもあるし、部屋でくつろげるし、ベッドの上で本だって読める(前の宿では二段ベッドの下だったので不可能だった)。これまでの環境と比べたら月とすっぽんである。エレベーターが遅いし1基しかないなんて贅沢を言ってはいけない。

ロビーの内装はやたら豪華だった。ちなみに100年以上の歴史がある(ので不便なところもいくらかはあるが、仕方ない)。

部屋は普通。でもこの"普通"に感動。日本人御用達らしく、売店で買い物をしたらHISかと尋ねられた。
・Guggenheim
あまりの居心地の良さに部屋から出たくなくなってしまったのだけど、そんなことしてる場合ではないので、グッゲンハイム美術館へ。

それでですね、この写真からもわかる通りなんと工事中…。メインパートの回廊(?)はやってないとのことで、学生3ドル。4Fはシャガール3枚しか置いてなく(これはこれで凄いけど)、各階こんな感じだったらどうしようかと心配だった。が、3Fはカンディンスキー展がやってたし、ゴッホやモネなんかもちゃんと置いてあった。特にピカソの『アイロンをかける女』が良かった。ピカソは青の時代の作品が好きかな。しばらくぼけーっと眺めていると、日本人のおじさんにこんにちはと声をかけられ、「一人?青の時代だねえ。買ったら高いぞー(笑)」なんて言われた。買おうとしても買えないと思うけど…。

全部観られなかったのは残念だったけど、考えようによっては3ドルでこれだけ観られたのは得だったかも。まあ得とかそういうのはいらないんだけどさ。
・Whitney
続いてホイットニー美術館へ。学生9.5ドル。

今までとは打って変わって現代に近いところの作品が集まっているので、当然のようにエドワード・ホッパー、ジャスパー・ジョーンズやジャクソン・ポロックなんかが。ポロックのドリップの良さがわかるのはいつの日やら…。
そんな中、ジェラルド・マーフィーの『カクテル』が見られたのが凄く嬉しかった。ここはこれだけでハッピーに。
刺激的と言っていいのかどうかわからないけど、現代美術への流れみたいなのを感じられたのが良かった。ただ作品内容自体は、どうもこの情報過多の現代を表しているような(あるいはそれに反逆しているような)感じで、果たしてこれが歴史として語り継がれることはあるのだろうかと考えさせられた。
・オイスターバー
定番オイスターバーに晩ご飯を食べに行こうとグランドセントラルの駅に行くと・・・

レイバーデーに合わせて前日からお休み…。そんな・・・。
仕方ないからグランドセントラル駅に入ってたピザ屋さんでピザを食べる。ドリンク付きで5ドルちょっと。安い…。アメリカのピザってなんで美味しいのだろう。そしてなぜ日本のピザは高くてマズイのだろう。
・夕暮れの街
一緒に行った人が買い物をして帰りたいということで、僕は一人で宿に帰ることに。せっかくなのでそのまま宿に帰るのはもったいないと思い、1時間ぐらい街をぶらついていた。で、これが凄く気持ちよかった。初めてこの街を好きになれたのが、このときのような気がする。
とにかく自己主張の強い街。この街で半年ぐらい暮らせば、アイデンティティがさらに強固になるか、もしくは喪失するかのどちらかだろう。そんな風に感じた。僕はどっちだろうな。願わくは前者であって欲しいし、そうでなければならない。
エンパイアステートビル。
部屋にテレビがあったので少し見入ってしまい、1時頃就寝。
«続きを隠すこの日も6時半頃起床。日本じゃあり得ない。そしてこの日は最高の1日だった。
・スタバで朝食を
宿の近くにスターバックスがあったので、そこで朝ご飯を食べた。あっちのスタバはメニューにジュース類がないので、仕方なくカップのスムージーを購入。それとブルーベリースコーン。スコーンはよくJR新宿駅南口の成城石井で買って食べていたので懐かしかった。ちょっと甘めかな。で、なぜか会計が1.85ドルとスコーン代のみ。一応これで合計かと確認したのでいいのだろうけど、スムージー無料?少なくとも1ドルぐらいはする気が…。
・セントラルパークからフリックコレクション
地下鉄の接続が悪いため、地下鉄とバスを乗り継いでフリック・コレクションに。向こうのバスはバス停に止まってくれず、乗り場がよくわからなかった。無事乗れたからいいんだけどさ。バスの運転手が運転しながらお客さんと会話してるなんて光景、日本じゃ絶対に見られないだろうな…。
まだ開館時間まで時間があるため、セントラルパークを少し散歩。ニューヨーカー達は皆必死にジョギングをしてました。日本でも世田谷公園や駒沢公園で同じような光景が見られるのかな。公園の規模が全然違うけど。

気づいたらセントラルパークの南端まで来てしまい、バスに乗った意味なし!それで一つ気になったのだけど、プラザホテルが閉まってた。改修・改築?まさか倒産なんてことはないよね。
そして今度は歩きで北上。本当、歩いてばっか。フリック・コレクションまで30分以上歩いたと思う。学生5ドル。

作品数はそんなに多くないけど、建物そのもの(邸宅)の雰囲気が最高。モネやフェルメール、あと近くには寄れなかったのだけど、階段付近にかかっていたルノワールが凄く良かった。
・Jean Georges

行ってきましたよ、ジャン・ジョルジュ。トランプ・インターナショナルの1Fにあって(写真左側)、一応超高級レストランだけど、カジュアルルームも用意されているので僕らはそっちに。それなりの服装はしていったけど。
今回の旅行の目的の1つが、美味しい物を食べること。僕の食に対する欲求は強い。この年でジャン・ジョルジュの料理が食べられるなんて幸せすぎる。と言ってもランチだから20ドルちょっと。
アペタイザーは、トーストにチーズ(山羊のチーズ?)が塗ってあって、イチジクと一緒に食べる。これがめちゃくちゃ美味しかった。メインはサーモン、デザートはタピオカを使ったもので、どれも洗練されていて良かった。食後にイングリッシュ・ブレックファーストの紅茶(カモミールとどっちがいいかと尋ねられた)。素晴らしい。
チップ込みで2人で60ドル強という感じだったけど、大満足。
・自然史博物館
昨日I.C.Pに行ったため、時間ができたのでアメリカ自然史博物館に行くことができた。当然ジャン・ジョルジュから歩いて。地下鉄2駅だから、乗ったらすぐなのに…。ぶつぶつ。

ともあれ自然史博物館。学生10ドル。いかにもアメリカの博物館という感じで、思わずはしゃぎたくなってしまった。

シロナガスクジラのいるこの部屋の雰囲気が良かった。

ローズ宇宙センター(の窓)。
・Tribeca Grill

夕飯はグリニッチ・ビレッジにあるトライベッカ・グリルに行った。日本で予約はしていかなかったのだけど、フリック・コレクションにあった電話から予約(今回も僕がした)。当日でも大丈夫かなと心配だったが、全然問題なし。
US Open記念のプリフィックスを頼む(30ドル)。あと1品、フォアグラやレバーペーストなどがいくつか盛ってある皿も注文。
料理はもう最高だった。まず前菜のスープ、トマトベースだったのだけど、間違いなく今まで口にした中で最高のスープだった。ちょっと量が多かったけど…。フォアグラも美味しかったな。メインはリブグリル。通常この手の料理は日本で言う照り焼きみたいな甘辛のソースがほとんどだけど、ここは違って、これまた凄く美味しかった。でも量多すぎ…。デザートはクレーム・デュプレを注文。これも今まで食べた中で最も美味しかった(と言ってもそんなに食べたことないけど)。甘さは控えめで、ちゃんと下の部分だけ冷たくなっている。そしてこれも量が多い…。2人でチップ入れて100ドル弱。値段を考えれば最高のディナーでした。
食事を楽しむという意味においては、今までにこれよりも良いディナーを食べたことがあるけれど、食事そのものとしてはこのトライベッカ・グリルが今まで食べた中で一番良かったと思う。ニューヨークに行ったときはぜひ。
・Village Vanguard

念願のヴィレッジ・ヴァンガードに。ブルーノートの反省を踏まえ、開演1時間前に行って列に並んだら、なんと前から2列目のテーブルを用意してくれた。チケットはドリンクチャージ10ドル分込みで30ドル。ブルーノートは観光地みたいな状態だったけど、こっちは純粋に音楽を楽しむための場所のような感じ。だから食事はなしで、ドリンクだけ。
観たのはBrian Blade Fellowship。どちらかというとフュージョンに近い音楽だったけれど、これがもう最高だった。アルト・テナーのサックス2本に、ピアノ、エレキギター、ベース、そしてドラムという編成。
演奏の方は、もう全てのパートが光り輝いていた。特にMyron Waldenという人のアルトサックスが絶品。凄い凄い。鳥肌立ちっぱなしだった。途中バスクラリネットまで披露。ちょっと注目していきたいかも。
そして歌いまくってるドラムのブライアン・ブレード。というか、本当に曲中声を出して「ダララララー」なんて感じで歌ってる。体全体を使ってドラムを叩き、そして音を、音楽を表現している。圧巻だった。
本当に素晴らしい演奏で、ずっとステージに引き込まれていた。まだ40分ぐらいしか経ってないだろうと思ってたら、なんと1時間半経過…。時が経つのはあっという間。チャンスがあればこのまま2部も続けて観たいとすら思ったのだけど、残念ながら席は満席だった。
余韻を楽しみつつ、徒歩で宿に帰宅。23時半ぐらいだったかな。その後もしばらく音楽が耳から離れず、ずっと興奮していた。
ということで、大満足の一日でした。多分NYで一番楽しかった日。
朝6時に起床。もの凄く目覚めが良くて、気分爽快、やる気に満ちていた。8時前には宿を出発。
・朝のニューヨーク、ルーズベルト島

朝のマンハッタンは気持ちいい。地下鉄の駅目指してフラット・アイアンビルまで歩く。今回、とにかく歩きまくった。マンハッタン全体でも世田谷区ぐらいしかないんだよというのが一緒に行った人の口癖だったけど、世田谷区だって例えば瀬田から池尻まで結構あるんじゃ…。そんなわけで、地下鉄の駅2つ3つ歩くのは当然という感じだった。東西に行く地下鉄があまりないというのが理由の1つでもあるのだけど。
そしてトラムウェイというケーブルカーに乗って、ルーズベルト島に。この島に目的があるわけではなくて、ケーブルカーに乗ること自体が目的。

結構高いところを走る…。

Queensまで繋がっているQueensboro Bridge、格好いい。ルーズベルト島には何もなく、ゆったりとした時間が流れていた。30分ぐらいで再びマンハッタンへ。

・MoMA
シティコープセンターの地下で朝食。セキュリティが厳しくて、カバンをチェックされた。僕は朝ご飯が食べたかっただけなのに…。ホームメイドマフィンとフルーツジュースを購入。3ドルちょっと。

そしてついにMuseum of Modern Art(MoMA)。開館10分後ぐらいに行ったのだけど、既に入場券を買うための列が。シティパスを持っている人は並ばなくていいため、色々回る人はこっちの方がいいかもしれません。僕は学割料金でいいので買わなかった。15分ぐらい並んだかな、12ドル。
MoMAは地上6階、地下2階。地下はシアターなので今回行かず。1Fが中庭、2Fはあまり観るものがなかったが、3階が建築、デザイン、写真など。飛行機の発着案内板なんかも飾ってあった。芸術性を理解できないものも多かったけど、単純に見ていて楽しかった。
いよいよ絵画のある4F-5Fへ。それまでほとんど人がいなかったのでおかしいなと思っていたら、皆こっちに集まっていた。美術の資料集に名が出てくるような画家の作品がずらり。マティス、ルソー、ジャスパー・ジョーンズ、ポロック、ゴッホ、ピカソ、リキテンスタイン、シャガール・・・こんなに豪華だと、逆に1つ1つのありがたみがなくなってしまうのではないかと。
でね、こんなこと言うと己の教養のなさが露呈してしまうというか、まさに豚に真珠状態なのだけど、僕は例えばピカソのキュビズム作品の良さがよくわからない。やろうとしていること、表現しようとしていることは頭でわかっているつもりなのだけど、それが心まで届かない。僕の勉強不足なのかな。これはこれを表していて、だからこれがこうで・・・なんていう感じで見るのではなくて、何の予備知識もなしにバーンと見せられ、目を釘付けにして欲しい。それは良い音楽に惹きつけられるのと同じように。

そんな中、6Fでやってたセザンヌ&ピサロ展は良かった。凄くうまくまとめられていて、これだけでもMoMAに来た価値はあったと思う。どっちがどうとかそういうことではないのだろうけど、何となくピサロの方がタッチが好きだな。

そして何より、僕は谷口吉生氏設計のこの美術館自体に惹かれた。階段一つとっても、こんな感じになってる。何とも魅力的!
・I.C.P
MoMAに1日かけるつもりだったものの、4時間ぐらいで見終えることができたため、急きょ明日行くはずだったInternational Center of Photographyに行くことに。学生7ドル。

しかし、これが期待はずれに終わる。ロバート・キャパの写真なんかを見られると思っていたのに、やっていたのは写真集展とポートレート展。写真集の方はまずまず良かったけど、ポートレートの方は・・・。1時間ぐらいで終了。お昼を食べていなかったので、下のカフェでシーザーサラダ&チキンを食べる。
・Blue Note
一度宿に帰って仕切り直し。そしてBlue Noteへ!今回運良くロン・カーターが観られた。大御所ですな。

ちょっと到着が遅めだったのでテーブルは後ろの方になってしまったけど(ブルーノートは先着順)、まあ悪くはない席。お腹は減ってなかったものの、ミニマムチャージがあるのでデザートを注文。それをパクついてると、20時開演。真っ白なタキシードに身を包んだロン・カーター・カルテットが登場。演奏の方はさすが。ちゃんと聴かせ方があるんだなということを感じた。

フラッシュなしなら写真撮影は良かったのだけど、それじゃまともに写るはずもなく…。まあ音楽を楽しむ場所ということで。今回ダブルゲストなので、1時間ぐらいで終了。最後は<My Funny Valentine>で締めてくれた。
その後はJeff "Tain" Watts。ドラムの音が重い…。音楽としてはこっちの方がずっと激しいし、客席とやり合いをしていてご機嫌だったものの、正直音楽の方は退屈だった。朝早かったこともあって最後の方は少しうとうと・・・。
全体的に悪くはなかったけど、ちょっと日本人多すぎ(人のこと言えないけど)。前後の席、日本人だったし、その他のテーブルも数組いたと思う。
・チェルシーの街
ニューヨークの夜は危ないという話はいつのことやら。帰りは23時を回っていたけど、地下鉄も通りも全然問題なし。が、一つ問題が…。
宿があるのがチェルシー。やけに男二人組が並んで歩いているなと思ったら、ここはそっちの方面で有名な地区なんですね。金曜の晩ともあって、盛りに盛っているわけですよ。道を歩いていると、こっちを見て扇子を振ってる!怖いよ!元々人間というのはバイセクシャルで、それが社会的環境などによって異性に目がいくようになると聞いたことがあるが、これは無理だと思った。まあ無理とかそういう話ではないのだけど。平和と言ったら平和なんだけどさ。
さてニューヨーク旅行。どういうスタイルで書いていこうか迷ったものの、とりあえず1つ1つ細かく書いていくことにしました。過去そういうスタイルの旅行記に助けられたことがあったため、これが同じようにいつか誰かの助けになることがあればいいなと。ということで7日間分、おつきあい下さい。
・出発
10時起床、11時出発。前日にきちんとパッキングをしても、当日必ず不安になるのは何でだろう。まあ財布とパスポートさえあれば何とでもなるというぐらいの気持ちで。
横浜でJRに乗り換え、いざ成田へ。金銭的事情により成田エキスプレス(特急)なんて贅沢なものを使うこともできず、横浜から成田空港第二ターミナルまで2時間強ローカル電車の旅。停車する駅の数は実に22!
千葉駅を過ぎたあたりから緑豊かな景色に変わる。いつかこういうところに目的もなく降り立ってみたい。でも途中から退屈になってきてうとうとしてしまい、気づいたら目の前にあった荷物がない!慌てて周囲を見渡してみると、向かいの席の方に転がっていってた…。サラリーマン風の男性に笑いながら渡してもらいました。
13時40分すぎに第二ターミナル着。駅の出口でいきなりIDチェックがあってびっくりした。
・ドキドキのフライト
チェックインを済ませたあと、マクドナルドで遅めのお昼。15時過ぎてたかな。ちなみにマックで食べたのは半年ぶりぐらい…。値段は普通だった。これからアメリカに行こうっていうのに、なぜ日本最後の食事がハンバーガーなのかというと、単純に時間がなかったから。向こうではおそらく発音の関係から注文できないと思われるフィレ・オ・フィッシュを食べました。でもフィッシュバーガーで通じます。多分。
フライトはコンチネンタル航空のCO8便。航空券は往復で6万半ばだけど、サーチャージやら入国税やらで結局8万ちょっと。ちょっと高めだろうけど、この時期なら仕方ないかなと思う。16時20分発・16時5分ニューアーク到着という時差マジックのスケジュール。
飛行機は僕の大好きなボーイング777だった。座席間のスペースが割とあるし、シートの裏に個人用のテレビもついてる。機内食を食べたのは本当に久しぶりだったけど、美味しい部類に入るのではないかと思う。軽めのも含めて3回出たが、ほとんど残さず食べた。
成田−ニューヨーク(ニュージャージー州)ということで、機内は日本人ばっかり。隣に座ってた女の子も日本人だった。しかも僕と同じ大学で二十歳!若いね。旅行が好きで、今回一人でNYとのこと。小柄で可愛い顔をしていて、離陸するときは皇帝ペンギンのぬいぐるみを手に握りしめてた。
そんな子が隣に座っていると気になってしまってしょうがなく、結局合計で1時間ぐらいしか寝られなかった…。インベーダーみたいなシューティングゲームをやってた時なんかは、敵にやられるとこっちを向いて照れ笑いをしてくる。そんなの反則でしょう。
・NY第一印象
到着はほぼ定刻通りで、入国審査、税関をすませ、荷物を受け取ったのが17時過ぎ。モノレールに乗って空港のNJトランジットの駅に行き、そこからNYのペン・ステーションまで。14ドル。案内時刻より25分遅れての発車だったし、停車駅のアナウンスがないのに困惑したけど、無事到着。そこから地下鉄で宿のあるチェルシー方面へ。地下鉄は1週間Unlimited(乗り放題)のMETRO CARDを購入。24ドル。
地下鉄の階段を上がると、そこはマンハッタン!疲れてたり眠かったせいもあるのかもしれないけど、第一印象はあまり良くなかった。空気が自分に合っていないとでもいうのかな。こんなところに1週間もいるのかと、正直既に帰りたいという気持ちすらあった。
1週間活躍してくれたメトロカード。カードリーダーみたいなのに通して入場。エラーになることが多くて、1発でうまくいくとちょっと嬉しかった。
・1泊35ドルの宿
NYの宿は高い。世界で最も高い都市の1つだろう。ということで、前半の3泊はホステル、後半の3泊をホテルという感じで予約をとっていった。まずはChelsea International Hostel。ただしドミトリーではなく、2段ベッドのあるプライベートルーム。1泊70ドル(Tax込)なのだけど、2人だと1人7ドルしか違わないし(ドミトリーは28ドル)、それでプライベート空間を持てるならということで。トイレ・バスは同じフロアと共同。

3日分の料金210ドルとキーデポジットの10ドルを払い、いざ部屋へ。NYで一晩70ドルは破格なのでさてどんな部屋かと思ったら、こんな部屋。

この写真には写っていないのだけど、手前に洗面台がある。部屋はそれだけ。4乗半ぐらいの部屋に、二段ベッドと洗面台のみ。はっきり言って狭い。事実上使える空間はベッドの上のみ。天井にはむき出しの蛍光灯。贅沢なことは言ってられないが、3泊にしておいて良かったなと。
窓からは中庭が見えてドミトリーに泊まってる人達が集まってた。日本人らしき人も何人かいたかな。バス・シャワーは清潔(の部類に入ると思う)だったが、シャワー室のドアが硬く、しかもドアノブがグラグラで、閉じこめられるのではないかと心配だった…。
・1日の終わりとNOVA講師
疲れていたのでベッドで1,2時間ぐらいうとうとしていたのだけど、このままじゃ今日は晩ご飯なしで終わってしまうということで、20時半ぐらいに外出。散歩がてらDean&Delucaへ行こうと言われ、とぼとぼと歩くものの、全然見つからず、結局2時間ほど歩き回った…。疲れてるし眠いし、そこまでしてD&Dに行かなくてもと、僕は途中からむくれていました。ごめんなさい。最後見つかったのだけど、もう22時を回っており、残り物しかなく、チキンサンドみたいなのを一応買ったが結局食べず終いだった。収穫はMinutes Maidのレモネードが美味しかったことぐらい。
と、そんな感じでいきなり2時間以上も街を歩き回ったのだけど、信号待ちをしているとき一人の女性に"Are you Japanese?"と話しかけられた。そうだと伝えると、自分の息子が1週間前に日本に行ったとのこと。横浜のNOVAで働いているというので、僕も横浜に住んでいるんですよと伝えると、「あら、それなら電話してみなさいよ!」とその息子さんの携帯番号を教えてくれた…。絶対電話してねとのことだけど、電話したところで何を話せばいいのだろうか!?っていうか話したらNOVA行かなきゃいけないんじゃ…。
話が弾んでしばし立ち話。NYは好き?(いや、今日ついたばかりなので)とか、息子への電話代が高くて大変(そりゃ国際電話で携帯じゃ…)とか、NYは汚いわよね、東京は綺麗、横浜の方がもっと綺麗・・・(意識したことなかったけどそうかもしれない)などという話を10分ぐらい。NYで困ったことがあったら何でも相談してねと、名刺をくれた。超いい人。
宿に帰って、シャワー浴びて、0時過ぎに就寝。時差を入れたら1日以上起きてたことになるのかな。長い長い1日が終わった。
«続きを隠すニューヨークに行くのが決まったのが7月の頭ぐらいで、ずいぶん先のことだなと思っていたら、いよいよ明日出発。航空券の都合上、ジョン・F・ケネディではなくて、思い出のニューアークへ。考えてみたら、昔アメリカに行ったときも最初はサンフランシスコに寄って行ってニューアークだったし、帰国するときもニューアークから帰ったから、一度もジョン・F・ケネディには行ったことがない…。親にそのことを言ってみると、僕が小さいときに(3歳のとき1年ボストンに住んでました)使ったとのこと。覚えてるわけがない。
・お小遣い
昨日なんと、父親が「餞別代わり」と言って200ドルもくれた!大学入ってから親にまとまったお金もらったのこれが初めてだよ。
今回僕がニューヨークに行くのを嬉しく思っているのか、この数日「ケイシ、**行ったの覚えてるか?」なんて尋ねてくる。前にも一度書いたけど、アメリカに住んでいたときは本当に色々なところに連れて行ってもらった。今度はそこに自ら足を運ぼうとしているのが、なんか不思議。
で、僕は元々300ドル持って行こうと思っていたので、これで合わせて500ドル。ちょっと多い気もするが、「300だろうが500だろうが、お金を狙う人はそんなこと構わず狙ってくるだろう」とのこと…。うーん、たしかにその通りの気もするけど。
・保険
損保ジャパンの海外旅行保険に入りました。3000円ちょっと。僕はこういう保険の類が好きではないのだけど、減圧症の前科があるので、もう親には迷惑かけられない。まあ実はこの減圧症は、ダイビングショップが加入していた保険で処理をすることができたのだけど。医療費やその他もろもろ、自己責任ではどうにもならないところは保険をかけておきました。
・ユニクロ大活躍
ようやくパッキング終了。1年前の春に宮古に行ったとき、あまりにも服がなくて慌ててユニクロに買い出しに行ったのだけど、その服を中心に持っていくことにした。
一応セミフォーマルを求められる店にも行く予定なのでジャケットを持ったが、ユニクロの服全部合わせてもこのジャケット1着の値段に満たない…。これはどうなんだろうな。
いよいよ今週で8月も終わりですが、9月の頭から1週間ニューヨークに行ってきます。マンハッタン。
目的は何と言っても新生MoMA!当然メトロポリタンにも行って、グッゲンハイム、ホイットニー、フリック・コレクションにも…。あと行きたいのがI.C.P.(国際写真センター)。昼間はこれでつぶれちゃうだろうな。夜はJAZZ!ちょうどロン・カーターのライブが見られそう。自由の女神やエンパイアステートには登らないだろうけど、グラウンドゼロは観に行くかも。まあ、そんな感じで。
それにしても久々。13年ぶりぐらい。父親いわく、向こうに住んでいた時(8歳〜10歳までニュージャージー州に住んでました)は何十回と行ったとのことだが、もうほとんど覚えてないし、まだ子供だったし。きっと今行ったら、色々と感じることがあるのかもしれない。日本に帰ってきて以来、海外に行くこと自体も初めてなのでちょっと不安だけど、凄く楽しみ。
moblogで投稿したエントリーをまとめました。3日目。
札幌駅南口にて
HISTORIC CAR FESTIVAL 2005というイベントが開催されていた。
歴代の名車がずらり(国産車)。
at 11:36:32
まさか!
イベントプログラム。15時から角松敏生のラジオ番組公開録音!
まさかこんなところで角松が見られるとは…。っていうか見られるのか!?
at 12:12:39
※実はこれ、全くの偶然というわけでもない。このイベントは前日に乗った地下鉄の吊り広告で知っていたのである。その吊り広告で「角松敏生」の名前を見たときの衝撃は大きかったけど。
御膳そば
遅めの昼食。そばの実の芯のみで打ったそばとのこと。
at 16:35:16
※胃が疲れていたのか、凄くおいしく感じた。札幌で食べた食事の中で一番良かったかも。
さらば札幌
今日はずっと札幌駅の周辺をぶらぶらしてた。やっぱり最後は名残惜しいなあ…。いい街だった。
at 17:17:15
T's Monologue公開収録
角松敏生のラジオ番組収録+スペシャルトークを見てきました。写真を撮りたかったところだけど、肖像権は守るということで司会のお姉さん。
at 18:09:08
※端折りました。オリジナルはこちら。なんだかんだで、角松に会えたのは本当に嬉しかった。
お別れ
いよいよ出発。さらば北海道!
at 19:17:52
羽田空港第2ターミナル
無事到着。第2ターミナルは今度時間をかけて探索してみたい。
at 21:19:27
番外:お土産編
お土産
札幌でやたらフィーチャー(?)されてた、ROYCE'のチョコを買ってきました。blue jam読者プレゼントにしようと思っていたのだけど、この暑さじゃ溶けちゃいますね…
※今思えば、なぜチョコレートしか買ってこなかったのかと。最初は全然買うつもりなかったのだけどね、友人につられた。
コーヒービーンズチョコ
六花亭のチョコ。コーヒー豆とチョコがめちゃくちゃ合う。
やばい、クセになる…
moblogで投稿したエントリーをまとめました。2日目。
出発
いざ小樽へ!
at 10:24:00
海!
電車の窓から海が!
素晴らしい風景。
at 10:52:45
※これは本当に良かった。海岸線を走る電車に乗ったのは初めてだったので。こっちだと、伊豆の方までいけばこんな感じの路線があるのかな?
小樽運河
運河・・・らしいです。
at 11:24:55
うにいくら丼
昼食。2500円なり。
at 12:15:12
かにめし
昼食その2。こちらは1300円。
at 12:17:48
※僕が食べたのはこっち。でも2/3ぐらいでお腹いっぱいになり、友人にあげた。
北一ホール
北一硝子を見て、お茶飲んで。
at 13:50:59
ジンギスカン
おいしかったけど、油との戦い!
at 18:34:17
POLETOWN
君の行方を探しに…
at 18:49:10
円山球場
そして二度と会えない君に、会いに来たよ。
at 20:52:33
北海道最後の夜
やはりサッポロビール。
あっという間だったけど、十二分に堪能できた。問題は明日の出発時間まで何をするかである…。
at 24:05:40
moblogで投稿したエントリーをまとめました。1日目。後日談みたいな形で、少しだけコメントを載せてます。
出発
行ってきます。
at 08:54:19
※この日寝たのが午前4時、起きたのが6時。とにかく眠かった…。
到着
初北海道!涼しくない…。
at 11:12:44
※涼しいだろうと思って長袖で行きました。すぐに半袖に着替えました。
テレビ塔
大通公園から
at 12:33:42
すみれ
おいしくない…
at 13:18:16
時計台
とりあえず。
at 14:05:49
旧道庁
赤れんが庁舎。そろそろ一休憩が欲しい…。
at 15:01:49
クラーク博士
Boys, be ambitious…like me.
at 16:07:14
※「少年よ、大志を抱け」で有名なクラーク博士。実はこの後に「私のように(like this old man)」と続くのだという(ただし、この発言自体確証はないという説あり)。ちなみに日本を離れた後はとても伝記には書けないような生活を送っている。
カニ!
かに会席を食べました。
このカニの他に、バターコーン、イカそうめん、石狩鍋、カニシュウマイ、カニの雑炊とお腹いっぱい。
久々に美味しいもの食べて笑顔に。
at 19:57:57
一日目終了
長い一日が終わった。明日は小樽に行く予定。
すすきのと言うと、何だかいかがわしいイメージがありますね…。
at 24:14:11
※とは言え、実は何もなかったのです。本当に。
3日目の最終日。あまり寝られなかったせいか、朝は気分が良くなかった。朝食もあまり食べられず。サラダにフルーツ、ヨーグルトという、健康メニューで。
チェックアウト時間ぎりぎりの11時ちょっと前に出発。

サッポロファクトリーやサッポロビール博物館に行こうかという話もあったのだけど、最後なのでゆっくりすることに決定。驚く事なかれ、17時過ぎまでずっと札幌駅にいた。

駅前でやってたHSITORIC CAR FESTIVAL 2005というイベント。車を眺めていると、実行委員みたいな人に声をかけられ、人気投票の参加を頼まれた。僕はスバル360、いわゆるテントウムシに入れようかと思ったら対象外とのことで、仕方なくホンダのシビックに一票。今とスタイルが変わってないのが良かった。

その後、角松のラジオ公開収録を見たり、ご飯食べたり。なんだかんだで時間が潰れたところが、今思えば凄い。

札幌にもロフトはあるのです。駅前はめちゃくちゃ都会だし、大通公園、すすきのまでかなり拓けている。この街で生きていけと言われれば、生きていける。

早めに空港に行こうとしたら、途中バスが渋滞に巻き込まれて、到着がフライト予定時刻の20分前とギリギリ。帰りは電車の方が良かったかもしれない。
飛行機は行きと同じく747で、しかも2F席だった。僕はこの2F席が好きで、なんていうかこぢんまりしているのがいい。出発は5分遅れたものの、定刻通り22時羽田着。安全な空の旅をありがとう、全日空。

羽田空港第2ターミナル。この写真だけ見ると宇宙船の中みたいだ。ご飯食べてから帰ったため、家に着いたのは0時過ぎだったかな。短い旅行だったので、「やっぱり家が一番」と感じずにすんだ。
札幌は観光で行くよりも、少し住んでみたいと思える街。そんな風に思ったのは今までで初めてかもしれない。なんでだろうな。
«続きを隠す 2日目。朝は8時ぐらいに起床。9時前にホテルのバイキング形式の朝食を食べに行く。どこのホテルも大体似通っているのが面白い。ついつい食べ過ぎてしまったけど、朝食をきちんと食べるのはこんな時ぐらい。
10時過ぎに小樽目指していざ出発。

JR札幌駅。なんか好きだな、こういう駅。電車は外側からボタンで開閉ができる他、車内にゴミ箱があるのに驚いた。

途中車内から海が!全然予想していなかったので思わずはしゃいでしまった…。これがオホーツク海か、と思ったら日本海ですね。石狩湾だ。途中駅もいい感じの駅が多かった。

小樽駅から北上していくと、途中に旧手宮線の線路が。北海道最初の鉄道らしい。

小樽運河。人が多かった…。小樽港も少し歩いてみたが、面白いものはなかった。港なら断然横浜の方が上でしょう。
その後、近くにある小樽運河食堂で昼食。モブログでは2つ載せたけど、僕が食べたのはカニめし。ウニもいくらも好きじゃないのです(もったいないとよく言われる)。

北一硝子を見て(何か買って帰ろうかと思っていたけど、色々あり過ぎて結局何も買わなかった)、北一ホールで休憩。ちょっと不思議な気分に。飲んだカフェオレはあまりおいしくなかった。
南小樽駅まで行っても良かったのだけど、やたら寿司屋が多い裏通り(?)を歩いて小樽に戻る。
少し小樽の街をぶらついてから札幌へ。まだ夕食にも早い時間だったので、大通公園で寝そべってた。友人は「何も日向にいかなくても・・・」と言って日陰のベンチに座っていたが、わかってない。緑の芝生の上で太陽を浴びながら寝っころがることほど気持ちのいいものはないんだから。
地下街のオーロラタウン、ポールタウンを通ってすすきのに。角松の歌に出てくるポールタウンを歩けて、僕は大満足。どうでもいいけど、Edyの使える店が多かった。
夕食は有名らしいジンギスカンの店「だるま」へ。が、場所を忘れるという失態を…。あろうことか客引きのお兄ちゃんに店を教えてもらう始末。ジンギスカンはそれなりに美味しかったけど、めちゃくちゃ美味しいというわけでもなかった。でも安かったのでよし。店内はかなり狭く、14,5席ぐらいしかない。早めに行ったので待たずにすんだけど、僕らが外に出たときは行列ができていた。
札幌最後の夜ということで、友人と別れてちょっと一人に。すすきのは次から次へと声をかけられまくられるので、大通公園をぶらつく。特にやることもなく、30分ほど歩いた後はベンチに座ってぼけっとしたり。

翌日から始まる祭の準備をしていた。祭り前夜。なんかいいね。
テレビ塔も昼間とは違ったように見える。かっこいい。でも東京タワーのかっこ良さにはかなわないよな、とついつい比較してしまう…。

そしてちょっとしたことがあって、夜にも関わらず円山公園の中にある丸山球場へ。誰もいない夜の公園はちょっと怖いというか不気味・・・。こんな時間に俺は一体何をしているんだろうと思いながらも、ここに行かなくてはいけないような気がした。この話はいつかまた。1つだけ言うと、僕はこのために札幌に、この街にやってきた。
ホテルには23時前に戻ったけど、全然眠くならず、寝たのは3時近かったかな。
«続きを隠す
羽田空港9:00発の飛行機で出発。ボーイング747に乗るのは大学3年のとき沖縄経由で宮古に行った以来だから、約3年ぶり(それ以降はずっと737の宮古直行便)。1時間半弱のフライトはあっという間だったけど。

新千歳空港からはバスで札幌市内まで。大通公園前で降りる。陽射しが強く、暑かった。東京・横浜と全然変わらず。

反対側はテレビ塔。今回このテレビ塔をランドマークとして使用。とりあえず近づいてみたものの、展望台には上らずスルー。
友人の希望により、20分ほど歩いて千歳鶴ミュージアムに入っている「すみれ」というラーメン屋へ行く。味噌ラーメンのあまりのしつこさに(もはや油ラーメンだ、あれは)、2人ともノックアウト。

定番、時計台へ。予想通りたいしたことなかった。建物の中には入らず、これまたスルーで。

面白かったのが、この人。シャッターマン!カメラを持っている人に「撮りますよ」と片っ端から声をかけていた。ボランティアらしい。偉いと思う。

旧道庁に。この建物は良かったな。中に色々な資料が展示されていたが、特に興味を惹かれるものはなかった。でも北海道の深い歴史を勉強するのも面白いと思う。

北海道大学に侵入。緑豊かで気持ちいいキャンパスだった。こんなところで勉強できたらいいよなと思う。敷地がおそろしく広く(キャンパス内に川が流れていた)、北大生の移動は自転車がデフォルト。
ホテルにチェックインして荷物を置き、大通公園を通ってすすきのまでカニを食べに。その後は夜の街へ・・・。歌舞伎町よりガラ悪いと思う。よくわからないけど。
疲れていたので1時前に就寝。

明日から2泊3日で北海道に行ってきます。本当は学会に投稿して学校のお金で行きたかったのだが(発表会場が北海道大学だった)、間に合わなかったのだから仕方ない。なんか諦めきれないので、一人でも良かったのだけど、ちょうど夏休みの友達を誘って札幌に行くことにした。お盆前ということでちょっと高めだけど仕方ないかな。
札幌に何があるのかよくわからないが、とりあえず街を見るだけでいい。この目で見て、この足で歩きたい。なんとなくね。
こんな僕と、美味しいものが食べられればそれでいいという友人(あっちでは一日5食ねと言われた…)。今のところプランは一切なし!果たして一体どうなることやら・・・。そういえば誰かと旅行に行くのは久々。
一応旅行期間中もmoblogで更新をしていきたいと考えてます。あと、cronを使った自動投稿も少し。